第195話 最終日の夜明けに
その後は、俺も海も、今日の夜で最後となる旅館での時間を思う存分楽しんだ。
昨日と同じくお腹いっぱいおいしいご飯を食べて、腹ごなしに大浴場前にあるスペースで軽く卓球をして楽しみ、少し落ち着いてから、月明かりのみが照らす旅館の周囲をぐるりと散歩してみたり。
陸さんのほうはというと、夕食後、雫さんに用があるということで、どこかへと一人で行ってしまって、俺たちが散歩から戻ってきた後も部屋にはいなかった。
二人がどんな話をしているのかはわからないが、幼馴染同士、やはり積もる話もあるのだろうと思う。
「ふぁ……」
「真樹、眠い? もう夜中だし、明日も早いから寝ちゃおっか?」
「うん……そうさせてもらおっかな。海はどうする?」
「真樹が寝るなら、私も寝よっかな。兄貴のほうは、放っておけばいつの間にか帰ってきてるだろうし」
陸さんがまだ戻ってきていないのは心配だったが、昨日は移動の疲れ、今日は遊び疲れたこともあって瞼が重い。話を聞きたい気持ちはあるが、それはまた明日。
ということで、散らかっていたお菓子やジュースなどを綺麗に片づけて、俺と海はそれぞれの布団へ――と思ったら、海がするりと俺の懐に滑りこんできた。
「……えっと、一緒に寝るの?」
こくり、と海が無言で頷くので、俺は体を少しだけ端のほうにずらして、海のことを迎え入れることに。
「ありがと。でも、やっぱりちょっと暑苦しいね」
「そりゃもう夏だし。なら、やっぱり自分の布団に戻る?」
「戻ったほうがいい?」
くすりと笑って、海はさらに体を密着させてくる。
俺の答えなんかわかっているのに、あえて意地悪なことを言う海は、やっぱりずるい。
「いや、俺はこのままで平気だから、大丈夫」
「じゃあ、もっとぎゅってして」
「……うん」
暑苦しいが、相手が海ならそんなことは関係ない。
部屋の電気を消した俺は、布団の中で海のことをしっかりと抱きしめた。
心地良い柔らかさと熱と、そして、普段の匂いに交じって、いつもとは違うシャンプーの香りが俺へと伝わってくる。肌は綺麗だし、髪はさらさらで手ざわりが良くて。
こうしているといつも下半身が反応してしまうのだが、それで海が何か言ってくることはない。というか、それで離れようとすると余計にくっついてくるので、恥ずかしいが、そのままの状態で密着するのが常になっていた。
「ねえ、真樹」
「ん?」
「結局さ、使わなかったね。アレ」
「ああ……うん、アレね」
ショルダーバッグの中に入ったまま、開封されることなく終わろうとしている『0.01』のほうに目を向ける。あとは、財布に入っている単体のものも。
旅行の裏目的(隠れているかは別として)として、二人でなんとなく計画していたが、蓋を開けてみると、陸さんが案外真面目に役割を果たしたり、怜次君の存在があったりと、結局何もないまま、二日目の夜を迎えてしまった。
使ってもよかったな、という機会はいくつかある……と一瞬思ったが、よくよく考えてみると、初日から今まで、浮かぶ場面は大体野外なので、それをカウントしていいかどうかは判断に迷う。
「じゃあ、もったいないし、今からパーッと使っちゃう?」
「いや、お金みたいに使うもんじゃないし……部屋で二人きりだから、またとない機会なのはわかるけど」
この旅行で初めて、室内での二人きり。しかも同じ布団に二人で密着して……という状況だが、仮に今から始めたとして、その真っ最中に陸さんが帰ってきたら、いったいどんな顔をして挨拶をすればいいのだろう。
そう考えると、もうすぐ陸さんが帰ってくる気しかしない。
「と、とにかく、今日はもう寝よう。できなかったのは……その、俺も残念だけど、一番大事な目標は達成できたから」
「そうだね。昨日と今日の二日間、色々あったけど、私もすごく楽しかった」
できないこともあったものの、休みを通して、俺と海の心の距離は、また更に近くなったと思う。
一緒に寝て、起きて、ご飯を食べて、遊んで、お風呂に入って――海がずっと傍にいてくれて、俺はとても楽しかったし、幸せだった。
海のことが、今までよりももっと好きになった。そして、これからもっともっと仲良くなりたいと思った。
勇気を出して、空さんと大地さんに旅行のことをお願いして、本当によかった。
「海、その……ありがとう。旅行に行きたいっていう俺のわがままに付き合ってくれて」
「ふふ、どういたしまして。こんなわがままにも付き合ってくれる彼女なんて、滅多にいないんだから。絶対に離しちゃダメだよ?」
「うん。……じゃあ、もうちょっとだけしっかりくっつこうかな」
「ふふ、真樹ったらしょうがないんだから……へへ」
布団の中で密着してじゃれ合いながら、俺と海は、いつの間にかお互いに眠りにつくまで、お互いの体温と匂いを確かめ合った。
そうして、いつの間にか心地よい眠りの中についたところで――。
「――真樹……おい、真樹」
「ん……」
耳元で俺のことを呼ぶ声がしたような気がして、俺は重い瞼をゆっくりと開ける。
最初のうちは海かと思ったのだが、こちらはまだ俺の腕の中で幸せそうな寝顔を浮かべて、俺の浴衣によだれを垂らしている。相変わらずだらしないが、そういうところも可愛い。
惚気はともかくとして、海が声の主でないとしたら、残りは陸さんしかいない。
「すまん、真樹。まだ明け方なのに」
「いえ……お帰りなさい、陸さん。遅かったですね」
「怜次君を寝かしつけた後、雫から『一杯付き合え』って言われてな。アイツの酒癖、思いの他悪かったから、大変だったよ。あ、言っとくが俺は飲んでないぞ。これから運転もしないとだからな」
少し変な匂いがすると思ったら、どうやらこの時間まで居酒屋にいたらしい。さすがの陸さんも疲れたのか、あきらかに眠そうな顔をしている。
少しでも寝たほうがいいと思うが、布団に入らず、それでも俺のことを起こしたということは。
「……真樹、ちょっと相談があるんだが」
「? 俺でよければ全然構いませんけど……どういう相談ですか」
「その……恋愛相談、というか。こんなこと、お前ぐらいにしか頼めないし」
俺から視線を逸らして、陸さんはぼそりと言う。
俺のお願いが効いたのだろうか――どうやら、陸さんの中で心境の変化があったらしい。
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