第214話 これも夏のせい


「ふ~、午前中の講義はこれで終わりっと。まだ3時間しか受けてないはずのに、結構疲れちゃった」


 15分ほどの休憩を挟んで、2コマ目の講義の終了を告げるチャイムが鳴ったと同時に、天海さんが大きく体を伸ばしている。


 授業中、天海さんが結局寝ることはなかったものの、頑張っていたせいか、眠そうに目をこすっている。

 

「学校と違って90分1コマだからね。私も最後のほうは集中力落ちちゃってたよ……こら夕、昼休みだからってこっちに寄りかかってこないの。暑いんだから」


「え~、いいじゃん。真樹君とは暑くてもベタベタしてるくせに~」


「う……真樹はその、特別だからいいのっ。そんなことより、ほら、私たちも早いとこお昼ご飯にしよ。休憩、学校とは違って45分しかないんだから」


 午後の授業開始は午後1時からで、午前中と同じく90分授業が2回ある。なので、ここでしっかり栄養をとっておかないと。


「真樹、お昼ご飯どうする? 一応1階にコンビニはあるから、そこで買って教室とかで食べてもいいけど」


「とりあえず、今日のところは外の店で食べようか。ビジネス街だから、チェーン店とかは周りにいっぱいあるみたいだし。……そのほうが、3人もゆっくりできるでしょ?」


「だね。私と新奈はそれほどだけど、夕のほうは今の状況じゃちょっと心休まらないだろうし」


 そう言って、海が周りを見渡す素振りを見せると、ぱっと俺たちから顔を逸らす男子生徒たちがちらほらと視界の端に映った。


 バレていないとでも思ってるのだろうか――1コマ前の休憩時間の時から気づいていたが、彼らはずっと天海さんのことを見てなにやらひそひそと話していた。


 誰それが可愛いだの、間にいる冴えない奴は誰だだの。


 俺も皆も口には出さないけれど、やはりちょっとだけ、うんざりする。


 というか、よく見ると、午前中にはいなかった顔もちらほら交っているような気がする。夏期講習の初日から遅刻するような人はいないだろうから、ということは、別クラスの人たちが噂を耳にして様子を見に来たというところか。


「あはは……ごめんね、皆。せっかく真面目に勉強しようって時に、余計な気を使わせちゃって」


「気にしないで、夕ちん。……ったく、予備校に来てんだから、女じゃなくて板書見ろっての」


「私も新奈に賛成。でも、珍しいね。今までのアンタだったら、中に格好いい人いたら満更でもない反応してたのに」


「私にも色々あんの。まあ、それなりに痛い目にもあったし、今はそういうのいいかなって。彼氏なんていなくても、ウミと夕ちんがいれば楽しいし。委員長は別にいてもいなくてもいいけど」


「オチに俺使うのやめてくれません?」


「ふふっ、そうだよニナち。真樹君のこともちゃんと入れてあげなきゃ。仲間外れは可哀想だよ」


 とはいえ、俺たちのフォローもあって天海さんも明るさを取り戻したので、気を取り直して昼食をとるために教室を出て、いったん予備校の外へ。


 途中、やはり道行く人がちらちらと天海さんへ視線を送っているが、やはりそれだけ『天海夕』という存在は際立っているのだろう。


 俺たち3人にとっては当たり前の存在の彼女でも、その他の人たちにとってはそうではない。学校外ならなおさら。


「真樹、お昼どこに行こっか? 夕、新奈、二人はなんか希望ある?」


「私はなんでもいいよ。でも、ちょっとお小遣いがピンチだから、リーズナブルなとこがいいかも。ニナちは?」


「私も。せっかくだから、委員長のチョイスに任せる」


 ということで任されてしまったが、こういう時の俺の選択肢はそれほどない。


 この人数の場合、普通に考えればファミレスあたりが無難なのだろうが、お昼過ぎのビジネス街ということまって、同じくお昼休みの大人たちが行列を作っているので、悠長にしていると午後の授業に間に合わない。


 それに、今さらコンビニ戻るのもどうかと思うし――。


「……じゃあ、時間もそんなにないしあそこで」


 少しの間頭の中をぐるぐるとさせて、最終的に、いつも食べているハンバーガーチェーンを指差した。


 芸はないけれど、お腹いっぱい食べても値段はそれなりだし、店内も広く席もまだ空いているようなので、これなら短い時間でもぱっと食べてさっと教室に戻れる。


 ……海とお出かけ(というかデート)するときも、だいたい小腹が空いたときなどはここを利用していたり。俺も海もジャンクな食べ物が大好きなので、二人の時はファミレスやお洒落カフェよりも専らこちらだ。


「おいおい……って言いたいトコだけど、委員長だしこんなもんか。まあ、私も嫌いではないし」


「うん。私、ここのナゲットとポテトが大好きだよ。あ、でもドリンクの氷が多いせいでジュースの味が薄いのだけは残念なんだよね」


「わかりすぎる。まあでも、とりあえず決まりだね。注文は私と真樹でやっとくから、夕と新奈は場所とりのほうよろしく」


「「りょうか~い」」


 流れるように天海さんや新田さんと別れた俺たちは、すぐさま注文列へ。


 メニューはお任せでいいということなので、四人同じものを頼むことにしよう。サイドメニューをポテトとナゲットで二つずつ分ければ、どっちも食べたいという天海さんのオーダーも満たすことができる。ちなみにソースはマスタード……これも俺と海の趣味と同じだ。


「ね、真樹」


「ん?」


「ま~き~」


「えっと……なに?」


「む、わかってるくせに。いじわる」


「なら普通に言ってきてもいいのに……まあ、俺も同じ気持ちではあるけど」


「じゃあ、はい。手」


「うん」


 天海さんと新田さんがいなくなったので、その隙に俺たちはようやく手を繋げるように。


 午前中、天海さんが間に入ったおかげでなんとか勉強に集中はできたものの、すぐ近くに海がいるのに触れることができなかったのは、やはりそれなりにもどかしく。


「海……あのさ、今日の授業が終わった後、なんだけど」


「うん」


「帰ったらさ、俺の家で一緒に学校の課題やらない? せっかくこうして勉強モードに入れてるから、その勢いである程度進められるかなって」


「……それは、夕とか新奈も誘って?」


「いや、二人で、だけど。俺と海の二人きりで」


 勉強も大事なのはわかるが、せっかくの夏休みなのだから、出来るだけ海と二人きりの時間を過ごしたい。


 海と手を繋いだ瞬間、そんな気持ちがむくむくと沸き起こってしまった。


 こういうのを、もしかしたら『きっと夏のせい』と言ったりするのかもしれない。


「ふふ、真樹ったらわがままなんだから……でも、いいよ。じゃあ、お母さんに晩御飯はいらないって連絡しとかなきゃ」


「ごめん、海。いつも急に誘って」


「そうだよ。本当にもう、私の彼氏は甘えん坊だなあ……つんつんっ」


「っ……そこっ、脇腹は弱いから人前ではやめてって……」


「にひひ、どうしよっかな~、えいえい」


 午前中、お互いに足りなかった恋人成分はこれできっちりと補給できた。


 後は午後と、それから一日が終わった後の夜が楽しみである。

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