第220話 二人きりの誕生日 2
そこから午前中までの行事をなんとかやり過ごし、時間はお昼前。
俺自身がやるべきことは残っていないので、すぐに帰宅して残り少ない夏休みを――というところだが、今日はまだそうはいかない。
海の用事が、まだ済んでいないからだ。
『(朝凪) もう少しで終わるから、校門前で待ってて。途中で買い物して帰ろ。ケーキとか、お菓子とか色々』
『(前原) 了解。じゃあ、しばらく日陰でぼーっとしてる』
海からのメッセージにそう返信してから、俺は靴を履いてゆっくりと校門へと向かう。最近はお互いの教室で待ち合わせることが多かったものの、本日の海は教室ではなく、別の場所にいるからだ。
校門から入ってすぐのところにある多目的ホールの物陰に腰を下ろして、ぼーっと周囲を見渡す。
昼になってから気温はますます上がっているようだが、この場所は近くに大きな木が植えられていることもあり、どの時間帯でも常に日陰で、他よりもいくらか涼しい。この季節の待ち合わせ場所としては最適だが、多目的ホールが軽音楽部の活動場所ということもあって、生徒間でも休み時間内の人気スポットの一つになっている。なので、生徒がすぐに帰ってしまう夏休み期間中でもなければ、基本一人を好むぼっち属性の人々には、実は縁遠いところだったり。
「海、まだかな……」
ふと、自然にそんな言葉が口から漏れる。
これまで、こんなふうに誰かのことを待って、寂しさや人恋しさを感じることは、去年までは一切なかった。むしろ、誰にも見つかることなく、誰の邪魔も入らずに一人で過ごせたらどれだけ楽で落ち着くだろう、とすら思っていたのに。
たった一人の女の子の存在で1年と経たずこうなってしまうなんて、俺はなんて現金な人間なのだろう――そんなことを思いつつ一人でにやついていると、ふと、俺の方に近づいてくる足音があった。
「――ん? おう、真樹じゃんか。そんなににやけて、なにかいいことでもあったのか?」
「望……いや、まあ、ちょっと思い出し笑いというか……ところでそっちは? サボり?」
「休憩だっつの。この天気だから、こまめに水分補給しないとな。あ、塩タブレットあるけど、いるか?」
「じゃあ、一つだけ」
望からもらった塩レモンタブレットを口で転がしつつ、今度は二人でぼーっとする。
「うぇっ……なにこれしょっぱ……いや、すっぱ……」
「はは。だろうな。さっき後輩にもらったんだけど、これがびっくりするぐらいしょっぱいし、酸っぱいしでさ。誰かを道連れにしてやろうと思って、近くに誰かいないかって探してたんだ」
「で、俺がいたってわけね……あ、でも、きついのは最初だけで、そのあとは意外と悪くないかも。後味もほのかに甘くてさ」
「だろ。意外とくせになる味ってやつだな。もう一個いるか?」
「うん。サンキュー」
野球部のエースとクラスで一番のぼっちという、これまであまり接点がないと思われていた俺と望だが、こうして友達付き合いを続けていれば見えてくるものがある。
野球以外ではどんなことをやっているのか、好きな音楽は、食べ物の好みは、好きな女の子のタイプは――などなど、探していくと意外と共通点が見つかったりする。
部活の違い、体格や性格の違い、容姿の優劣などでなんとなく壁を作りがちだが、大きな枠で見れば、俺と望は同じ学校に通う高校2年生でしかない。
決して別の世界を生きるような人間ではないのだ。
俺も、そして他の皆だって。
「……お、真樹、これ見ろよ。今回の組分け、決まったらしいぜ」
「みたいだね。海が生徒会の手伝いに行ってるから、そろそろこっちにも連絡がくるかも」
「朝凪が? ……あ、もしかして新生徒会長に頼まれたとかか? 中村さんだろ? あのクセの強そうな眼鏡の女の子」
「そう。思った以上に仕事が大変だからってことで、ひとまず体育祭の間、海たち仲のいいクラスメイトでサポートしてあげるんだってさ」
俺が今待っているのは、それが理由だったりする。
生徒会顧問の先生や、現生徒会長の智緒先輩にも請われて新生徒会長の座に収まる(予定)中村さんだったが、思いのほか、会長をサポートする立場の1年生役員の集まりが悪いこともあり、海やその他仲のいい友達に『手伝ってください』とお願いされてしまったらしい。
望の言う通り、クセ強……というか、個性的な言動や行動が目立つ中村さんだが、基本的にはいい人であり、俺も海も、クラスマッチの時やそれ以外でも度々手助けしてもらっていたので、断る理由はなかった。
とまあ、海が体育祭実行委員の手伝いをすることにした経緯はこのへんにして、元の話題に戻す。
「俺と天海さんの10組は……海のいる11組と新田さんの7組と一緒。で、望の4組は……やっぱり別になっちゃったね」
「運動部のキャプテンとか副キャプテンやらエースが集まるクラスだからな。そこらへん上手く調整したんだろうけど……はあ」
露骨に大きなため息をついたのは、一人別の組になったことではなく、またもや天海さんと一緒のグループに入れなかったためだろう。
組分け次第では、天海さんと一緒の時間を長く過ごすことのできるルートもあったわけだから、彼がそれだけがっかりしているのもわかる。
スポーツでも恋愛でも、望は俺なんかよりもよほど一途かもしれない。
「はあ……もしこれで天海さんと一緒の組だったら、勉強も部活も体育祭も死ぬほど頑張れたのに……真樹、俺を慰めてくれ」
「今度のお盆休みあたりにプールにでも行こうかって天海さんたちと話してるんだけど、望も来る?」
「ありがとう真樹。俺、何もかも死ぬほど頑張れそうだ」
「そう? ならよかったけど」
俺もそうだが、望はそれ以上の現金っぷりである。
まあ、こういう切り替えの早さもまた、彼のいいところなのだろうと思うが。ちなみに元々誘うつもりだった。
「うしっ、元気も出たし、俺はそろそろ練習に戻るわ。じゃあな、真樹。大事な彼女といい誕生日過ごせよ」
「言われなくても、もちろん。そっちこそ、練習頑張って」
お互いに拳をこつんと合わせて望と別れると、ちょうど海がこちらへと向かってくるところだった。
望が来てくれたのは偶然だったが、ちょうどよく寂しい時間を潰せたらしい。
「真樹、お待たせ。……なんかすごく楽しそうな顔してるけど、どうしたの?」
「いや、持つべきものは友達だなって……塩タブレットあるけど、食べる?」
「ん? うん、ちょうだい。あ~ん」
ちょうど先程望からもらっていたしょっぱすっぱいタブレットを海の口に放り込むと、やはり海も俺と同じようにすっぱかったらしく、『ん~っ』と顔をしかめさせる。
「いぃ、なにこれしゅっぱ……真樹ぃ~?」
「はは、やっぱり皆そうなるんだね。……でも、長くなめてると意外と悪くないでしょ?」
「……だね。せっかくだし、買い物のついでに追加でそれも買っちゃおうか。夕とか新奈にも食べさせてやりたいし」
「いいね、それ」
一人で静かに佇む待ち時間は退屈で寂しいこともあるけれど、たまにこういうことがあるのなら、待ち合わせも悪くない。
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