第164話 勉強会 2


 買い物も無事に終えて家に戻ったので、さあ時間もないことだしさっそく勉強会を――の前に、俺たちはまず休憩時のための準備をすることに。


 今日の勉強会はだいたい2時間程度を予定しているが、テーブルに広げられたお菓子がわりと尋常ではない量な気が。


 ウチで一番大きなお皿には、ポテトチップス、チョコレート系のお菓子、その他スーパーで見つけた面白そうなお菓子の袋がいくつか。これだと夕飯が食べれないような気もするが、女子組三人にとってはこれが普通らしい。


 ……普通とは。


「ねえねえ委員長、コーヒーきれちゃったから、新しいの勝手に開けちゃうよ。あ、夕ちん、角砂糖とって」


「うん。あ、私牛乳入れちゃお、海は?」


「私はブラックでいいや。新奈、食洗器使うからちょっとどいて」


 キッチンに目を向けると、海、天海さん、新田さんの三人が並んでなにやら楽しそうにやっている。


 俺と望の二人はリビングのほうで勉強会の準備だ。普段のテーブルでは小さいので、母さんの部屋のクローゼット内に入っているコタツ用のテーブルを引っ張りだしていた。


「……なあ、真樹」


 三人の姿を見ながら、望が俺の肩に手をのせてくる。


 力を入れている感じはしないが、普段の練習で岩のように固い手からはどことなく『圧』を感じる。


「朝凪はともかく、天海さんも新田も、随分お前んちのキッチンのこと把握してんのな? ひょっとして、俺がいない時も四人で集まってたりすんの?」


「回数はそんなにはないはずなんだけど……二、三回きたら、いつの間にかあんな感じになってて。海以外の人は帰ってください、なんてそんな勝手なことも言えないし」


 頻度は少ないが、俺の家がたまり場としては都合がいい、とは三人の言葉。


 海や天海さんの家には、それぞれの母親である空さんや絵里さんがいてどうしても気を遣ってしまうし、新田さんの家は距離が少し離れていることもあり、高校から一番距離の近い俺の家に寄ってしまうのだとか。


 もちろん、母さんにはちゃんと事前に許可をとっているが、天海さん、新田さんと女の子の数が増えていく度に、だんだん俺のことを白い目で見てくるようになっていた。


 ハーレム云々についてはもちろん誤解なのだが、状況的には言い逃れできないので、とりあえずいつも『すいません』で通している。


『顔や性格は私に似てるのに、モテるところだけはお父さんにばっちり似てきちゃって』――話を聞きながら、母さんは煙草をふかしつつ、冗談交じりにそうぼやいていた。


 ……本当にすいませんとしか言えない。


「関君は飲み物どうする? コーヒー、紅茶? 冷たいのだったらコーラもあるよ、普通のとゼロカロリーと」


「! えっと……じゃ、じゃあコーヒーにしようかな。ブラックで。真樹は?」


「俺も同じでいいよ」


「二人とも同じね。かしこまりました~」


 母さん用のエプロンを身に着けた天海さんがくるりと一回転して、新田さんへと俺たちのオーダーを伝える。


 エプロンはどこにでもあるようなチェック柄の地味なものだが、天海さんが着ると、モデルがいいのかやたらと絵になっているような。


「……なあ、真樹」


「……なんでしょう?」


「俺、今なら勉強めっちゃ頑張れる気がする」


「そう? なら良かった……でいいのかな?」


「ああ、ありがとうな。ハーレムクソやろ……じゃなくて我が友よ」


「……ハーレムクソ野郎でもいいよ。あの3人にもたまにそう呼ばれるし」


 10分ほどで手早く準備を終えて、俺たちは教科書を広げる。


 天海さんと新田さんの二人は、俺と海の監視のついでに勉強に付き合ってくれているので、今日はどちらかというと望の苦手教科を重点的にやっていくことに。


 中間で赤点をとっても補習はないが、補習のやるかの判断は中間+期末の平均の結果となるので、そこだけは絶対に回避してもらわなければ。


 自分の勉強はそこそこに、問題集の解答を見て首を傾げている望にできるだけわかりやすく解説していると、


「ねえ、関」

 

 ふと、新田さんが口を開いた。


「そういえばさ、アンタんとこの野球部って、夏の大会いつから?」


「ん? ああ、組み合わせ抽選はまだだけど、多分7月の頭ぐらいからだと思う。なに? もしかして応援にでも来てくれんの?」


「あ? 私がそんなことするわけないじゃん。夏のスタンドなんて暑くてしょうがないし。私じゃなくて、友達が教えてくれって言っててさ。アンタが投げてるとこ、見てみたいんだって」


「ふ、ふ~ん、そうなんだ」


「へへ、誰か気になるっしょ?」


「い、いや別に。応援してくれるなら、男子だろうが女子だろうが誰でも歓迎だし」


 と、何でもないように装いつつも、望は落ち着かない様子だ。外見や能力のスペックはすごいものの、女子と付き合ったりといった経験はまったくないそうなので、実はこういう系統のからかいに弱かったりする。


 横目でこっそりと望の顔を覗き込んでみると、ちらちらと天海さんの様子を見ているのに気づく。


 ……まだ先の話なので気が早い感じもするが、この話の流れで皆で応援に行く予定を立ててしまっていいかも。


「海、俺たちはどうしようか? 応援行く?」


「ん~、時期的には期末テストも近いからそっちに充てたいところだけど……」


 真樹が行くんだったら私も行こうかな――海の言葉を待ってから、その流れで天海さんも誘おうと思ったところで、


「――じゃあ、私は行こうかな。望君の応援」


 先にその天海さんが話に割り込んできた。


 ……しかも、なんと、『望君』と名前呼び付きで。

 

 一瞬『望って誰だっけ……?』と思ってしまったのは内緒だが、それぐらい、俺や海、そして新田さんや望もそう思ったに違いない。


 それぐらい、天海さんの行動は意外だった。


「あ、天海さん……今、俺のこと」


「え? あ、うん。もう友達になってから随分経つのに、名字呼びもどうかなって思って。びっくりしたよね、ごめんね急に」


「い、いやそれは自由に呼んでくれて構わないけど。ってか、真樹のことも名前で呼んでるんだし、別に不自然でもなんでもないっていうか」


「えへへ、よかった。じゃあ、これからはそう呼ばせてもらっちゃうね。私のことも、夕って呼んでくれちゃっていいから」


「あ、うん。じゃあ俺もそう、しようか、な……」


「うん。よろしくね、望君。じゃあ、休憩まであとちょっとだし勉強がんばろっか」


「おう……そ、そうだな……」


 そうしていつものように隣の海にくっついて勉強を再開する天海さんだったが、対する望のほうは完全に心あらずといった状態で、俺がいくら教えても『ああ』とか『うん』と生返事しか返さなくなっている。


「望、ちょっとこれ見て」


「うん」


「……これ、指何本に見える?」


「いっぱい。……幸せが、いっぱい」


「ええ……」


 俺のピースサインに、望はそう答える。


 なるほど、これはちょっと重症だ。


「ごめん、俺、ちょっとお手洗い」


 そうことわって席を外してから、俺はこっそりと海へとメッセージを送る。


『(前原) 海、天海さんだけど、何かあった?」

『(朝凪) ううん。こっちが訊きたいぐらい』

『(朝凪) 新奈も驚いてるっぽいから、多分さっきの友達ってのも違う人のことなんだと思う』

『(前原) ということは、天海さんの中で心境の変化でもあったってことか』

『(朝凪) 本人はあんまり深く考えてない可能性もあるけど……名前呼びにするってことは、夕の中で関との距離が近くなってるってことだからね』

『(朝凪) まあ、帰りの時にでもちらっと聞いてみるよ』

『(前原) うん。よろしくお願いします』


 ひとまず夏の予定がまた一つ埋まったわけだが、こちらのほうはこの先の展開がどうなるか、気になるところではある。


 ――――――――――

(※ 明けましておめでとうございます。もうしばらくは毎日更新ですので、よろしくお願いいたします)

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