第130話 2年10組
さて、荒江さんの中学時代の情報については、二取さんと北条さんからの提供待ちとなったので、その間は状況を静観することになった。
次回練習は、明後日の水曜日、同じ時間と場所。俺と海のためにそこまで時間を割いてくれて申し訳ないと思うが、二人によると、高等部のバスケ部は、敷地の関係上、体育館を使用できる日が決まっているらしく、それ以外は基本的に自主練習がメインなので、そこまで問題はないという。
ということで、本番まではそれなりにみっちりと練習できることが確定したわけで、それはそれで喜ばしいことなのだが――。
「……あぐぐぁ……あ、足が……腕が……腹筋が……」
休憩も含めたたった2時間の練習の翌日、俺は生まれたての小鹿のように全身を小刻みに震わせていた。
そう、筋肉痛である。
昨日やったのは、二取さんと北条さんがいつもやっているメニューでも軽いものだったらしいが、海の補助の俺ですら、コート内を走って走って、そして、パスやシュートを失敗すれば、海と一緒にペナルティと称して腕立て腹筋その他に付き合っていたので、普段運動をしない俺の筋肉がびっくりしてしまったらしい。
今日は登校前に海が全身をマッサージをしてくれたので、なんとか体を動かせるようにはなっているものの……こういう時、普段からもっと体を動かしておけばと後悔してしまう。
「おはよ、真樹君。……って、なんか子犬みたいにプルプル震えてるけど大丈夫? あと、なんかおじいちゃんみたいな匂いするけど」
「昨日ちょっと慣れない運動をしちゃったもので……今、全身に湿布貼ってます」
「あ~、なるほど~。……つんつん」
「あひゃぅっ……!?」
俺が抵抗できないのを察して、天海さんがわき腹付近を突っついてきた。
朝、横になった体を起こすのに苦労するほど張りのあった箇所なので、ちょっとの刺激でも派手に反応してしまうのだ。
「あはは、ごめんごめん。なんか今の真樹君、ちょっと押したら倒れそうな玩具みたいだったから、ついつい」
「でしょ。今朝、海にも同じようにやられたんだ。二人してひどくないですか?」
これだけ俺が苦労してる一方で、海のほうはというと、多少全身の筋肉に疲れがたまっているものの、明日の練習についても問題ないらしい。
昨日の軽いメニューでこの状態なので、今後、もっときつい練習が来たとき、俺の体はいったいどうなってしまうのだろう。
……どうやらしばらく湿布の匂いとは離れられそうにない。
「じゃあ、紗那絵ちゃんと茉奈佳ちゃんの特訓、わりときつかったんだ?」
「うん。いくら女子といえど、現役の人に交じるのはさすが大変……って、天海さん、知ってたの?」
「もちろん。というか、私も今日から特訓だし。一日おきに、私と海で変わりばんこでね」
なるほど、それで一日おきに練習というわけか。二取さんも北条さんも共通の友人なわけだから、当然、海と同じことを天海さんだって考えるわけで。
タイプは全然違う二人ではあるものの、付き合いが長い分、こういう負けず嫌いなところもしっかりと似てくるのかもしれない。
ということで、クラスマッチ本番に向けて、海も天海さんも順調に練習を進めていくわけだが、それはあくまで個人での話であって。
ここからは教室内で堂々としゃべる話でもないので、天海さんだけに聞こえるよう呟いて、スマホ内でやり取りすることに。
俺は自分の席で一人でこっそりと、そして天海さんはクラス内で仲のいい子たちと集まっておしゃべりをしつつ、さりげなく。
『(前原) チームでの練習のほうは、やっぱりダメそう?』
『(あまみ) 正直なところ、うん』
『(あまみ) 一応、今朝もその件で少し話しかけてみたんだけど、あー、とか、うん、とか生返事ばっかりで』
『(あまみ) 露骨に拒否とかはされなかったんだけど、でも、荒江さん本人とかその周りの仲のいい人たちからは迷惑がられてたかも』
『(前原) そっか。わかり切ってたことだけど、さすがに難しいね』
1on1ならともかく、バスケットは5対5のチームスポーツだ。いくら一人か二人上手い選手がいても、チームとしてしっかりとまとまっていないと勝てるものではない。
なので、それぞれ予定はあるにしても、体育の時間や、体育館が使える昼休みなどを利用して少しでもみんなで練習をしたい――そう思ったからこそ、天海さんはお願いをしたのだろう。
いったんやり取りを中断して、顔を上げてクラス全体を見渡してみる。
クラス替えから一か月ほど経って、10組のほうも大方のグループ分けは済んでいるようだが、こうして俯瞰してみると、女子のほうは大きく二つに分かれているように感じる。
天海さんを中心とした1年の時から引き続いてのグループと、そして、荒江さんたちが中心となった女子たちのグループ。
「天海さん。今日の体育、クラスマッチ前だから自由にやっていいって。せっかくだし、ちょっと教えてよ」
「うん、いいよ。それは別にいいんだけど……でも、」
「あ、そっか……でも、あっちの方は正直なんかこう、やる気がないというか……それなら頑張れる人達だけでもやっておいたほうが良くない?」
「それは……うん、そうだね」
先日のチーム決めの際のひと悶着はクラス全員の記憶に新しいが、その時の雰囲気が、当事者二人だけでなく、いつの間にか女子全体にまで波及しているような気がする。
天海さんのほうにつくのか、荒江さんのほうにつくのか――二つに一つのような状況となってしまっているので、クラスの雰囲気は、お世辞にも良いとは言い難いものがある。
二人の仲が改善していけば雰囲気の悪さも少しずつ解消されるのだろうが、今のところは中々難しそうだ。
そう考えていると、俺と天海さんの会話に気づいたのか、海もやり取りのほうに加わった。
『(朝凪) 二人とも、朝から辛気臭い顔してるのが手に取るようにわかるよ』
『(あまみ) あはは……荒江さんとはなんとなく仲良くなれそうな気はしてるんだけどね』
『(朝凪) え、マジ?』
『(朝凪) 私は絶対無理』
『(朝凪) 敵にするのも面倒だけど、味方にするともっと面倒なタイプだよアレ』
『(前原) わかる』
『(朝凪) しょ~?』
『(あまみ) え~、そうかな~? 私はそこまで悪い子って感じはしない……あくまで勘だけど』
『(朝凪) 夕、悪いことは言わない。やめときな』
『(あまみ) う~ん……』
いつもの天海さんと違って、今回はなんだか歯切れが悪いような。
俺個人の意見としても、荒江さんとは敵対しないまでも、あまり関わり合いのないようやっていくのが望ましいと思うが……それでも天海さんはまだ仲良くなることを諦めていないようだ。
まあ、ひとまず今は話題を変えるべきか。
『(前原) ところでさ、海』
『(朝凪) なんだい、相棒』
『(前原) 相棒て……いや、チーム練の話してたんだけど、そっちのほうは上手くいってるのかなって』
『(朝凪) ああ……うちはそこそこだよ、そこそこ』
『(前原) そこそこ?』
『(朝凪) そう、そこそこ』
『(朝凪) ウチのほうは特に問題ないから、気にしなくていいよ』
『(前原) そう?』
『(朝凪) そ う 』
『(朝凪) 別にハブられたりとか、そんなんじゃないから安心して』
『(前原) それならまあ、いいけどさ』
海が言っているなら問題ないのだろうが、しかし、微妙にはぐらかされているような気もする。
そういえばクラス替え直後からずっと荒江さんの件があったのもあり、海の所属している11組については知らないことが多い。
学年の中でも成績上位者ばかりが集うクラスなので、変なことはないと思うのだが。
……一応、心配だし、こっそり様子をのぞいてみようか。
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