第190話 10年前の告白
仕事についてはちょうど暇になったということで、建物外の掃除のついでに話を聞かせてもらうことに。せっかくなので、自ら申し出て、俺も一緒に駐車場などを掃いて回る。
まず最初に、海と隠れて話を聞いていたことについて謝った。雫さんは俺たちがいたことには気づいていなかったようで、それについてはやんわりと注意されたものの、居合わせてしまったのは偶然ということで許してもらえることに。
「陸くんに告白したのは、今から10年前だったかな……久しぶりにみぞれおばあちゃんの家に帰省した時に遊びにいって。その時に『進路はどうする?』って話になったの」
海が生まれたと同時に、陸さんは今の朝凪家の自宅へと引っ越したので、雫さんとは小学生の時に離れ離れになっているのだが、高校ぐらいまで、時々はお互いに電話を掛けたり、メールを送り合ったりして、関係は続いていたという。
勉強のことや学校のこと、そして遊びや流行りの話題など、他愛のないことをやりとりし、そして夏休みなど、長期の休みになれば、みぞれさんの家に帰省して、大切な幼馴染として関係を育んでいたはずだった。
「私、小さい頃は結構ドジばっかりだったし、体もそんなに強くなかったから、ずっと彼に助けてもらってて……大地おじさん譲りで背が高くて、運動はちょっと苦手だったけど、頭も良くて、そして私にいつもすごく優しくしてくれて」
「じゃあ、結構早い時から、陸さんのことは好きだったんですね?」
「うん。明確にいつって言うのはわからないけど……でも、気づいた時には一人の男の子として好きになってたかな。だから、陸くんが引っ越すってなった時は、ものすごく落ち込んでね……彼の前で『行かないで』って、おばあちゃんの家の前でわんわん泣いて」
風で飛ばされてきた葉っぱや枯れた雑草をゴミ袋に入れながら、雫さんは当時のことを懐かしみつつ答える。
その横顔は、とても寂しそうだ。
雫さんも、そしておそらくは陸さんもお互いのことをずっと思い合っていた。
幼馴染だから恋愛対象にはならない、なんて話はたまに聞くけれど、この二人にそれは該当しないように思える。今、二人で話している雰囲気でも、そのことは十分に伝わってくる。
「高校を卒業して、進学なり就職なりしちゃったら、もう今までみたいに会ったり、連絡を取り合ったりとかできなくなっちゃうでしょ? だからその前にちゃんと気持ちを伝えなきゃって。それで、次の日に帰るってタイミングに、陸くんを呼び出して、」
「それで雫さんから陸さん告白して、その……」
「うん。……ふふ、初恋って、あっけないもんだよね」
だが、雫さんの幼いころからの恋が成就することはなかった。
こういうことがあるのだから、恋愛は本当によくわからない。去年の秋に『友達』と『初恋』がいっぺんにやってきて、あっという間に恋を成就させて順調に仲を深めている(と思いたい)俺と海みたいなカップルがいれば、10数年経っても『ただの幼馴染』のままの陸さんと雫さんがいて。
「その……聞きにくいんですけど、陸さんは、雫さんの告白には、どういう返事を……?」
「『ごめん、今はそういうことは考えられない』って、それだけ。他にも色んなこと話したはずなんだけど、泣かないようにするのに精いっぱいで、後のことはあんまり覚えてなくて……」
雫さんにしてみれば、かなりショックだったと思う。離れ離れだったとはいえ、連絡はずっと取り合っていたわけで、そんな状態から陸さんが告白を断るとは。
離れ離れの間に、例えば他の女の子と付き合っていたりとか、そうでなくても気になる女の子がいて……とも考えたが、学生時代も相当な美人だったはずの雫さん以外の人を追いかけるような性格の人にも思えないし。
雫さんの話に誇張や嘘がある感じもないので、そうなると、やはりこじれてしまった原因は陸さんにありそうだ。
「――その後は、普通に上京して大学生活を過ごして、それから一般企業に就職して………高校卒業して10年以上経ってるけど、本当、気づいたらアラサーになってたって感じ」
「あの、ちなみにその後陸さんから何か連絡とかは……」
「なかった、かな。最後に会ったのは二十歳ぐらいの時だったけど、その時は、告白のことがあったせいでお互いによそよそしくなっちゃって。それでもう『忘れなきゃ』って思って、会社で知り合った人と何年か付き合って……その、」
「それ以上は大丈夫です。……すいません、嫌なことを思い出させるようなことを訊いてしまって」
「ううん、気にしないで。元々の言い出しっぺは私なわけだから、その責任はちゃんと取らないと。……結婚は失敗しちゃったけど、怜次っていう大切な存在がいるわけだから、そこだけは神様に感謝しなきゃ。ね?」
そう言って、雫さんは俺の方を見てにっこりと笑って見せる。
自分のことはいいから、息子である怜次君だけは幸せにしてみせる――そんな風に、俺の目には映った。
離婚した直後の母さんの顔と、今の雫さんの顔が、ちょうど重なったような気がしたからだ。
「雫さん、一つ……訊いてもいいですか?」
「なに?」
「陸さんとのことは、もういいんですか?」
「……うん」
雫さんは俯くようにして頷き、そして続ける。
「今はお互いフリーだけど、でも、私たちも随分大人になっちゃったから。陸君はこれから仕事を探さないとだし、私は家の仕事と怜次のお世話でいっぱいいっぱいだから」
俺と違って、まだ怜次君は幼い。幼稚園、小学校と、これから大事な時期を迎えるわけで、そんな時に個人的な理由で立ち止まっていては、自分のためにも、息子である怜次君のためにもならない――そう考えるのが、自然なことなのだろう。
それが雫さんの出した答えで、そして、陸さんも同じようなことをきっと考えている。同じ結論を出しているわけだから、これ以上外野がとやかく言うことではない。
……だが、本当にそれでいいのだろうか。
「ってことで、真樹君にお話しできるのはこれぐらいかな。さて、手伝ってくれたおかげで早く片付いたし、旅館に戻りましょう? そろそろ夕食の準備もしなきゃだし、陸くんと海ちゃんも帰ってくるだろうから」
「そうですね。話、聞かせてくれてありがとうございました」
「どういたしまして。……真樹君は、海ちゃんとはこんなふうになっちゃダメよ。もう仲良しカップルさんだから大丈夫だとは思うけど、一応、お姉さんからの忠告ってことで」
「……ええ。一応、気を付けておきます」
ごみを集めた袋を旅館の裏手にあるゴミ箱の側に置いて表の玄関へ戻ると、ちょうど陸さんの運転する車から、海が降りてきたところだった。
「真樹、ただいま」
「お帰り、海」
すぐに海のことを出迎えた俺は、雫さんと陸さんが近くにいないことを確認して、それぞれの状況を確認する。
(海、陸さん、どうだった?)
(お説教はしたよ……でも、あんまり話にならなかった。そっちは?)
(事情は聞いたけど……とりあえず、部屋に戻りながら話すよ)
雫さんのことだから、このまま今日が過ぎてしまえば、二人はこれからもずっと今の関係のままだろう。
友達のまま、幼馴染のまま――現状維持でも、それはそれで楽かもしれない。お互いつかず離れず、たまに連絡を取り合って、昔話に花を咲かせるのも。
しかし、もし、お互いに『子供』の気持ちが残っているのだとしたら。
俺は自分のスマホを取り出して、陸さん宛てに初めてメッセージを送る。
『(前原) 陸さん、ちょっといいですか?』
『(朝凪陸) 珍しいな、俺にこうして送ってくるなんて。で、どうした?』
『(前原) 今日、一緒に風呂にでも入りませんか?』
俺の方は今日二回目の入浴となってしまうが、二人で話をするなら、そこが最適な場所だろう。
陸さんと雫さんへのお節介は、もうこれっきりだ。
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