第166話 旅行前の買い物デート 2


 無事に最初の水着選びが終わったところで、次はお互いの服選びということで、別の階にある若者向けの服が多数置いてある店へ。全国に出店しているアパレル店で、お洒落かどうかと言われると微妙ではあるものの、品揃えや、何より値段が安いので、学生のお財布にも優しい。


 その分、服選びにはセンスが要求されるものの、今俺の隣には頼りになる先生がいるので、そこは心配していない。


「じゃ、先に真樹のやつ選ぼっか。ほら、早く行こっ」


「あ、そんな引っ張るなって……もう」


 俺の腕にがっしりと捕まって売り場へと促してくる海だが、水着売り場を出てから、ずっとこんな感じで機嫌がいい。


 5、6着ほど、試着室の中で海の水着姿を見させてもらったわけだが、最終的にどれを選んだかは教えてくれなかった。


 二つ紙袋を持っているので、結局は二着選んだのだろうが。


「なに? やっぱり何選んだか気になる?」


「そりゃまあ……一応、俺だって海の彼氏なわけだし」


 一着は俺との旅行の時として、もう一着はおそらく天海さんたちと遊びに行くときに来ていくものだろうか。


 海、それからプール。家族連れや友達、恋人同士など、色々な人がいるわけだが、もちろん中には悪い奴もいるわけで。


 友達と遊びに行くななんて言うつもりはないが、不特定多数の目がある場所で素肌を晒してほしくないとも思っていて。


 一人、そんな感じで自己嫌悪に陥っていると、その様子に気づいた海が俺の顔を覗き込んでいた。


「真樹、もしかして、変な心配してる? 私の水着姿、他の人にじろじろ見られちゃうんじゃないかって」


「うん。だってほら、海とかプールって、そういう人もいっぱいいそうじゃん。俺の勝手なイメージだけど」


「かもね。実際、私のすぐ隣にもこうしているわけだし?」


「う……ごめん」


「ふふ、冗談だよ。でも、心配しなくても、そういうことは絶対にないから安心して」


「そうなのか?」


「うん。海で遊ぶって言っても、普通の海水浴場とかじゃなくて、紗那絵と茉奈佳の両親が共同で管理してる別荘に行くだけだから」


「もしかして、その、プライベートビーチ的な」


「そういうこと。私有地だから、花火とかも自由にできるし」


 そういえばあの二人が生粋のお嬢様ということを忘れていた。二取さんと北条さんのご両親がどんな仕事をしているかは知らないが、少なくとも、俺の父さんよりもさらに二段も三段も上の立場の人であることは間違いなさそうだ。


 さらに聞くところによると、小学校時代から、夏休みの過ごし方については学校でも厳しく教えられていて、海やプールなど、よほど安全な環境でなければ行かないよう指導されるという。


 なので、俺が考えているような心配事は、よほどのことが無い限りは起こらない、と。


「……ってことで、ちょっとは安心した?」


「……うん。それなら、全然」


「よかった。じゃあそのついでに、今日買った二着の水着は何のために使う予定なのか、特別に教えてあげる」


「一つは旅行の日に使うヤツだろ?」


「もちろん。これは夏休みの時にも使うよ。他の皆にも自慢したいからね。で、もう一つは……」


 そう言って、さらに俺に密着してきた海は、いつものように、俺へとこっそりと耳打ちしてきた。


(……真樹に見せるためだけ、用に買っちゃった)


「う……」


 つまり、二着とも俺のために買った、と。


 そんなふうに言うのは、やっぱりズルい。

 

「……真樹、今、ちょっとドキッとしたでしょ?」


「い、いや、別にしてないし……」


「ふふ~ん、どうかな~? 私が言った瞬間、ちょっと体びくっとさせてなかった?」


「い、息が耳にかかったから、ちょっと反応しただけだし」


 それも半分事実だが、もちろん、あらぬ妄想をしてしまったのも事実だ。


 先ほど海の水着姿をいくつか見せてもらったが、そのうち一つか二つは、すこし派手過ぎて、というか、露出度が高くて直視できなかったもののあり。


「真樹」


「なに?」


「……どっちの私も、楽しみにしててね?」


「……うん」


 何を着ているかはその時までのお楽しみ、ということで、俺たちは気を取り直して服選びのほうへ。


 まずは俺の方から。いつもの俺の場合、一枚千円としないようなデザインのプリントTシャツを二、三着で着まわしてそれで終わりなのだが。


「こんな感じで選んでみたけど、どう?」


「……点数いる?」


「あ、すいません」


 とりあえずまずは自分で選んでみてという海の指示のもと、Tシャツにハーフパンツ、下はサンダルという俺のいつもの夏スタイルをチョイスしてみたが、結果は採点不能。これなら上下とサンダルで3千円以内という範囲で収まるのだが、やはり、朝凪家の人たちにお世話になる以上、あまりだらしない格好もできないか。


「……朝凪先生、よろしくお願いします」


「うむ。よかろう」


 ということで、海に教えてもらいながら、最初から服を選び直す。


「まずは最初に上からね。シャツのほうは、さっき真樹が選んだヤツでもいいんだけど、色によっては上下の境界線が曖昧になって変な風にみえがちでしょ? ほら、例えばグレー一色だった場合とか……どう?」


「これは……あまり良くないかも」


 自分で着ているとわかりにくいが、こうして客観的に見ると、確かにダサく見えなくもない。一色でなくても、地味な色の組み合わせだと、服だけでなく全体まで地味に、そして暗く見えてしまうというか。


「そういうのを避けるために、このシャツの下に、それより丈の長いタンクトップを重ね着するの。上が暗い色の場合なら、白とかの明るい系かな。それなら、ちょっと爽やかな感じも出るし、メリハリもでるでしょ?」


「ああ、なるほど」


 海からの指導を受けつつ、その上で自分で『これがいいかな』と思うやつを選んでいく。値段の方は、いつもよりも若干多くなるが、それでもやり方次第では二千円、三千円程度で収まるので問題ないだろう。


 サマーニットに、重ね着で丈の長いタンクトップ、そして下は夏らしくゆったりとしたシルエットのパンツ。靴は家のほうにスポーツサンダルがあるので、それを使えば、まあ、俺でもなんとか見れる格好になってくれるだろう。


 海からも、しっかりと合格点をもらったし。


「じゃあ、次は海だな」


「うん。って言っても、私はさっきの水着で結構お金使っちゃったからそんなに買うものはないんだけど……ん?」


 先にレジで支払いを済ませてから、併設のレディース売り場へと向かうと、何かを見つけたのか、海がアクセサリ類の置いてある棚のほうをじっと見つめている。


「? 海、どうかした?」


「あ、うん。ほら、あそこの黒いキャップかぶった背の高いのって……もしかして関じゃない?」


「望? ……あ、本当だ」


 少し遠いが、他のお客さんよりも頭一つ高い背丈と見慣れた横顔は間違いなく望である。


 どうやら彼も何か探し物があるらしいが……一応、声をかけてみるか。


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