第179話 悪魔のささやき?


 その後は海とのことを特に追及されることはなく、俺たちは思う存分夕食を堪能した。


 毎朝、雫さんと板前さんであるお父さんで仕入れている新鮮な魚介やお肉、この近くの畑でとれた野菜や果物など、普段は味わえない料理の数々に、俺も海もお腹がはちきれんばかりだ。


 食後のお茶を飲み、一息ついたところで、寝床の準備のために雫さんが再び部屋に入ってきた。


「みんな、お風呂はこれからよね? その間にお布団の準備しておこうかと思ってるんだけど、布団はいくつ並べる?」


「は? いや、三人いるんだから、普通に三人分……」


 雫さんの質問に陸さんが傾げつつ答えようとした時、海がすかさず割り込んできた。


「いえ、二人分でいいです」


「は? おいおい、俺だって今日は疲れたんだからちゃんとした布団で……」


「いや、アニキの分と、それから私たちの分だよ」


「……え?」


 私たち。


 つまり、俺と海の分ということだが、どうやら海は俺と一緒の布団で寝ることを希望しているらしい。


 多分、雫さんもそういう意味で訊いてきたのだろう。俺のほうをちらりと見てニマニマとした表情を浮かべている。


「お前なあ……別に何しようが俺には関係ないけど、さすがにそれはちょっと……」


「別に一緒の布団でくっついて寝るだけだよ。逆にアニキは何で反対なの? そっちのほうがキモいんですけど~? ねえねえ、なんで? なんで一緒の布団はNGなのさ? ほれ、言ってみ?」


「むぐっ……相変わらず口の減らないガキ……」


 一緒のベッドで寝るだけなら、朝凪家でも過去すでにやっているので、陸さんとしては別の可能性を考えているのだろう。


「雫さん、あの、普通に3つ並べておいてください」


「! こら真樹っ、かわいい彼女じゃなくて、アニキの肩をもつの?」


「いやいや、だって二人で一つの布団で寝たら単純に狭いし……別に一緒に寝たくないっていってるわけじゃないよ。三つ並べても、海は結局俺のところに入ってくるんでしょ? だったら場所は広くとっておいたほうがいいかなって」


 俺も海も寝相はいいほうだが、一つ分だと布団からはみ出して畳のほうに出るかもしれないし、それで寝冷えなどすると後が困る。今のこの時間で少し涼しいぐらいだから、朝方はもっと気温が下がるだろうし。


「海ちゃん、真樹君はシングルベッドよりダブルベッドのほうがいいよ、って言ってるのよ」


「ああ、なるほど。それならそうと言ってくれればいいのに、真樹ってば恥ずかしがり屋さんなんだから」


「話聞いてる?」


 なんだか謎に息の合っている二人だが、とりあえず海が納得してくれたようなので、今はそれ以上は何も突っ込まないでおく。


「じゃあ、雫さんの邪魔にならないように、私たちはお風呂にいっちゃおうか。時間もたっぷりあるし、ゆっくりくつろいじゃおっと。ほら真樹、早く行こ」


「うん。あ、陸さんはどうします?」


「俺はお前らの後でいい。一人のほうがゆっくりできるからな」


「とか言って、りっくん、本当は私と二人きりになりたかったり?」


「違うわ! ……ったく、いいから早くやってくれ。俺たち、今日は一応お客さんなんだから」


「ふふ、そうだったね。すぐやっちゃいますから、しばらくお待ちくださいね」


 二人の間で何か話があったのか、怜次君のことがあっても、二人の間に特に気まずい雰囲気はない。まあ、二人ともいい年した大人なわけだから、まだ子供の俺が心配する必要なんてないか。


「――あ、そうだ。海ちゃん、真樹君、二人とも、ちょっといい?」


「「? はい」」


 館内用のスリッパをはいてから、一階のフロアにある露天風呂のほうへ行こうとしていると、雫さんが俺たちのことを呼びとめる。


 何かまだ言い忘れたことでもあるのだろうか――そう思って振り向くと、雫さんは、陸さんに聞こえないよう、俺たちだけにこっそりと耳打ちしてきた。


「男湯と女湯、いつもは大きな柵で仕切ってるんだけど……今日、掃除の時にうっかり従業員用の連絡扉を開けっぱなしにしちゃってるから。……二人とも、私の言いたいこと、わかるよね?」


「「……」」


 お互いの顔を見合わせて、俺たちは雫さんへ静かに頷いた。


 つまり、混浴したいのならどうぞ、という意味だ。


「あ、でもエッチなことはしちゃダメだよ? 今はお客さんはあなたたちだけだけど、皆の場所だからね。あくまで一緒に入るだけ。今日のお布団と同じだね。……まあ、もし何かあっても私は何も知らないんだけど。今日のお礼ってわけじゃないけど、怜次のせいで色々とお邪魔しちゃったみたいだし」


「……雫さん、お節介ですね」


「小さい頃からね。りっくんにもよく言われる。ほれ、早いところ行った行った」


 そうして、俺たちは雫さんに背中を押される形で部屋の外へ。


 ――雫、あの二人に何話してたんだ?


 ――気になる? ふふ、ちゃんと男湯と女湯に入るのよって言ってきた。そういえば、私とりっくんも昔は一緒にお風呂入ってたね。最後は確かお引越し前……


 ――ばっ……あの二人に聞かれたら……


 部屋の向こうから気になる話が漏れ聞こえてくるが、雫さんの忠告通り、さっさとここから離れることにしよう。


「う、海、行くか」


「う、うん。だね」


 悪魔(?)のささやきのせいで、ようやく収まってきた心臓の鼓動が、また少しずつ早くなっていくのを感じる。

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