第131話 2年11組
普段、特にこれといった用事がなければ(海に。俺には用事がない)一緒に下校しているのだが、いつもは教室から少し離れたところで待ち合わせなので、海のいる11組の教室をのぞいたり、または足を踏み入れたりといったことは一切ない。
海の話によれば、先程のメッセージのやり取りからもわかる通り、特にクラスに馴染めないとか孤立しているようなことはないらしいが、特にクラスの中で仲のいい人の話なども聞いたことが無い。
これについては俺が今まで訊かなかったせいもあるだろうし、それにもし何かあったとしても海が話してくれるだろうが……まあ、やっぱり彼氏としては、恋人のことがどうしても気になってしまうわけで。
これまでと変わらずクラスの中心的存在としてリーダーシップをとっているのか、もしくは、そういうものから解放されてのんびり過ごせているのか。
どちらにしろ、海が余計な負担なく楽しくやれていればそれでいいと思う。
「……そういえば、他のクラスのことを覗くのって、何気に初めてかも」
一日の授業が終わって教室を出たところで、俺はいつもの待ち合わせ場所ではなく、すぐ隣の11組の教室前の廊下へ。
他の人は何度もあることだろうが、俺にとっては初のことなので、ほんの少しばかり緊張する。
どうやらまだ担任の先生の話が続いているらしく、教室内はとても静かだ。ドアの隙間から中の様子を覗くと、海はちょうど教室の真ん中の席で小さく欠伸をしていた。
油断しているところをこっそり見てしまってなんだか悪い気もするが、俺の前ではあまり見せない姿も、なかなか新鮮で可愛いと思ってしまったり。
それから数分ほどして、今日の授業から解放された11組の人たちが教室から次々を出て行く。ざっと見た感じ女の子の数が多いが、それもそのはず、成績上位者を上から順に取った結果、男子が約10人、女子がその倍の約20人という比率になっていた。
これを羨ましいととるか肩身が狭いととるか……個人的にはあまり嬉しい状況とは言えない。現状、女の子の知り合いや友達のほうが多い俺だが(なぜか)、それとこれとは話は別だ。
さて、少し話は逸れたが、今日の本題である『11組での海について』。
HRが終わって、ほとんどの男子生徒たちがさっさと帰る中、女子たちのほうは仲のいい数人のグループで固まって楽しそうに雑談をしている。
耳に入ってくる感じだと、先日の小テストの話や来月頭に実施される予定の中間テストの範囲予想など、わりと勉強の話がメインだろうか。ウチのクラスではあまり聞かないような話題はさすがに進学クラスという感じだが、それでも和気あいあいとしているのは伝わってくる。
進学クラスなので、もう少しピリピリとした空気を予想していたが、予想に反してほのぼのとしたいいクラスだ。
……今さら言ったところでどうしようもないが、本当にちょっとだけ、羨ましいかもと思ったり。
「ねえねえ朝凪ちゃん、今日の英語の小テストでちょっと意味が分かりにくいところがあってさ……ここなんだけど」
「ん? ああ、指示代名詞がごちゃごちゃしてたヤツ。これ訳するの相当面倒だったよね」
「でしょ? 進学クラスだからってさ、先生たちってばちょっと私たちのこといじめすぎだよね。他のクラスはこんな毎回毎回テストやらんのにさ~」
「ね。あ、訳のほうは、ここの文から……ほら、この順番でやってけばいいと思うよ」
「え? あ、なるほど~、そこ気づかなかった。ありがと、朝凪ちゃん」
「ううん、どういたしまして」
海はというと、そんな感じでクラスメイトの女子たちに勉強を教えている。海はクラスの中でもさらに上位のグループなので、やはり頼られることが多いのだろう。
もちろんクラスには海よりさらに成績のいい人もいるわけだが、人当たりがいいこともあって、海の周りには人が多い。
海、人気者だ。
待ち合わせの時は大抵俺のほうが待つことが多く、海はそのことを気にしてか『いつも遅くなってごめんね』と謝ってくれるが、こういうことなら、多少待たされても全然問題ない。
二人きりの時に俺を頼って甘えてくる海も好きだが、こうして誰かに頼られて満更ではない表情を見せる海も、また俺は大好きなのだから。
……なんだか盛大に惚気てしまってる気がするが、まあ、今は誰もいないので、問題ないだろう。
ということで、ひとまずの目的は果たしたので、海に見つからないうちにこっそりと退散することに。
一応、今日の授業は全て終わっているので、たまには教室に出向いてもいいのだろうが、他のクラスの敷居を堂々と跨ぐのはどうしても躊躇してしまう。
俺も天海さんのように『海~! 一緒に帰ろ~!』とHRが終わるなり突撃していく勇気があればいいのだが……いや、やっぱりなくてもいいか。天海さんならともかく、俺が同じようにやったところで『アンタ誰?』と白い目で見られるのがオチだ。
不審者認定されないうちにこの場から離れよう――と思ったが、俺が踵を返した瞬間、後ろからポンと肩を叩かれた。
「……あの、君、ちょっといい?」
「え――」
振り向くと、そこにいたのは11組の人と思しき女子生徒だった。11組はフロアの一番端に位置しているし、他のクラスはほぼ全員いなくなっている。
というか、女子生徒にしては、とても背が高い。生徒会長である智緒先輩も高かったが、それと同等か、それ以上はありそうだ。
黒ぶちの眼鏡をかけた、長い黒髪を後ろにまとめた女の子――その黒い瞳が、じっと俺のことを見ている。
……なんというか、すごい圧がある。
「あの、なんでしょうか……?」
「いや、君、なんかどこかで見たような……ずっとウチのクラスの様子覗いてたっぽいけど、誰かに用事?」
「あ、はい。そうなんですけど、まあ、今日のところは退散しようかなと……ということで、俺はこの辺で――」
「ちょい待ち」
しかし、肩をがっちりと掴まれてしまって動くことが出来ない。
そして、俺のことを見る女の子の顔が、徐々にこちらへと近づいてくる。
「あ、あの~」
「ああ、ごめんね。でも、もうちょっとで思い出せそうで――えっと、どこで見たんだったか……」
うーん、としばらく唸っていた女の子だったが、はっ、と何かを思い出したかのように手をポンと叩くと、
「ねえ、もしかして君の待ち人って、朝凪ちゃん?」
「え? あ、はい、まあそうですけど」
「ふふ、やっぱりそうだ。君の顔、朝凪ちゃんのスマホの中に入っていたから――ねっ!」
「おわっ!?」
そのままがしりと両肩を掴まれ、そして、なぜかぐいぐいと後ろから11組の教室の方向へと押されて。
「――残った皆、良く聞けっ! この
「「「っ……!?」」」
俺のことを半ば強引に11組へと連れ込んだ中村さんがそう言った瞬間、それまでほのぼのとしていた女の子たちの表情が一変し、驚きに見開かれた瞳が一斉に俺の方へ向く。
もちろん、その中心には彼女の海もいて。
「ま、真樹?」
「あ、あはは……ごめん、海」
その瞬間、なぜ海が11組のことをあまり話さなかったのか理解したが、そう思った時には時すでに遅しだった。
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