第128話 夜の公園で


 その後すぐに二取さんと北条さんにコンタクトを取った結果、


『部活終わりなら練習に付き合っても大丈夫だよ』


 ということで、放課後、少し遅めではあるが、夜7時に集まることとなった。


 激しい運動をするということで、海の自宅で軽食だけとってから、集合場所である市民公園へ。一応、設備使用料ということで300円ほど払わらなければならないものの、フットサル場やテニスコート、バスケットゴールなどの施設を使えるうえ、ナイター照明も完備されているということで、他の市民クラブなども度々利用しているそうだ。


 実際、平日の夜の時間帯ではあるものの、クラブチームと思しき数多くの人たちが練習で汗を流している。


「真樹、付き合ってくれるのはもちろん嬉しいんだけど、きつくなったら途中で休んでも全然大丈夫だからね」


「うん。出来るだけ頑張るつもりだけど、今回はそうさせてもらうよ」


 海の話によれば、今日は19時~21時までの2時間を練習の予定としているらしい。設備は夜の12時まで使ってOKだそうだが、二取さんや北条さんが門限までに帰宅できるようしておかなければ。


「あ、お二人さん、こっちこっち」


「こんばんは、海ちゃん。それに、前原君も」


 コートにつくと、すでに待っていてくれていたのか、二取さんと北条さんがこちらへ向けて手を振ってくれている。


 おそらく部活終わりですぐにここへ来てくれたようで、以前の制服姿ではなく、背中に小さく校名の刺繍が入った白のジャージを着ている。練習後ということで、ウォーミングアップのほうは万全のようだ。


「ごめんね。紗那絵、茉奈佳。練習で疲れてるのに、私のほうにも付き合ってもらっちゃって」


「ううん、気にしないで。私たちも海ちゃんからまたこうして誘ってもらってすっごい嬉しかったし」


「それに、あんな話聞いたんじゃ、私たちも黙ってなんかいられないしね。ちょっと上手いぐらいで、人のプレイにケチをつけるなんてさ」


 二人にも先日の一件についてはすでに相談済みのようで、海のことを馬鹿にされて悔しいのか、二人ともやる気に満ち溢れているように見える。


 練習期間はクラスマッチ本番までのたった10日ほどだが、この二人から言われたことをきっちりとこなすことが出来れば、『付け焼刃』対『一年間のブランク』なら、きっといい勝負になると信じたい。


 こちらのほうも軽くストレッチして、いざ特訓へ。


「じゃあ、時間もないし早速シュート練習から始めようか。ゴール下で私と茉奈佳で海ちゃんのほうにボールを放るから、ボールを受け取ったらすぐにシュートを打つこと。

 シュートはレイアップでも、スリーポイントでもなんでもいいけど、ドリブルは基本禁止。外したら罰としてその場で腕立て10回ね」


 確実性をとるならレイアップだが、その分コートの往復をしなければならず、コートの往復を嫌がってロングレンジのシュートを選択すれば、その分だけ失敗しやすく、連続で外せばそれだけ腕の方に負担がかかると。


 なんだか想像するだけでスタミナを消耗しそうなトレーニングだ。


「ん、わかった。あと、真樹の方はどんな感じにする? 一応、あくまで私のお手伝いって感じではあるけど」


「前原君の出番は、海がシュートに失敗して腕立てしてるときに、海の代わりをやってもらおうかな。失敗しても前原君にペナルティはないけど、前原君がシュートを外すにつき、腕立て1セットを海に追加ってことで」


 ということは、俺が失敗し続ける限り、海はずっと腕立て伏せをやる可能性が出てくるわけか。


 もしかしなくても、これはかなり責任重大な役割なのでは。


「以上、これがウォーミングアップにやる橘女子学園バスケ部のシュート練習です。ってことで二人とも、ここまでで何か質問は?」


「……真樹、こんな感じだけど、どう?」


「……で、出来る限り頑張らせていただきます」


「だね。頑張ろう」


 どうしても体がへばってしまった場合はすぐに二人へ申告し休ませてもらうことを了解してもらい、俺たちは意を決して、今回の特訓場へと足を踏み入れた。


「はい、じゃあ行くよ~まずは1本目~」


 その言葉を合図に、二取さんがふんわりとした軌道でボールをフリースローライン目掛けて放る。


「これをとったらすぐシュートってことね」


「うん。一投目は簡単なところにしたけど、ちょっとずつ意地悪なところだったり、パススピードを変えたりするから気を付けてね」


「了解」


 ゆっくりと大きく弾むボールをキャッチした海は、そのまま軽やかなステップでレイアップを決める。相変わらず素人とは思えない綺麗なシュートフォームだが、これはおそらく二取さんと北条さんのプレイを直で見て学んだのだろう。


「ナイシュ~、はい。それじゃあ次々行くよ~」


「おう、どんとこい」


 そこから二本目、三本目と、立て続けに海はシュートを連続でゴールへと沈めていく。


 シュート練習は十分間なので、このまま順調にいけば、俺は見てるだけで終わることになるが、当然、コーチ役の二人がそんなことを許してくれるはずもなく。


「はい、じゃあ、これからちょっとパスが下手になりまーす。あ、ライン割ったらその時点で失敗とみなすからそのつもりで~。茉奈佳、よろしく」


「はいよ」


「え? あっ――」


 二取さんから北条さんへボール配給役が変わった途端、それまで海のほうに向けて投げられていたパスが、突然あさっての方向へと放られてしまう。


 少し反応が遅れつつも、なんとかライン際でボールを拾った海だったが、スリーポインラインからかなり離れたところなので、当然、シュートのほうも入れるのは難しく。


「う、くぅ……やっぱり外した」


「はい、ミス。海ちゃん、腕立て10回。ちゃんと顎を床につけないと、1回にはカウントしないよ」


「むぅ……二人のいじわる」


「はいそこ口答えしな~い。ほらほら早く、じゃないと前原君も自分も無駄に疲れちゃうよ」


 い~ち、に~い、という二取さんの声とともに、ホイッスルの音が響く。


 特訓ということで気合が入っているのか、二人も俺たちに対してまったく容赦がない。


「前原君、ぼさっとしてないで、海ちゃんの代わりにシュート決めてあげなきゃ。一生腕立てじゃ、海ちゃんの練習になんないよっ」


「あ、うん。二人とも、よろしくお願いします」


 お嬢様二人による厳しいバスケ特訓は、まだまだ始まったばかりだ。

 

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