第213話 初めての予備校 3


 電車を降りた俺たちは、由奈さんの案内で予備校の建物内へ。いつもの繁華街から2、3駅離れた場所なので土地勘はまったくないものの、駅の改札を出てすぐの大きなビルのガラス部分にでかでかと予備校名が書かれているので、これなら一人でも迷うことはないだろう。俺たちの住む地方では、わりと有名な予備校だ。


「ふわ~、さすがにすごい人……私たち以外にも、これだけ真面目に勉強しようって人たちがいるんだね」


 天海さんがそう声を上げた通り、今日が夏期講習の初日ということで、受付のある1階ロビーには、俺たちと同じ目的の学生たちが多く並んでいる。中には知らない高校の制服のグループもいて、学校とは明らかに違う空気を、俺は感じていた。


 由奈さんから案内を引き継いだ職員の人に言われるがまま、在学中の学校などの基本情報の記入を終えた俺たちは、エレベーターに乗って基礎クラスの講義が行われる教室へ。


 冷房の効いた涼しい室内と、大学の教室などでよく見かけるような長机と椅子に、そして大きな黒板。その他、後からネットでも視聴できるように、教室の後ろにはカメラ設置されている。まさに予備校と言った感じだ。


「んじゃ、案内は終わったから私はこれで。皆、ウチの妹が寝てたら遠慮なくケツひっ叩いてくれていいから」


「寝ないし。ってかもう由奈姉は用済みなんだから、さっさと帰るか自習室にこもって勉強してろ」


「はいはい。まったく、可愛くないんだから。皆、勉強、しっかり頑張って」


 由奈さんにきちんと挨拶した後は、座る場所の確保だ。俺ならこういう場合、変に目立たないよう教室の後ろかつ隅のほうに陣取るのが理想だが――。


「夕、どこ座る?」


「前の方にしようよ。今日は勉強のために来たんだし、それにガラガラだから四人一緒に固まって座れるし」


 後方も席は空いているのだが、すでにほかの生徒が座っていることありスペースはまばらだ。その場合、もし天海さんが授業中に眠くなってしまったときに隣で起こす役目の人がいないので、出来れば固まっておきたいところだ。


「海、俺はどこでもいいから、今回は皆で座ろうか。ほら、中央なら机一つで四人座れるみたいだし、板書も見やすいだろうから」


「真樹が大丈夫なら、じゃあそうしよっか。新奈もそれでいい?」


「ん。あ、言っとくけど、委員長とウミは隣同士禁止ね。授業中にいちゃつかれるとウザいし」


「いやいや、いくら彼氏彼女だからって、授業中にまでイチャつかないから。……多分だけど」


「海、そこはちゃんと否定しようよ」

 

 とはいえ、俺のほうも、海がすぐ隣にいるとついついくっつきたくなってしまうので、周りへの配慮も考えて新田さんの案を受け入れることに。


 ということで、左から順に(新田さん)、(俺)、(天海さん)、(海)という並びで席についた。二人で天海さんをサンドして、両方で勉強を見てあげる+気づいたほうが寝ている天海さんを起こすという形だ。


 新田さんのほうは……何か訊かれたらとりあえず俺が教えることにしよう。


「えへへ~、こうして海と真樹君に挟まれて座るなんて今までなかったから、勉強だけど、ちょっと嬉しいかも。二人とも、今日は私の監視、よろしくお願いしますっ」


「おいこら親友、今眠ること前提で話をしてるな? 言っとくけど、寝たら当然きつめのヤツいくから。予備校でも関係ないから、そこはちゃんと覚悟しときなよ」 


「うぐっ……えとえと……ま、真樹君~……」


「はは……まあ、何とか寝ないように頑張って」


 捨てられた子犬のような懇願の視線を送ってくる天海さんだが、勉強のためにならないし、そもそも俺は基本的に海の味方なので、あまり甘やかさないように心がけようと思う。

 

 まあ、基本的には甘えん坊の天海さんだが、高校受験の時などでもわかるように、やる時はやる人なので、講義が始まれば意外と真剣に取り組んでくれそうな気はするが。


 と、ちょうど話が途切れた所で講師の先生が入ってきたので、お喋りを打ち切った俺たちは、ひとまず黒板のほうに向かって授業に取り組むことに。


 初めて受講することになった予備校の授業だが、やはり受験の専門ということで、非常にわかりやすいし、仮に試験で類題が出された際の、学校では習っていないようなちょっとした解法テクニックなど、新たな発見もあって、個人的には興味深く聞くこと出来た。


 ということで俺のほうは問題ないわけだが、しかし、両隣の天海さんや新田さんは苦戦しているようで。


「あ、そこまだ書いてたのに……」


「やば、ちょっとぼーっとしてたらもう次のページだわ……」


 二人がそう呟いたように、基礎クラスであっても、ある程度生徒たちが理解している前提で話が進んでいくので、学校で受けるよりも授業の進行スピードが速い。

 

 一応、授業の最初のほうに『わからないところがあったらいつでも質問してOK』との説明はあったものの、これだけ進行が早いと、何がわからないかを理解する前にどんどん先へ先へとテキストが進んでいってしまうので、一旦躓いてしまうと、場合によってはついていけなくなってしまうこともあるだろう。


 授業については録画されているので、取れなかった板書については後でPCで視聴するなり、疑問点は事務所にいる担当講師の人に聞いてOKなので、時間があればカバーできるだろうが……初めてこのスピード感を経験する人にはなかなか大変だろう。


 そうして戸惑いつつも、なんとか最初の一コマ90分を過ごした。


「うう……ちゃんと準備はしてたはずだったんだけど、なかなか大変だったね。ニナち、さっきの授業、先生が何言ってるか理解できた?」


「いや、正直半分くらいは理解できなかった。……で、ウミと委員長のほうは? まあ、訊くまでもなく余裕そうだけど」


「そりゃ、一年生の時に習ったところだからね。とはいえ、応用問題も多かったし、今できないからって悲観する必要ないと思うけど。ね、真樹?」


「うん。今はまだ初日だから大変だけど、慣れてくればちょっとずつでもついていけるようになれると思う。とにかく、今は時間をかけてもいいから四人で頑張っていこう。俺も、その……やれる範囲で協力するから」

 

 ただ授業をぼーっと受けているだけだと意味はないが、きちんと目標を持って取り組んでいけば、この一週間だけでもかなりの成果は出ると思う。


「ふうん、頼もしいこと言ってくれんじゃん。委員長のくせに」


「くせには余計だよ。……ところでさ、次の授業までちょっと時間あるし、いったん外の空気でも吸いにいかない? 今気づいたけど、ここ、ちょっと空気が悪いというか」


 俺の言葉に、海たち女性陣三人が苦笑しつつ頷く。


 今まで授業に集中していたのでそこまで気にはしなかったものの、いざ休み時間になると、前列の俺たち四人へ視線が集まっているのを感じる。


 天海さんに対する容姿への言及や、それから、その隣にいる俺に対しての陰口など――わかってはいたが、場所が変わる度にまた同じようなことを言われると、さすがにうんざりする。


(……女の子ばっかり見てないでちゃんと勉強すればいいのに)


 俺はそう呟いてから、皆と一緒にひと息つける場所を探すことにした。

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