第210話 夏休み前の準備


 期末試験については何の問題もなく終え、1学期の残る行事は終業式のみ。それを終えれば待ちに待った長い夏休みとなるわけだが、期末テストの成績によっては――つまり赤点をとってしまえば、7月いっぱいは補習のために引き続き学校へと通わなければならないため、油断してはならない。


 ……特に、天海さんや望は。


 夏休み前最後の通常授業を終え、残すはHRのみ。終わったらすぐに下校しようと帰り支度の準備をしていると、天海さんがこちらのほうへ近づいてきた。


「ねえねえ真樹君、成績どうだった?」


「まあ、いつも通りってところだけど……天海さん、その感じだと、成績かなり良かったみたいだね」


「えへへ、わかる?」


 先程戻ってきたテストの答案用紙を嬉しそうに胸に抱えて近づいてくれば、わからないほうが難しい。


「……すごい、クラスの平均点を余裕で越えてる。今回全体的に範囲が広くて、平均点自体低かったのに」


「でしょ? ふふん、私だって一応は城東校の生徒なんだから、頑張ればこのぐらいはできるんですよ。どう、すごいでしょ?」


「うん、すごい。一教科だけだけど」


「……え? なんのこと? 期末テストって英語だけじゃなかったっけ?」


「えっと……現実から目を背けちゃダメだと思います」


 英語は過去最高点なのですごいことには間違いないのだが、理数系についてはやはり相変わらず赤点ギリギリであり、トータルで言うと前回の中間テストよりちょっと良くなった程度。


 とはいえ、これはあくまで点数の話であり、中間試験よりも範囲が広く、その影響で学年全体の平均が下がった上なので、学年全体の順位で言えばそれなりにジャンプアップしたことになる。


 見た目には現れにくいが、着実にレベルは上がってるのだ。


「あ、そういえば、夏期講習の件はどうだった? 真樹君のお母さん、大丈夫だって?」


「うん。まあ、お小遣いの増額とかならともかく、今回は勉強の相談だし。皆と一緒に行くって言ったら快くOKしてくれたよ」


 予備校の話については新田さんの案を採用し、新田さんのお姉さん(由奈ゆなさん)が通っているという予備校の夏期講習のみを受けることに決まった。期間は一週間程度と短いものの、その分受講料も安いため、お試しで予備校の空気に触れるいい機会だし、遊ぶ時間もきちんと取ることができる。


 新田さんに失礼になってしまうので面と向かっては言わないものの、本当に『新田さんにしてはいいこと言う』である。


 参加者は、野球の練習とかぶってしまった望を除いたいつもの4人。レベル別にコースがいくつかあるものの、今回はどちらかというと天海さんの付き添いという意味合いが強いため、一緒のクラスで受けるつもりだ。


「へへ、遊びじゃないのだけが残念だけど、夏休みも皆と一緒なのは嬉しいな。そう考えると、ちょっとやる気になってきたかも」


「そう? じゃあ、その勢いで夏休みの課題も片付けないとね」


「……ちょっとやる気なくなったかも」


「差し引きゼロになった」


 予備校もいいが、それで学校のほうの課題をおろそかにしたら本末転倒なので、俺と海の二人で協力し、しっかりと天海さんの勉強を見てあげようと思う。


 それに、俺や海も、志望校を考えると油断はしていられないので、気を引き締めるにはいい機会だ。


「――は~い、皆席ついて~。夏休み前だから浮かれるのは、わかるけど、その前に色々と準備しておかなきゃだから」


 そう言って、おそらくクラス人数分のプリントの束をもった八木沢先生が教室に入ってくる。


 全員が席についたところで配られたプリントを見ると、『体育祭』の文字が。


 ……そういえば、ウチの高校にはこれがあったか。


「隔年開催だから忘れてる人もいるかもだけど、去年文化祭があったので、今年は体育祭です。予定のほうはプリントに記載してる通りだけど……一応母校だから悪く言いたかないけど、さすがに9月の祝日開催は頭おか……えっと、改善すべきよね」


 それについてはクラス全員、というか全生徒が八木沢先生に共感するところだが、城東高校の体育祭は、なぜか文化祭のように10月や11月ではなく、9月の上旬に開催されるのが恒例となっている。


 なので、体育祭の全体練習や種目別練習などは、8月のお盆休みを過ぎたあたりから始まることになる。全体を指揮する生徒会や委員会、さらに、多くの練習を必要とする応援団などになるとなおさらだ。


「各種目に出場するメンバー決めなんかは8月頭の登校日に時間とって決めようかなって思うけど、その前に生徒会のサポートする委員決めとかは今日決めるように言われてるから。ってことで希望者は……」


 先生が教室全体を見渡すものの、当然、手を上げるものはなく。


「……うん、大丈夫。去年の文化祭もそうだった。ってことで、いつものやりま~す」


 そうして、俺や天海など、1年から引き続きの八木沢クラスにはお馴染みのくじ引きが始まった。


 今回決めるのは、文化祭と同じく実行委員を務める生徒会の補佐をする生徒二人と、そして、事前に振り分けが決まっている各組のバックボード担当二人の合計四人。

 

 バックボードというのは、各組の応援席の後ろに設置される大きなボードのことで、毎年、そこに生徒たちが集まって巨大な応援絵を作り上げる。絵のほうは生徒で自由に決めていいが、大体組み分けされた色にちなんだ題材が採用されることが多い。


 去年は文化祭だったので、実際には見ていないものの、学校の掲示板などに掲示された一昨年の様子などを見るに、どの組も迫力のある絵ばかりで、中学の時の規模との違いに少し驚いた記憶がある。

 

 ……で、今回の貧乏くじは、それだ。


「一応言っておくと、バックボード係に決まった人は、準備に時間がかかる関係で、個人種目とかの出場義務は免除されます。練習に時間がとれないからね。運動は苦手だけど、その他の面で貢献したいって人は考えてもいいかも。今回はとりあえずくじで決めるけど、やってもいい人は、8月の登校日までに考えておいて」


 プリントを見る限り、8月上旬の登校日から作業を開始する形になるので、そうすると、実質的な夏休みはさらに短くなる。


 夏休みを十二分に楽しんで体育祭で皆の足を引っ張るか、もしくは夏休みを少し我慢して皆に感謝されるか――目先の楽も大事な俺にとっては、悩ましい選択である。


 ともかく、まずはくじ引きだ。


「……っ」


 ともかくあたりを引いたら強制的にやるしかないので、今は白紙のくじを引いておきたい。もし海と一緒であればどちらか一方に二人で立候補なんてこともできたのだが、それはまた来年の文化祭のお楽しみだ。


 教卓の上に無造作に置かれたくじを一つとって、先生に渡す。


「……お、今回は前原君セーフ」


「そりゃまあ、確率的に二連続あたりのほうが難しいですから」


 とはいえ、今回は無事『はずれ』を引いて、内心ほっとした自分がいるのも確かだ。


 隣のクラスの海の動向が気になるところだが、今のところなんのメッセージも飛んでこないので、おそらく問題はないだろう。


 現在の『当たり』状況は、『委員』が二枠すでに決まり、残りは『バックボード』の二つ。


 全員引くまでのこり10人というところなので、そろそろ一つぐらいでもおかしくないところだが――。


「――あ、先生、当たりました」


 なんと、最初の貧乏くじは天海さんの手に。今までこういったくじには強いイメージがあったので、個人的には意外だった。


 そして、その瞬間、主にクラスの男子たちがにわかにざわつきだす。


「お~、天海さん当たりか~。おい男子たち、残り一枠まだ空いてるよ? 誰か男気見せようってやついない?」


 先生からの呼びかけに手を上げる男子はいないものの、しかし、そのうちの何人かは本気で悩んでいるようだ。


 夏休みをそれなりに犠牲にする代わりに、天海さんと確実にお近づきになれる――男子たちが考えているのはそんなところだろうか。


 だが、結局手を上げる人はおらず、くじはそのまま続行。


 最終的に、(男子にとっては)大当たりとなったくじを引き当てたのは、一人の男子生徒だった。


「……えっと、先生、どうぞ」


「はい、大山君当たりね。まあ、残り最後の一枚だから、当然といえば当然なんだけど」


「はは……まあ、しょうがないので頑張ります」

 

 控えめに苦笑した大山君が、自分の席へと戻っていく。中には妬ましい視線を彼に向ける人もいるが、当の本人はあまり嬉しそうには見えない。とはいえ、残念がっているようにも見えないのだが。


「ごめんね、真樹君。私、やっちゃった。どうしよっか」


「くじで決まった以上はしょうがないから、とりあえず皆で相談しようか。組み合わせ次第では皆と一緒になるかもだし、そうすれば手伝いようはあるから」


 今回の結果を受けて、俺はすぐさま海にメッセージを飛ばした。

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