第171話 0.01
ソフトクリームの件については空さんからしっかりとお小言をいただきつつ、それなりに満足した休憩時間を過ごした俺たちはサービスエリアを出発した。
運転席には、当初の予定通り、空さんから陸さんへと変更。
運転するのは久しぶりだそうだが、仕事をしていた時はわりと毎日のように車に乗っていたそうで、体が覚えているのか、ハンドルさばきは軽い。
これなら特に問題はなさそうだ……いや、だからといって空さんの運転が危なっかしいとか、そういうことを言っているわけでは決してないのだが。
「ありがとうね、陸。まさか本当についてきてくれるなんて思わなかったわ」
「まあ、今の家に引っ越して以来、婆ちゃん家には数えるほどしか行ってなかったし、たまにはな。母さん一人で行かせるのも……なあ、海?」
「あのさ、普段話しかけないくせにこういう時にだけこっちにふんのやめてくんないっすか?」
「ふふ。陸、海。それ、いったいどういう意味かしら?」
陸さんのほうを見る空さんの横顔が心なしか怖い気がするが、それはそれとして一つ気になることが。
「あの、陸さん、さっき今の家に引っ越してって言ってましたけど、もしかして、昔おばあさんの……みぞれさんの家に住んでたことがあるんですか?」
「? ん、ああ。お前も知っての通り、ウチは父さんも母さんも若いうちに結婚して経済的にも困ってたからな。今の家は、海がちょうど生まれたぐらいに住み始めたから……」
話を聞く限り、大地さんと空さんは、陸さんを妊娠したのを機に結婚したはずだから……そうなると、陸さんも10歳ぐらいまではそこに住んでいたことになる。
幼少時代の住まいなら陸さんにとっても大事な場所だろうから、そいうことならたまには帰省したくもなるか。
ただ、その割には陸さんの顔が、いつも以上に冴えない顔をしているような気が。
「っと、そろそろ高速降りて一般道だな……後ろの二人、一応訊いとくけど、なんか買い忘れとかないか? ウチの実家の近くコンビニとかないから、もしなんかあるなら寄っておくぞ」
「あ、それならちょっとお願いしてもいい? さっき荷物見たら、櫛もってくるの忘れちゃってさ。……真樹の」
「え?」
「サービスエリアを出る前に、念のため真樹の荷物もちらっと確認したんだけど……その顔だと、どうやら図星みたいね」
「ええっと……はい、多分」
確かに、言われてみれば、それらを入れた記憶がない。今日泊まる旅館に用意があるだろうが、無いとも言い切れないし、あったとしても、それが自分の肌や髪に合うとも限らないので、一応、無難なものを選んだほうがいいかもしれない。
「わかった。じゃあ、適当に止めるから買いに行くか。俺もちょっと買いたいもんあらし」
「陸、言っておくけど、お酒はほどほどにね?」
「わ、わかってるよ。9%は買わないから」
「私は度数じゃなくて本数のことを言ってるんだけど……」
ということで全員で買い出しをすることになり、高速道から一般道に降りた後、近くの駐車場に車を止めてから、近くのコンビニへ。
目的地である朝凪家の実家まではまだもう少し距離があるとのことだが、すでに俺たちが住んでいる街よりも、自然の緑の割合が大分多くなってきている。
コンビニの建物のはるか先に映るのは、緑に囲まれた大きな山……旅行で行くにはいいが、今の住環境に慣れた俺たちには不便なことが多いかもしれない。
「さて、と。陸も買うんだったら、私もたまには買っちゃおっかな、お酒」
「母さん、自分で俺に注意しといてそれかよ……」
「あら? じゃあ、あなたがおばあちゃんの家に泊まる? それなら私は買わなくてもいいけど」
「……自由にすれば」
最初に電話で話していた様子を見ていた時から思っていたが、どうやら、嫁姑の仲はそれほど良くないらしい。
コンビニのカゴにそれなりの量の9%を入れていく空さんのことは見なかったことにして、俺は海と一緒に自分たちの買い物だ。余計な出費となってしまったが、お金の方はお母さんからそれなりにもらったので問題はない。
「真樹、何買おうか? 旅館にも多少は売ってるだろうけど、値段設定はかなりのもんだろうし」
「じゃあ、お菓子も含めてジュースとかも買おうか。全部食べ切れなくても、それはまた帰ってからでもいいし」
「うん。だね」
そうして俺たちのほうも、コーラやその他目についたスナック菓子などを選んでいく。つい先程巨大なソフトクリームを食べたばかりのはずだが、少し休んでいるうちに徐々に復活してきた。我ながらしょうがない奴だ。
「これだけ買えば3日は持つかな。あとは最後に櫛を買って、と……」
商品でいっぱいになったカゴをもって、化粧品類の置いてあるコーナーへ。
旅行用の歯ブラシセットなどの置いてある陳列棚を見ていくと、ふと、ある数字の書いてある箱が俺の目に留まった。
『0.01』
とでかでかと表示されている。
「こ、これは……」
コンビニで売っているのは知っていたが、こうしてその商品を見るのは、そして手に取ってしまったのは初めてである。今まで興味を示したことはなかったが、意外と目立つ箱の色をしている。
今回の旅行に際して、件のブツは、一応、ポケットの財布の中に一つ忍ばせている。以前、学校の授業で配られたものだ。
宿泊部屋には陸さんもいるから可能性は低いかもしれないが、しかし、まったくのゼロというわけでも……。
「って、いやいや何考えてんだ……人の帰省にわざわざついてきてそんなこと……」
よからぬ妄想が頭の中を支配する前に、さっさと元の場所に商品を戻そうとしたその時、慌てていたせいか、商品を床に落としてしまった。
「真樹? どしたん?」
「っ……」
となると、当然、海にも気づかれてしまうわけで。
ひょこっと棚から顔を出してきた海が、俺の顔と、それから、俺が今しがた拾ったばかりの『0.01』をちらりと見て。
「あの、海さん、これはですね……」
「……真樹のえっち」
ほんのりと頬を染めた海が、ぷいっと俺から顔を背ける。
つい手に取っただけ、と言いたいところだが、そういう気持ちは正直に言ってしまえばあるわけで、言い訳のしようもない。
商品を速やかに戻し、本来の目的である櫛をカゴに入れて、すぐに海のもとへ。
「もう、真樹ったら、しょうがないんだから」
「本当にすいません……俺もその、やっぱり男だから……」
「いや、別に怒ってるわけじゃないからいいんだけど……その、か、買わないの?」
「え?」
レジ待ちの列の最後尾に二人で並んでいる途中で、海がぼそりと呟く。
隣で俺の手を握る海の顔が、どんどんと真っ赤に染まっていく。
……やっぱり俺たちバカップル、考えることは一緒だった。
「ほ、ほらっ、私もそういうのはいらないかな~っては思ってるんだけど、ね。でも、もしかしたら、ってことも、その、ある……わけだし? 備えあれば憂いなしっていうかさ」
「あ~……まあ、それも、そうかな。うん。もしもの時のため、だよね。うん。もし旅行の間に出番が無くても、それはそれで次の機会がある……よな」
「そ、そうだよ、多分。うん。ほら、私、カゴもっててあげるから、ね?」
「う、うん。じゃあ、そうしよう……かな」
お互いヘンな感じになりつつ、俺は素早く先程の場所に戻って、棚に戻したばかりの『0.01』を手にとり、お菓子類の中にさっと忍ばせた。
一個は財布の中にあるけれど、とりあえず、念のため。
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