第191話 陸の悩み 1


 昨日と同じ時間に夕食時間を設定し、その前に風呂を済ませてしまおうということで、俺と陸さんは一緒に大浴場のほうへと向かうことになった。


 ちなみに海の方は、俺たち二人が戻ってきてから一人で露天風呂へ行くそうで、その間のお留守番をお願いした。


 もちろん、こうなることは事前に示し合わせている。


『(海) 真樹、面倒なアニキで申し訳ないけど、よろしくね』


 そう送られてきた海からのメッセージに『うん』とだけ返信して、俺は陸さんと一緒に部屋を出た。


「…………」


「…………」


 並んで歩いているものの、移動中、俺と陸さんの間に会話は一切ない。


 ゲームだったり、もしくは彼女(陸さんにとっては妹)など、共通の話題はあるのでネタには困らないはずだが、俺も陸さんも率先して話を振るタイプではないので、必然的にこうなってしまう。


「……悪かったな」


「え?」


「今日の昼過ぎのことだよ。せっかく妹と二人きりだったのに、俺たちのせいで邪魔して」


「いえ、そんなことは……あの、ちなみに、海からはなんて言われたんですか?」


「それはこの後にな。あのバカ、思いっきりデコピンなんかしやがって……くそ、まだちょっとヒリヒリしやがる……」


 陸さんが前髪をかき上げると、額の中心あたりがほんのりと赤くなっている。大地さんか空さんのどちらかからの教えなのだろうが、海のデコピンは思った以上に痛いので、そこはちょっとだけ同情する。


 大浴場の方は幸いにもお客さんはいなかった。これなら、思う存分話すことができるだろう。


 さきほどのゴミ拾いで付いたであろう埃などを洗い落としてから、俺は陸さんの隣でゆっくりと温泉に浸かった。


「まったく、お前も海も、頼んでもないのに余計なお節介ばかり……どうしてそこまで俺に構う? 俺たちのことは、お前らには一切関係ないことだろう?」


「そうですね。家族である海が言うならともかく、俺なんかは、陸さんにとっては『妹の彼氏』でしかないわけですから」


「なら、なんで――」


「……それは、陸さんが『海のお兄さん』だからです。『赤の他人』じゃありません。誰よりも大切な彼女の『家族』なら、それは俺にとっても大事な人に決まっています」

 

 もちろん陸さんだけでなく、空さんや大地さんだって同じ気持ちだ。


 朝凪家の人たちには、俺も母さんもものすごくお世話になっている。海と付き合い始めてからは特にだが、俺が体調を崩した時には家に泊めてくれ、月に一回や二回は食事を一緒にしたりもする。下手な親戚よりも、前原家は朝凪家の付き合いは深い。


「友達の友達はみんな友達、みたいな理論か?」


「近いですが、ちょっと違います。『友達の友達』と『友達』になれるかはわからないですけど、恋人の家族とは仲良くやっていかないといけないですから。その、もしかしたら、『家族』……になるかもしれないですし」


「ああ……まあ、そうだな。このまま大学、社会人とお前らが付き合っていけば、いずれはそういうことにもなるか」


 将来のことについて、海とはまだ大した話はしていないけれど、俺個人の考えとして、朝凪家とは出来るだけ末永く付き合っていければと思っている。


 仲良くやっていかなければならないし、仲良くしていきたい。


「それに俺、陸さんのこと、尊敬してますから。面倒くさそうにしてても、俺や海のことを気遣ってくれてますし、特に旅行中はずっと大人に見えて……この人本当に今無職なのかなって、正直、ちょっと驚いてます』


「お前、それ本当に尊敬してるのか?」


「してますよ。少なくとも、海と同じくらいには」


「だから言ってんだよ、このバカ」


 そう言って、陸さんの手が、俺の頭に触れる。多分、陸さん的には軽くひっぱたくつもりだったのだろうが、俺が痛く感じないように気を使い過ぎて、結局頭を撫でるだけで終わってしまったのだろう。


 やっぱり、この人も随分なお人よしだ。


「……しぃちゃんのことは、俺もずっと好きだったよ」


 あきらめたように息を吐いた陸さんが、そう言って自らのことをぽつりぽつりと話し出した。


「小さい時のアイツってあぶなかっしくてさ。体も大きくなくて病弱なのに、やたらテンションが高くて外で遊び回るのが大好きで……いつの間にか俺がお世話係みたいになって。最初は面倒だったんだけど、ずっと一緒にいるうちに、幼馴染の俺が守ってあげなきゃって……気づいたら、もう好きになってた。なんだかんだ、町内じゃ一番可愛い女の子だったし」


 やはり、二人とも小さい頃からお互いのことを想い合っていた。まあ、そうでなければ、いくら幼馴染とはいえ、引っ越し後もマメに連絡を取り合ったりはしないだろう。


「じゃあ、どうして雫さんからの告白を断ったりなんか……他に好きな人がいたとか、そういうわけじゃなかったんですよね?」


「ずっと好きだった、からな。もちろん可愛いと思う子は他にもいたけど、好きな女の子ってなると、後にも先にも彼女しかいない」


 そこまでの存在になっていても、結局、陸さんは雫さんからの告白を受け入れることはなく。


「……わかってるんだよ。ここまでこじれちゃったのは、全部俺のせいなんだってことぐらい。しぃちゃんも俺のことが好きで、俺もしぃちゃんのことが好き。お互いに好き同士なんだから、後先考えず、親父やお袋みたいにくっついちゃえばよかったのに」


「ということは、断る理由が他にあったってことですか?」


「ああ。今にしても思えば、くだらない理由だったんだけど……昔の俺は、そうするのが一番だって、勝手に思い込んでたんだ」


 話は、今から10年以上前の、陸さんの高校時代の話へ。

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