第215話 7月の楽しみ


 お昼での海とのじゃれつき合いでお腹と心の両方を満たした俺は、皆と一緒に、午後の講義のために再び教室へと戻る。


 手早くお昼を済ませることができたのもあり、講義開始まではあと10分ほどある。なので、1階のスペースでもう少しだけ駄弁って時間をつぶすことに。


「ねえ海、今日はとりあえずお店で済ませちゃったけど、明日からどうしよっか? 今日はまだお金あったからよかったけど、毎日だとお金かかり過ぎちゃうよね?」


「だね。安いところもあるにはあるみたいだけど、そこはお客さんいっぱいだし……真樹のほうは大丈夫?」


「一応お昼代は別でもらってるけど、余った分を小遣いにしていいから、出来れば節約したいかなって」


 予備校以外でどこかに出かける機会は今のところないが、せっかくの夏休みということで、海とデートなどする可能性もゼロではない。


 お金のことを気にしながら遊ぶのも嫌だし、出来れば懐の余裕は持っておきたい。


「へえ。委員長、何気に金持ちじゃん。ウチは由奈姉もそうだけど、遊びたいなら自分らでなんとかしろって方針だよ。は~、やっぱり夏休みの間はちょっとシフト増やしてもらえるようお願いしよっかな~」


「新田さん、アルバイトしてるんだ。それ初めて聞いたかも」


「まあ、話す機会なかったしね。ここから一駅戻ったところのドラッグストアでレジ打ちとか品出しのバイトしてるよ。週2のシフトで、入るのはほとんど土日だから、学校にいる時は遊んでばかりみたいに見えるけど」


「へえ……」


 初耳ではあるものの、新田さんなので特に驚きはない。四人の中では一番本音と建前を使い分けるのが上手い気がするし、人当たりもいいので、俺とは違って問題なくやれるだろう。


 裏でお客さんや上司に対してぶつくさ言いつつ、それでもやるべきことはやっている仕事姿がなんとなく思い浮かんだ。


「そういえばさ、夕ちんは今まで何かしたことってないの? 絵里おばさん、元芸能人だし、モデルの仕事とかさ」


「ううん、ないよ。私が興味あるって言ってたら違ってたかもだけど、小さい頃はひどい人見知りだったから、人前で写真撮られたりなんて、そんなのとてもじゃないけど無理だったよ」


「そんなもんか。それじゃあ、ウミは? 橘女子って県外でも知っている人は知ってるし、夕ちんと二人でいる時に声かけられたりとかなかった?」


「え? いや、どうだったかな……えーと、」


 言葉を濁しているところから見るに、多分、そういうことが一度や二度はあったことを思い出したのだろうか。俺のほうにしきりに視線を向ける海がいる。


 初めて聞いたことなので、これについてはそれなりに驚いたものの、冷静に考えてみれば海だって天海さんに負けないぐらいスタイルはいいし、顔だって可愛いので、天海さんと並んでいる時に声を掛けられる可能性もゼロではない。


 しかもあの白いブレザーは街中でも良く目立つので、目立つ格好+美少女なら、余計に声を掛けられる確率は上がるはずだ。


「海、そんなに気にしなくても、俺は大丈夫だから」


「う……別に、疑ってるわけじゃないし。っていうか、今まで忘れてただけだから」


 しかし、俺がそう言ってあげた瞬間、海がほっとした表情を浮かべて俺のほうにくっついてきたので、上手くフォローは出来たのではと思う。


 普段はしっかり者で精神的にも安定しているように見える海だが、根っこのところではすぐに不安になったり、心配性なところが顔を出すので、こうしていつも安心させてあげている。


 もちろん、そのたびに周囲に、特に天海さんと新田さんの前ではバカップルを晒すことになるのでその点は恥ずかしいものの、これもすべては大事な彼女のためだ。


「えっと……実は中3の時、つまり一人で学校行ってた時期に、一回だけね。全然興味なかったし、あんまり精神的にも良くない頃だったから、名刺も受け取らずに塩対応かましてやったけど」


「そうだったんだ。でも、海は私なんかよりも全然美人さんだから、モデルさんもすごく似合ってたと思うけどな~」


「そう言ってくれるのはアンタだけだよ、親友。というか、その前にいい加減話戻さない? どうしてお昼をどうするかの話題から、いつの間にモデルやらスカウトの話になってんの。新奈アンタのせいだからね」


「いいじゃん別に。私たち3人と仲良くできるのがどれだけ恵まれてることか、おかげで委員長も実感できたっしょ?」


「まあ……うん、そう、かな?」


 さりげなく新田さんが海や天海さんの美少女コンビと同格になっているのは置いておくとして、こうして女の子ばかり3人(うち1人は恋人)と普通に仲良くできているのは運が良いとしか言いようがない。


 男1人に女の子3人(しかもみんな可愛い)のグループなので、正直、色々なところで嫉妬や陰口などに晒されるデメリットはある。しかし、望も含めて、そのデメリットなど気にならないぐらいいい人たちばかりなので、トータルで考えれば、やはり俺は幸運に恵まれているのだと思う。


 だからこそ、この与えられた幸運を手放さないよう、これからも自分なりに努力していこうと思う。


「……あのさ、俺、一つ思いついたことあるんだけど。お昼の件で」


「お、いいね。さすが真樹。して、どうするつもり?」


「皆が俺に任せてくれるって言うのが前提なんだけど……その、明日以降は弁当作ろうかなって」

 

「お弁当か……まあ、確かにそれならお金は材料費のみだけど。……任せてくれるならってことは、もしかして、真樹がみんなの分用意するってこと?」


「まあ……おかずとかはまとめて作ることがほとんどだから、手間は一人分とそんなに変わらないし」


 学校の時は結構な頻度で作っているので、その点については全く問題ない。


 材料費の問題をどうするかというのもあるが、そこは四人で買い物をするときにお金を出し合えば揉めることはないだろう。


「真樹が作ってくれるんだったら、それはそれでありがたいけど……でも、それじゃあ真樹にかかる比重が大きすぎない? 弁当だけなら、親にお願いすれば全然大丈夫だけど」


「確かに、弁当を用意するだけなら、それぞれの家で用意してもらうのがいいんだろうけど……でも、たまにはいつもと違うこともやってみたいなって」


 さすがに学校のように毎日となると難しいけれど、今は夏休みで、予備校に行くのも今日を除けばあと6日だ。しかも土日は休みなので、おかずもその時にまとめて作ってしまえば、後はご飯を詰めるだけだ。


 もちろん、我ながら、おかしな提案をしているという自覚はある。だが、それでも、俺にとっては友達と過ごす初めての夏休みであり、高校生活で最後の『遊べる夏休み』だ。


 先月の海との旅行もそうだが、これから大人になった時、少しでも昔を懐かしめるような記憶を作っておきたい。


 この考えは、去年のクリスマス以来、ずっと変わらない俺の目標になっている。


「……わかった。真樹がそう言うなら、彼氏だし、私は尊重する。二人は?」


「私は全然OK……ってか、ウチはお願いしても『面倒くさいから自分でやれ』って確実に言われるだろうから、委員長が作ってくれるんならむしろ歓迎って感じ?」


「真樹君が迷惑じゃないっていうなら、私も……あ、それならさ、次の土日で、四人でお弁当用のおかずとか作ってみない? それならちゃんと四人で協力する感じになるし、意外に楽しいかも」


「夕が協力ぅ? 私もそうだけど、大人しく味見だけにしときな。じゃないと、せっかくのお昼ご飯が黒一色になっちゃうよ」


「む~、私だってお母さんに教えてもらえればできるもん。きっと」


「……とりあえず調理は俺一人担当ってことで」


 この中で料理が出来るのはおそらく俺だけなので、きちんと監督しないと大変なことになりそうだが、しかし、失敗したら失敗したで笑い話にはなるかもしれない。


 勉強ばかりの7月になるかと思ったが、それなりに楽しくなりそうだ。

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