第129話 中学時代のこと


 俺が海のシュート練習に加わってから、いよいよこの特訓のきついところが出てきた。


 俺のほうは海とは違いバスケは完全に素人なので、特別にドリブルでゴール前に持ち込んでのシュートもOKをもらったものの、それでも俺のシュートは、ちょこちょことボールがリングに嫌われてしまう。


「あっ……」


「はい、前原君失敗。海ちゃん、もう1セット追加ね」


「わかってる。真樹、私のほうは大丈夫だから、慌てずしっかりね」


「う、うん。わかった」


 体育の授業でやった時のことを思い出す。確か、レイアップシュートの場合だと、バックボードの内側の枠の角あたりを狙ってあげるのがコツだったような。


 北条さんからボールを受け取って、先程海が見せてくれたフォームを思い浮かべながら、ゴールのほうをしっかりと見てシュートをゴールへと置きにいく。


 すると、ボールのほうはリングの内側で何度か弾んでから、そのままゆっくりとゴールへとおさまった。


「お、前原君ナイシュー、その調子その調子。ほら海ちゃん、後腕立て残り5回~」


「んぐぐ……真樹、なんとか持ちこたえて」


「う、うん、わかった」


 その後、なんとかミスする前にペナルティを消化し終えた海と交代して、俺は再びライン外から海のことを見守る。


 そこからは海もペナルティを受けないよう、しなやかなフットワークで、なるべくシュートの打ちやすい場所で受け取れるよう動いている。


 ゴールを決めたらすぐに所定の位置に戻り、またパスを受け取ってはシュートする――そして、失敗したらペナルティの腕立て伏せで余計なスタミナを消費する。その繰り返し。


 最初のうちはまだ余裕の見られた海も、後半になる頃には肩で息をしていた。


「はい、ラスト一本。これが決まったら、ウォーミングアップ終わりで、1分間の休憩ね。終わったら次は私たち相手にディフェンス練習ね」


「う、うん……」


 なんとか最後の一本を沈めた海は、二取さんの笛が鳴った瞬間、大きく息を吐きだし、その場にしゃがみ込んだ。


「お疲れ、海。はい水」


「ありがと。真樹のほうも、ほぼ初めてにしてはナイスファイトだったよ」


 結局、海自身のシュートミスは5本、俺のシュートミスは3本だったので、結局計80回腕立て伏せのペナルティを消化したことになる。現役の二人によれば、慣れればノーミスで10分間、息一つ乱さずやれるようになるらしいが、果たしてそこまでレベルアップするのにどれだけの時間が必要なのだろう。


 海と天海さんの友達をやっている時点で相当できる人たちなのは想像していたが、やはりこの人達もかなりの規格外のような。


 普段、制服姿でお淑やかにしている姿からは、なかなか想像しにくい。


「はい、お二人さん。あと10秒で休憩終わりだよ。練習中なんだから、隙あらばイチャイチャしないように」


「わかってるってば……じゃあ真樹、行ってくるね」


「うん。海、頑張って」


 軽く両手でハイタッチしてから、海をコートへと送り出す。


 シュート練習の次はディフェンスの練習ということで、二取さんや北条さんとの一対一や、数的優位の状況で行う二対一など、とにかく休みなしの分刻みで練習が続けられる。俺の方はパス出し等の補助役だが、それでもかなり体を動かすことになるため、普段運動をやらない俺には結構きついメニューだ。


「――よしっ、そろそろ練習初めて一時間ってところだから、5分間休憩しよう。海ちゃん、飲み物、誰が買ってくるかジャンケン」


「ん。それじゃあ、じゃ~んけーん、」


 ポン、ということで、海がチョキで、二取さんと北条さんがグー。


「ぐぬぬぅ……」


「はい、海ちゃんの負け。私と茉奈佳は麦茶でいいよ。前原君は?」


「俺は水……あ、いや、疲れてないし、俺も海と一緒に行くよ」


「ダメダメ、それじゃあジャンケンした意味がないでしょ? 海ちゃん、はい、私のスマホ。それ使って買ってくれていいから」


「了解……むぅ、紗那絵も茉奈佳も最近優しくない……」


「高校生になってからずっと海ちゃんに気を使いすぎて優しくし過ぎたからね、そこらへんは上手くバランスとらないと。ほら、もたもたしてると休憩時間が終わっちゃうよ」


「この鬼コーチぃ……」


 ぶつくさ言いつつ、海は素直に駆け足で自販機のほうへと向かっていく。


 中学時代のこともあって、二取さんも北条さんも海に遠慮があったようだが、本来三人は対等なはずなので、たまにはこういうこともあっていいと思う。


 それに、きっと海もそれを望んでいるはずだ。


「さて、と。海ちゃんがいなくなったところで……茉奈佳」


「うん」


 自販機のある体育館のほうへ海が入ったのを確認してから二取さんと北条さんの視線が俺のほうへと向く。


「え? あの……二人とも、何か用でしょうか」


「んふふ~、いや、ちょっと詳しくお話を聞かせていただければと思いまして」


 何かを企むような笑みを浮かべ、さながらバスケのディフェンスのようににじり寄ってくる二人の圧に俺は思わずたじろぐ。


 当然、現役の二人から逃げられるはずもないので、素直に二人に捕まえられることに。


「ねえねえ前原君、海ちゃんとはどんな感じで仲良くなったのかな? クリスマスあたりから付き合い始めたことは海ちゃんから聞いたけど、どっちから告白されてとか、そもそも馴れ初めはどんなだったかとか、詳しいことは恥ずかしがって話してくれなくてさ」


「そうなんだよね~。毎日どんな話をしてるかとか、ファーストキスはいつ済ませたかとか……私たちってずっと女子校だから、実はそういう話結構憧れてて」


「あ~……それについてはわりと二人の想像の範囲内というか……」


 忙しい合間を縫って練習に付き合ってくれている以上、二人の質問を適当にはぐらかすのは辛いが、どこまで言っていいものか迷う。


 最初は趣味を通して意気投合して、そこから文化祭の一件で距離が一気に近づいて、クリスマスに俺から改めて告白して――キスは付き合い始めてからほぼ毎日――いや、これはちょっと言っちゃいけないヤツだ。


「あ、そうだ。そういえば、二取さんと北条さんって中学の時、県大会で優勝したんだよね?」


「まだ馴れ初めの話終わってないんだけど……まあ、三年生の時にね。私も茉奈佳もレギュラーメンバーだったよ。ね?」


「うん。まあ、優勝したのは県だけで、全国では一回戦であっさり負けちゃったんだけど」


 二人がこれだけ上手くても、やはり上には上がいるということなのだろう。たまにネットやテレビで試合の中継をやっているのを見たりするが、それはあくまで上澄み中の上澄みでしかない。まあ、底のほうで数多くの人達が頑張っているからこそ、上澄みは上澄みでいられるわけだが。


 その話はともかく、今回俺が訊きたいのは別のことだ。


「二人とも、その時の県大会のことって覚えてたりする? 詳しく言うと、ベスト4で対戦した相手のこととか」


「うん。毎回試合後に反省点とかをノートに書いたりしてるから、それ見たらすぐに思い出せるかな」


「じゃあ、各プレイヤーのことも?」


「うん。まあ、ノートに書いてればだけどね」


 ということは、もしかしたら荒江さんのことも記載されているかも、ということこだ。


 県大会で優秀な成績を残したとなれば高校でもそのまま続けることが多いだろうと思うのだが、荒江さんはそこで競技を引退し、運動部がそこまで盛んではないウチの高校へと進学し今に至っている。


 思い出す限り、今までの彼女の立ち振る舞いからは、選手生命に関わるような怪我をしているようには見えなかったが……そうでないとしたら、何か別の理由があるのだろうか。


 ひとまず次の練習日までに確認してもらうよう二人にお願いして、俺たちは残りの練習メニューをこなすことにした。

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