第165話 旅行前の買い物デート 1
中間テストのほうが終わって数日が経ち、全教科の結果が出揃った。
まず順位だが、海は1年生の学年末時の5位から順位を二つ上げて3位。俺の方は、密かに目標にしていた20位以内には入れなかったものの、前回の30位から五つ順位を上げて25位という結果になった。
初めのうちは、もしかしたら二人とも多少順位を下げてしまうかも、と危惧していたものの、天海さんや新田さんの協力(監視?)もあって、終わってみれば、どちらもしっかりと結果を残して、晴れて6月の三連休、俺と海の泊りでのお出かけが決定となった。
――真樹ぃ~、起きろぉ~、あ~さ~だ~ぞ~。
「んぅ……うみ……?」
朝、上からのしかかる重みと、耳馴染のある声で俺は目覚めた。
ぼやけた意識が徐々にクリアになるにつれ、最愛の彼女の可愛い笑顔が視界いっぱいに映し出された。
「おはよ、真樹」
「おはよう、海」
枕元に置いてあるスマホを見ると時刻はまだ朝の7時を回ったところで、さらに言えば今日は土曜日の休日なのだが、海と何らかの約束がある日はいつもこうなので気にしてはいけない。
「真樹、まだ眠そうだけど、昨日ちゃんと寝た?」
「う~ん……ちゃんと布団には入ったんだけど、なんか寝付けなくて」
「そうなんだ。あ、もしかして、今日のデートが楽しみだったから、とか?」
「……まあ、えっと……うん」
泊りがけでの遠出の許可をもらったことを受けて、今日、俺と海は、その日に必要なものの買い出しに行く予定である。その日に来ていく服を選び合ったり、その他旅行先で必要だと思われるものなど……まあ、言ってしまえば買い物デートと言うやつだ。
海に何の用事もなければ(俺には以下略)大抵休日は一緒にいることが多いものの、基本的には俺の家でだらだらするだけなので、明確に二人きりで『デート』というのは本当に久しぶりである。
昨日の夜の電話では何でもないように装ってはみたものの、明日はどんな服を着て行こうか、とか、買い物が済んだらどこを回ろうか――などなど、ベッドの上で色々と頭を巡らせた結果、寝付くのに時間がかかってしまった、という。
……小学生か。しかも、久しぶりとはいえ初めてでもないのに。
「もう、しょうがないなあ。まだ出かけるまで時間あるし、もうちょっとだけ寝てていいよ。時間になったら起こしてあげるから」
「ありがとう……あ、そうだ、海」
「なに?」
「……その、今日の海も、すごくかわいいよ。服、とても似合ってる」
夏の始まりである6月になったこともあって、海の服装も本格的な夏仕様となっている。
青のパステルカラーを基調としたワンピースと、耳には普段つけない小さなピアスが耳元できらりと光っている。
一見シンプルで爽やかではあるけれど……おそらく今日もそれなりに姿見の前であれやこれやと悩んでいるはずだ。
あと、海の誕生日の時、俺が海へ『青が似合うと思う』と言ってからは、必ず青系の何かを身に着けてるようになっていて、そういうところも本当に可愛い。
「今日も、か……へへ、褒めてくれてありがと。真樹もだんだん彼氏らしくなってきたじゃん、えらいえらい」
「またそんな子供扱いして……まあ、別にいいんだけどさ」
よしよしと優しく頭を撫でてくれる海の手の感触が心地よくて、海に甘えつつ、再び意識を微睡みの中へ落としていく。
「……真樹はどんどん格好良くなっていくね……そうなってくれるのは、私としても嬉しいはずなんだけどなあ……」
「うみ……?」
「あ、ごめんごめん。ただの独りごと。もうしばらくこのまま撫でてあげるから、安心してぐっすり眠りなね」
大好きだよ、という海の囁きを耳元で聞いてから、俺は彼女が起こしてくれる時間まで眠りについた。
※
そのまま午前中は家でゆっくりと過ごした後、俺と海は改めていつもの街へと出かけた。
まず最初に、旅行の時に来ていく海の服選びから。最近はようやく人前で手を繋ぐことにも慣れて、高校生カップルとして、上手く風景の中に溶け込めているし、周りの声もあまり気にならなくなってきた。
こういうところでも、少しずつだが成長を実感できるのはとてもいいことだと思う。
「よしっ、じゃあ、今から気合入れて選ぼっか。真樹も、今日は『かわいい』とか『綺麗』だけじゃなくて、もうちょっと具体的に意見ちょうだいね」
「うん。それは別にいいんだけど……でも、」
まずはここ! と海に手を引かれてその場所についた俺は、一瞬だけ足を踏み入れるのに戸惑った。
俺の視界いっぱいに広がっていたのは、色・デザインほか、さまざまな種類の水着が並んでいる売り場だった。サマーセールということで、当然、夏物の服や浴衣といったものも陳列されてはいるのだが、きわどい水着を着ているマネキンが目立ちすぎて、それ以外のものに目がいかないのだ。
「お父さんの実家は、真樹にもこの前言ったように海なし県なんだけど、綺麗な水が湧いてるところとか川はあるからね。もちろん、夏休みに海とかプールにも行くつもりだから、それも兼ねてってことにはなるんだけど」
ハンガーにかかっている水着を何着かとって、海は俺の方に見せてくる。
どれがいいと思う? と海は聞いてきているのだろうが、水着の種類があまりにも多すぎて、何が何だかわからなくなってくる。
男なら丈の長い短いぐらいで済むのだが……女性は大変だ。
「ね、真樹はどれがいいと思う? もしこれ以外に何かあれば、そっちも試着してあげるけど」
「え? 試着……すんの?」
「当たり前でしょ。サイズが大丈夫でも場合によっては合う合わないがあるし」
「そ、そっか。じゃあ、その間俺は店の外に……」
「待てい」
その場から逃げようとした俺の襟を、海の手がむんずと掴んできた。
「えっと、なんでしょう?」
「真樹も一緒に、く、る、の。彼氏でしょ」
「いやでもさすがにそれはちょっと……」
「こい」
「……はい」
そうして、俺は猫に首根っこをくわえられたネズミのごとく、なすすべなく海と一緒に試着室ゾーンへ。
彼女だし、下着姿など、過去、海のきわどい姿を見たことは一度や二度ではないけれど、それは二人で家にいる時だったので、こういう公共の場と言える場所で彼女の水着姿を真剣に見るのもなんだか恥ずかしい。
一応店員さんにカップルであることを伝えて(海が。俺は恥ずかしくてできなかった)、俺たちは少し大きめの試着室へ。こういう場所に来ることがなかったので初めて知ったのだが、比較的売り場面積の広いこの店舗だと、男性用・女性用の他、俺たちのようなカップルや夫婦、もしくは小さな子供連れなど、二人で入る用の試着室が別で用意されているのだとか。
それではごゆっくり、と普段以上にニヤニヤとしている(ように見える)店員さんにお礼を言ってから、試着室のカーテンを閉める。
とりあえず、変な気を起こすことのないよう、なるべく平静に努めなければ。
「ねえ、真樹」
「……はい」
「ちゃんと、見ててね?」
「うん、わかってる。ちゃんと、正直に言うから」
途中経過は省くが、俺の正直な意見もあって、無事、海は満足いくものが買えたようだ。
……俺、よくがんばった。
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