第180話 海とお風呂 1
客室のある2階のフロアから、階段で屋外露天風呂のある1Fへ。案内によると、『しみず』には普通の大浴場も用意されているそうだが、他のお客さんに気を遣う必要もないので、少し狭くはあるものの、屋内大浴場をスルーし、俺たちはもう一つ奥にある入口へと向かった。
「真樹、私、こっちだから」
「う、うん。じゃあ、ひとまずここで」
海といったん別れて、それぞれの更衣室の入口へ。
適当な脱衣かごに荷物を置いて、来ている服を脱いで、旅行用に持ってきていたカバンにそれを突っ込み、替えの下着と、それから旅館に用意されていた浴衣をカゴに置く。お風呂から上がった後は、俺も海も浴衣で過ごすつもりだ。
「……ふう」
静かな室内に、服を脱ぐ衣擦れの音が響く。あとついでに、少し緊張している俺の息遣いも。
海と一緒のお風呂に入るのは初めてではないが、滅多にないことでもあるので、お互い何も身に着けていない状態で顔を合わせるのは、やはり恥ずかしかったりする。
最後に一緒に入ったのは、確か二年生進級前の3月に入ってすぐのことだったか――下校中にいきなりのゲリラ豪雨に見舞われてびしょ濡れになった時のこと、先に海にお風呂に入ってもらうつもりだったが、それでは俺の方が風邪をひくからという理由で、結局一緒に入ることになったんだっけ。
「あの時はお互いド緊張で、結局どっちも背中を向けたままで終わったけど……」
ただ、タオル一枚で前のみを隠していた海の白く艶めかしい背中の記憶は、今もしっかりと俺の記憶には刻まれていて。
……なぜかもうすでに混浴することが前提になっているが、雫さんがそこまでお節介を焼いてくれているのだから、その好意を無碍にするわけにもいかないというか。それに、せっかくの旅行なのだから、恋人同士だし、こういうのも思い出としてきっちり残しておきたいというか、なんというか。
一人でぶつぶつと誰に聞かせるでもなく言い訳した俺は、小さなタオル一枚のみを腰に巻いて、屋外へと続くドアを開けた。
「おお……」
屋外露天風呂は、想像していた以上に綺麗だった。夜間ということもあり、間接照明で全体が淡く照らされ、時折、揺らめく温泉の水面と反射してきらきらとしている。
温泉は白の濁り湯。効能は肩こりや冷え性、リウマチなどなど……まあ、ここらへんはまだ俺には関係のない話か。
湯につかる前に、備え付けのシャワーで今日の汗をさっと荒い流す。山道での『海との休憩』の際に結構汗をかいてしまったのか、やはりちょっと汗臭い。
……その中にちょっとだけ海の匂いが混ざっているのは、ここだけの秘密だが。
体を流して、頭のほうも洗っていると、柵で仕切られた向こう側から、カラカラとドアの開く音が聞こえてくる。海だ。
シャワーを流して頭を洗い続ける俺だったが、ついつい意識のほうが海のほうへといってしまう。
同じように体を流しているのか、あちらからもシャワーの音が聞こえてくる。
設備に違いはないはずだが、俺と海で、音の聞こえ方が違うのはなぜだろう。水はじきの違い?
「と、とりあえずお湯につかろうかな……」
全身あらかた綺麗にし終えたので、ひとまず湯に浸からせてもらうことに。
海の方にもちゃんと行くつもりだが、その前に少し暖まって、心の準備がしっかりできてから。
「ふ~……あったかい……」
肩までしっかりと浸かり、ほうと空に向かって息を吐く。温泉のほうは濁っているだけあって、肌に触れる感触が滑らかというか、若干とろりとしているような。
まだ入ったばかりだが、体の芯にまでじんわりと温かさが伝わってくる気がする。
お風呂はそんなに好きではないが、これならずっと入っていられそうだ。のぼせてしまうので、さすがにいつまでもは無理だが。
さて、後は海のいるほうにお邪魔するタイミングだが――。
「真樹ぃ? もうお風呂入ってる?」
「あ、うん。そっちは?」
「大丈夫だよ。……で、どうする?」
「えっと……俺がそっちに行っていい?」
「あ、もしかして女湯に入りたいんだ? 真樹のえっち」
「いや、女湯っていうか……どっちかっていうと海のところに行きたいっていうか……じゃあ、俺のところに来る?」
「や~。真樹がこっち来て~」
「はいはい」
こういう場合はやっぱり自分から行ったほうがいいだろうと思う。……断じて、女湯を見てみたいとか、そういうことではない。細かい違いはあるだろうが、設備は一緒だ。
「えっと……じゃあ、お邪魔します」
「はい、どうぞ~」
海の許可をもらってから、俺は従業員用の扉に手をかける。雫さんが言ったように、扉はあっさりと開いた。
「ふふっ……真樹、おいで?」
「あ~……うん」
海はすでにお湯に肩までつかっていて、そこから下は濃い濁りのおかげもあって見えないようになっている。タオルは頭に巻いているので、下は当然なにもつけていないはずだ。
透明だとどうしても海の裸に目が行ってしまうが、隠れているならなんとか平静を保てそうだ。
……お互いの体が密着していなければ、の話だけど。
腰に巻いているタオルをとって頭にのせて、すぐさま湯の中へ。
「真樹、手、つなご」
「ん」
肩をくっつけるようにして並んで座り、お湯の中で俺たちは指を絡ませる。
恋人繋ぎはいつもやっていることだが、お互い裸なので妙にドキドキする。
これは、早めに上がらないと大変なことになってしまいそうだ。
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