第222話 二人きりの誕生日 4



『(真樹) 母さん、海、今日はウチに泊まるから』

『(真樹) 申し訳ないけど、予定通りよろしく』

『(母) はいはい。まあ、もともと今日は帰ってこれないんだけど』


 今日の朝、特に欲しいものが無かった俺が母さんにお願いしたのは、


「朝凪家(あちら)のほうの許可が出た場合でいいので、海を自宅に泊める許可を欲しい」ということだった。


 ゲームや靴、新しい服など、物欲はなくても、俺だって健康な高校生男子なわけだから、それなりの欲は持っている。


 というか、これだけ俺のことを好きでいてくれて、いつも俺にべったり甘えてくるかわいい彼女がいるのだから、そうなるのがむしろ自然ではないだろうか。


 他の人がいるので顔や態度にでないようなるべく気を付けてはいたものの、海から『今日はお泊りOK』と言われた時、正直、心の中ではとても嬉しい気持ちでいっぱいだった。


 ……そういえば、授業のない登校日にしては、海の荷物が随分いっぱいあるなと思っていた。中身は勉強道具ではなく、俺の家に泊まるための着替えやその他もろもろだったわけだ。


 なにはともあれ、まず許可を出してくれた空さんに連絡をすることにした。


『あら、真樹君? わざわざ電話してくれたの?』


「はい。その……すいません、外泊の件でわがままを言ってしまったみたいで」


『気にしないで。海が家にいない分、今日は久しぶりに真咲さんと待ち合わせて飲みか……じゃなくて、お食事させてもらうことにしたから』


 週末でもないのに仕事で帰れないというのも珍しいと思っていたが、どうやらこっちが本当だったようだ。


 多分、俺とのメッセージの後、すぐに誘ってくれたのだろう。


 母さんと空さんの仲が良いのは俺としても何よりだが、飲み過ぎにはくれぐれも注意して欲しいと思う。


 明日の昼前には、いつものように海と一緒に朝凪家にお邪魔することを伝えて、俺は電話を切る。


「お母さん、なんて?」


「海をよろしく、って。それ以外は特に言われなかったかな。小言は言われないにしても、ちょっといじられるかなと思ったんだけど」


「それだけ信用されてるんだよ、きっと。ちなみに外泊の件は昨日お願いしたんだけど、学校に行く前まで散々いじられたんだよね。娘にはそうで、その彼氏には何も言わずって、なにこの差?」


「まあ、俺も母さんには色々言われたから」


 それでもちゃんと許可してくれたのだから、俺も海も信用されているということだ。


 今まで俺が朝凪家に宿泊することはあっても、その逆は過去1回、つまり、俺と海がただの友達だった時の数か月前なので、快く認めてくれた母さんと空さんに感謝したい。ふと、大地さんのことが頭によぎったが、それについては空さんが上手く言ってくれていると信じよう。


「……まあ、きちんと挨拶も済んだことだし……とりあえず、ゲームでもやる?」


「う、うん。だね」


 手早く昼食を済ませた後、いつものように、二人ソファに座ってゲームで遊ぶことに。すでに住まいを『しみず』のほうへ移した陸さんから特別に貸してもらっているソフトやハードがあるので、テレビ台下の収納が何気にすごいことになっている。据え置き機でも携帯機でも、なんでもござれだ。


 頭の中はすでにこの後の夜のことで半分以上占められているので心ここにあらずといった心境だが、仮に今から始めてしまうすると、きっと夜寝るまでずっとそれ一色になってしまいそうなので、今はちゃんと我慢だ。


「あっ、撃たれた! 真樹、回復回復。ちっくしょ~、ちょっと私が下手だからって、調子に乗りやがって……そっちがそうならウルト使って――」


「海、落ち着いて。今突っ込んだら四方からハチの巣だよ。ほら、医療キット」


「むぅ……とりあえずさんきゅ」


 お互いに意識しあっているのもあって、いつものようにベタベタせず少し離れてのプレイとなったが、この手のゲームはいつの間にか1時間2時間経っているので、気を紛らわせるのにはちょうどよい。


 後1試合、あと1ランク上がるまで……そんなこんなで一日が過ぎる。時間を浪費しているような気もするが、海と二人だと、悪くない時間の過ごし方だと思う。


「――んああっ、やられた! 惜しい、あとちょっとで1位だったのに」


「お疲れ。んじゃ、もう1回やる?」


「もちろんでしょ。1位取るまで真樹の家から帰らないんだから」


「趣旨変わってるんだよなあ……今日はいいけど、1位取れなくても、明日になったらちゃんと送り届けるから」


 誕生日だが、いつもの週末とほぼ変わらない時間を過ごして、気付けば明るかった空は薄暗くなりつつある。


 時折、お菓子やジュースなどをつまみつつ、ソファに寝っ転がったり、たまにお互いにちょっかいをかけたりしてじゃれ合う――いつもならもうちょっと一緒に遊びたいと思っているうちに帰る時間なのだが、今日は真昼間から遊んでいる上に、時間は夕方で、さらに言えば、今日は海は俺の家に泊まるから、まさしく夜はまだまだこれからだ。


「真樹、お腹空いたね。そういえば詳しくは聞かなかったけど、今日の夕ご飯って、いつものお店にお願いしてるんだよね?」


「うん。少し前に注文の電話いれておいたから、そろそろ来ると思う――と、ちょうどいいタイミングで」


 いつものお店で注文したピザや、チキン、フライドポテト、オニオンリングなどのその他サイドメニュー、そして、スーパーで買ったいちごに埋め尽くされたショートケーキを食卓に並べる。


 少し注文し過ぎてしまった気もするが、今日は俺の誕生日なので、その辺は大目に見て欲しい。食べきれなかった場合は明日に持ち越しだ。


「真樹、写真とってあげるから、ケーキの前に座って。ろうそくの炎を吹き消す感じを出してくれるとなお良し」


「えっと……こ、こう?」


「ふふっ、ちょっと緊張し過ぎな感じあるけど、それも真樹らしいしいいんじゃない? 皆もきっと『いいね』してくれるよ」


 今日この場にいない天海さんたち三人の分と、それから前原家のアルバムに追加するための分の二パターンをデータに残してから、改めて二人きりの誕生日が始まる。


「お誕生日おめでとう、真樹」


「ありがとう、海」


 ふー、とケーキにささったろうそくの炎を吹き消すと、その向こうに微笑んでいる海の顔がある。


 17歳の誕生日、お前は俺にはもったいないぐらいの可愛い彼女と二人きりでお祝いをしている――去年の俺にそんなことを言っても、きっと鼻で笑われていただろう。


「それよりもさ……ねえ真樹、今日のごはん、ケーキ以外は普段とほとんど同じだけど、それで本当によかったの? もうちょっと豪華にしても、私は全然お金出すつもりだったけど」


「まあ……色々頼んだとはいえ、いつもの週末の予算からはオーバーしなかったからね」


 もちろん、この結論に至るまで、俺なりに色々と考えていた。


 去年、父さんとのゴタゴタがあったせいで素直に楽しめなかったお高いファミレスで予算を気にせず二人で爆食いしたり、たまには背伸びして頑張ってお洒落をして街で目いっぱい遊ぶか。


 しかし、改めて自分の心に耳を傾けた結果として、結局は今の形に落ち着いた。


「一年に一度しかない特別な日だからこそ、いつものこの感じを大事にしたいなって思ってさ。初心忘れるべからず、じゃないけど、その時の気持ちはいつまでも持っておきたいから」


「そうだね。思えば私たち、ここから始まったもんね」


 そう。俺たちの関係はここから始まった。『友達』としてお互いの『好き』や『楽しい』を語り合って、そうやって共有していくうち、いつの間にか本人のことも好きになっていって。


「だから……こちらこそ、ありがとう、海。これからも、仲良くしてもらえると……本当に、嬉しいというか……」


「……うん」


 頬を火照らせつつ、こんな恥ずかしいことを言えるのも、海のことが好きだからだ。


 真面目で、努力家で、友達思いで、度胸もあって。


 でも時にはわがままで、寂しがりやで、面倒で、臆病で、恥ずかしそうにはにかむ顔が最高に可愛い、俺の大事な彼女。


「ね、真樹」


「なに?」


「隣、いっていい? くっつきたい」


「うん」


「えへへ」


 俺の椅子に半分座って、海は甘えるようにして俺の腕に抱き着いてくる。


 俺たちはもう以前のような『友だち』には戻れないけれど、それでも今の『恋人』としての関係を楽しみ、満喫している。


 多分、これからも海との関係は時が経つにつれて変化していくだろう。『友だち』、『恋人』、そして――そうなっても、根っこのところは変わらないと思う。


 俺にとって、朝凪海は一番のパートナーなのだから。


「海、顔触って良い? 触りたい」


「いいよ。……ふふ、真樹って何気に私のほっぺた触るの好きだよね。柔らかいから、すべすべしてるから?」


「それもあるけど、俺が触ると、海、いつも嬉しそうに笑ってくれるだろ? 海の笑顔、俺、大好きだから……だから、つい」


「そっか。……でも、」


 ――他のところは、触らなくてもいいの?


 体をさらに密着させてきて、海が悪戯っぽい笑みでくすぐるように耳元で囁く。


 ……ずるいけど、こういう海も俺は大好きだ。まあ、結局全部好きなのだが。


「俺は今すぐにでも感じだけど……ご飯冷めちゃうよ?」


「あっため直せば平気だよ。っていうか、そんな真剣に嬉しい事ばっかり言われたら、私ももう、ちょっと我慢できないかも」


「……えっと、じゃあ、その……する?」


「…………ん」


 俺の胸にすり寄ってこくりと頷いたので、俺はいったん注文した品の蓋を占めて、海と一緒に自分の部屋へと行く。


 他の三人には悪いが、恥ずかしいのを承知で二人きりにさせてもらった決断は間違ってなかった――大きめのタオルケットに二人でくるまってじゃれ合いながら、俺はそんなことを思った。

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