第163話 勉強会 1
天海さんと新田さんのお二方に大変なご迷惑をおかけしつつも、俺と海は順調に試験勉強を進めていった。
放課後の夕方4時から夜7時までの3時間で、休憩はきっちり10分間。二人きりの時はついつい休憩時間を延長してバカップルしがちな俺と海だったが、さすがに他人の目があれば、そういうわけにもいかない。
もうちょっと海とベタベタしていたいという欲求をなんとか勉強のほうへと向け、試験当日まであと一週間というところまでこぎつけた。
「ねえねえ海、飲み物どれにする?」
「こういう時は普段コーラなんだけど……新奈、あんたはどう?」
「普通にアイスコーヒーとかでいいじゃない? 最近暑いし。後ろの二人もそれでいいっしょ?」
「うん、三人におまかせします」
「おう、それでいいぜ」
ようやく部活も休みになるということで、今日は望も加えた5人で勉強会をすることになった。今はその準備ということで、近くのスーパーで飲み物やお菓子、その他必要なものの買い出し中である。
勉強会といっても、俺と海は他三人の教師役なので、今日は、どちらかといえば、束の間の息抜きと表現したほうがいいのかもしれない。
「ありがとう……ありがとう、真樹。お前がしつこく誘ってくれたおかげで、ようやく俺も久しぶりに人間に戻れる」
「大袈裟だな……まあでも、喜んでくれてるのなら、誘った甲斐はあったかなと思うけど」
これまでずっと練習漬けでこういう機会に恵まれなかったこともあって、望は幸せをかみしめるようにうんうんと頷いている。
まあ、彼の目的は当然、三人の中心にいる金色の髪の女の子ただ一人なのだが。
「なあ、真樹よ」
「……なに?」
「天海さん、やっぱ可愛いよな」
「……まあ、可愛いとは思うけど」
告白し、あえなく玉砕してから早数か月というところだが、どうやらまだまだ天海さんのことを密かに想い続けているらしい。
「ああ……天海さんって、今、好きなヤツとかいんのかな……真樹、そういう話、朝凪とか新田経由で聞いたりとかしてない?」
「いや、特に。告白してくる人たちは相変わらず減らないけど」
最近入学したばかりの下級生にも、天海さんの存在はすでに知れ渡っていて、すでに数人の1年生男子が天海さんに告白し、そして同様に散っている。
同じクラスなので、呼び出されたり、または海と一緒にいるところに突撃してきたりで、そういう場面に遭遇したことが実は何度かあった。
ちなみに、海のほうにもたまに下駄箱にそういう手紙が入っているらしいのだが、すべて無視している。
「朝凪のほうはお前がいるからともかくとして、天海さんと、あと最近は新田もだけど、めちゃくちゃガードが固いらしいな。他の運動部の奴がぼやいてた。特に天海さんなんか、近くにめっちゃ怖い女が睨みきかせてて、なかなか近づけないって」
「ああ、荒江さんのことね。あの人はまあ、うん」
告白は天海さんが一人になった時を狙われるのだが、クラスマッチ以降はだいたい荒江さんの近くにいるので、近づこうとしても、いつものような怖い睨みと迫力で追い返してしまうのだ。
本人に天海さんを守る意図があるかどうかは不明だが、結果的には天海さんも助かっているようだ。
「……そういやさ、最近よくお前のことを紹介してくれって、同じクラスのヤツに言われるんだけどさ」
「俺を? なんで?」
「ほら、お前ってさ、あの三人といつも一緒にいるだろ? 朝凪と付き合ってて、他の二人ともそこそこ仲が良くて」
「まあ、うん。外から見るとそう思われるかもね」
実際は俺と海が二人でいるところに、海の親友である天海さんと、その二人の友達である新田さんがくっついてきているだけで、海がいなければ、二人とも俺と一緒にいることなどほとんどないのだが。
お菓子の棚の前でああだこうだとお喋りしている三人の背中を見る。
俺の彼女が可愛いのは当然として、天海さんはもちろん、新田さんも容姿は整っていると思う。
校内でも、三人でいると何かとを目を引く三人だから、そのうちの誰かとお近づきになるきっかけを作りたいと思う気持ちはなんとなくわかるが。
「! なに、委員長? 私たちのことずっと見て」
「いや、新田さんのことはそんなに見てないけど」
「は? 委員長のくせに生意気なんですけど。ねえちょっとウミ、さっきからアンタの彼氏が私と夕ちんのこといやらしい目で見てるんですけど、一言ビシっと言ってやってよ」
「うんわかった。あとでぶっころしとく」
「もう、ダメだよ、真樹君。海っていう素敵で可愛いくて頭も良くて面倒見もよくておっぱいもおっきい彼女がいるのに、私たちなんかのこと見てちゃ」
「おい親友、褒められるのは悪い気はしないが、最後の一つだけ微妙にいじってないか? やんのかコラ」
「きゃ~、海こわーい。ニナち、助けて~」
海と天海さんがわちゃわちゃとしていると、ブレザーを脱いで夏仕様のブラウスを着ている二人の一部分が揺れる。
「……おい男ども二人、今私の胸のほうみたらマジで目潰すからな」
目がすわっている新田さんが何を言っているのかは置いておくとして、ああして三人で楽しそうにやってるのを見るのは楽しい。
新田さんがちょっとふざけて、海がそれに突っ込んで、天海さんがそこに乗っかったり、または困ったように笑って、そしてたまに俺が巻き込まれる。俺と海が付き合っているからこそ成立している、絶妙なバランス。
俺とだけ友達になりたいなんていう変わり者であれば紹介してもらっても構わないが、もしそうでないのであれば、申し訳ないがお断りだ。これによってよりいっそうハーレムクソ野郎のそしりを受けることになっても、これ以上はこの5人の関係に手を加えたくはない。
望の恋の応援ですら現状は遠慮しているというのに、そこからさらに一人二人追加なんてきっと俺には無理だ。
「まあ、そういうのはちゃんと断っておくから安心しとけ。ってか、絶対天海さんには指一本触れさせねえし」
「本音が漏れてるけど……とりあえず引き続きよろしくお願いします」
「おう、任せとけ。……んじゃ、俺はそろそろお嬢様たちの荷物持ちでもさせてもらおうかな」
「じゃ、俺も」
五人でお金を出し合って会計を済ませてから、俺たちは仲良く雑談しながらスーパーをあとにする。
「おいおい、こんなに買ったのかよ。絶対食いきれねえぞこれ」
「今後のことも考えてからそれでいーの。関は一日限りだけど、私たちはもうしばらく委員長のとこたまり場にしなきゃなんだから。ね、夕ちん?」
「うん。真樹君と海のことちゃんと見ておかないと、二人が旅行に行けなくなっちゃうし。しっかり頑張らないと」
「え? 旅行? 真樹、それ、どういうことだ?」
「あ~、えっと、それは……」
「……真樹、ちょっと」
「い、嫌です」
「ダメです」
女の子たち三人の呆れた笑いを聞きながら、俺は望の魔の手から逃れるべく、一足先に自宅へと逃げ帰る。
他が入る余地のない、去年のクリスマスから続く五人の関係――できればずっと続けていきたいが、これがもし壊れてしまうのだとしたら、それはいったいどういう時なのだろう。
そんなことを、ちょっとだけ考えてしまった。
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