第80話 デート当日 昼 1


 最寄り駅につく前からすでに十分すぎるほどじゃれついている気がするが、本来の目的も忘れてはいけない。


 そう、映画だ。


 事前に言いつけられていた通り、海のスカートをすぐ後ろで守護しつつ、いつもの最寄り駅を降り、そこからシネコンの入っている大きな建物へ。


 家は予定より早く出たつもりだったが、途中の道をゆっくり歩きすぎたせいで電車に一本乗り遅れてしまい、映画館についたことろには、すでに上映時間ギリギリのところだった。


「えっと、今日見るのは恋愛映画だっけ?」


「うん。一応SNSとかでバズってるみたいだから。女子高生としては外せないし」


 今日見るのは、テレビドラマで高視聴率を獲得し人気を博した劇場版で、一応、作品名で検索すると、『感動しまくり』『尊死』『エモすぎやばい』『〇〇くん(主演の役者)かわいい』など、割と好評のようだ。


 恋愛物は好き好んで見るジャンルではないが、一応、海との初デートだし、いつものようにB級映画を見てゲラゲラ笑うのもどうかと思ったので、まあ、たまにはいいだろう。


 まわりも俺たちみたいな子たちばかりだ。列にならんでいるのも、女の子のグループが多く、他は俺と海のようなカップルのみ。


 とりあえず、ざっと見た感じはクラスメイトたちの姿は確認できなかったので一安心だ。


 忘れずに生徒手帳を見せて学生割引でチケットを買ってから、次に軽食売り場へ。


「真樹、飲み物どうする?」


「メロンソーダかジンジャーエール」


「それな。ポップコーンは?」


「キャラメル」


「わかる」


 普段はコーラだし、ポップコーンは塩味とかバター味が鉄板だと思うが、こういうところでは別だ。だが、映画のあとに昼食もあるので、サイズはSサイズにしておく。それでも高校生にとってはお高い出費だが。


 すでに予告編の映像が流れている中、俺たちは隅っこの席へ。


 上映中なので、スマホをいじったり、ひそひそ話もであってもお喋りはなるべく控える。


 とりあえず、これからの約2時間は、映画に集中しよう。


 最初のうちは、そのつもりだったのだが。



 ※



(――つまらなくないか、これ)


 上映が開始されてから30分ほど。俺の眠気はすでにピークに達していた。


 二人で食べるために買ったポップコーンとメロンソーダは開始10分で早々に消し飛び、さて後はゆっくりストーリーを追って……というところで、追いかけてきたのはあまりの退屈さによる眠気だった。


 テレビドラマ版があったので、学園を舞台にした恋愛物なのは知っていたが、映画にするにあたって脚本があまりよろしくないのか、ストーリーがなんだか頭に入ってこない。なんの脈絡もなくいきなりヒロインが余命〇カ月の謎の不治の病にかかって死亡したり、死んだはずなのにいきなりまた登場して、今ちょうど、主人公と現在の彼女との間で修羅場っているところだ。


 他にもツッコミどころ満載なので、ネタとして考えれば楽しめるのかもしれないが、周りの人たちはスクリーンに釘付けなので、そういう雰囲気でもないし。


(これ多分、またふわっとした理由で『ありがとう』とか言って消えちゃうんだろうな)


 主演を務めている男性アイドルグループの人の泣き顔とともに、なんかこういい感じのしんみりする曲が映画館に流れる中、俺はそう思う。


 残りあと、1時間半ほど。

 

 さて、周りの雰囲気からすっかり取り残された俺だが、この苦行をどうやって過ごそう。


 一応デート中だから、映画中に寝るなんて失礼なこともできないし。それにお金もちゃんと払っている。


 ちらり、と海の顔を伺ってみる。


 海が映画の内容をどう思っているかはわからないが、今のところはしっかりと目の前のストーリーに集中しているようだ。俺の視線にも気づいている様子はないし、目じりからは光るものもある。


 俺と海、二人の映画の好みはほぼ同じなので、もしかしたら海も退屈なのかなと思ったが、そこは海も年頃の女の子ということか。


 とにかく、海がちゃんと見ているのならと静かに気合を入れなおすと、次の瞬間、スクリーンいっぱいにベッドシーンが展開され始めた。


(なんか無駄にエロいような……)


 今までは微妙な演技を繰り広げていた主演の二人だが、この場面だけはなぜだか気合が入っているように見える。PG-12だったのできわどいシーンには配慮があったりはするものの、かなり激しく交わっているので、そこは驚きだった。


 これを楽しめてる人は、ここらへんでいいムードになるのかな……と眠気に耐えながらぼんやり考えていると、


「……ん」


 ぽす、と俺の肩によりかかるものがあった。


「! 海……?」


「ん……真樹ぃ……」


 俺の声に反応するようにして、隣に座っている海が、甘えるようにして俺の腕に抱き着いていた。


 髪の毛からふわりと漂うシャンプーの香りと、腕に押し当てられる柔らかな感触に、思わず胸が高鳴ってしまう。


「う、海、あの……」


 まさか、ただいま無駄に長く繰り広げられているラブシーンで気持ちが高まってしまったのだろうか。しかも、甘えるように俺の腕に頬まで擦り付けてくるなんて初めてだから、余計に戸惑ってしまう。


 手は握っているが、こういう時、いったいどうするのが正解なのだろう。周りは暗いとはいえ、だからといって映画館でじゃれ合い過ぎるのは良くないし、といっても無反応なのも――。


 いやいや、やっぱり今は抑えるよう注意しないと。自分の家ならまだしも、ここは公共の場だ。海には悪いが、ここはマナーを最優先しないと。


「あ、あのさ、海、そういうのはもっと違うところで――」


 そう忠告すべく海のほうへ体を寄せた瞬間、


「かぁ……んがっ……」


「……」


 いや、寝てるし。


 流れるBGMを子守歌にして、海は俺の体を抱き枕替わりに、すやすやと気持ちよさそうな寝顔を浮かべていた。


 どうやら海も俺と同様、必死に眠気と格闘していたようで、ちょうどベッドシーン直前で耐え切れなくなったのだろう。


 目に浮かんでいた光るものも、映画に感動していたのではなく、欠伸でもしたときに自然に出てきてしまったのかもしれない。


(……そういえば俺なんかよりずっと朝早くに起きてたんだっけか)


 そうとは気づかず、一人で勝手に焦ってドキドキして……内心ちょっと恥ずかしい。


「まきぃ……へへ……んぅ」


「……ったくもう、どんな夢見てんだか」


 いびきや寝言が聞こえないよう、海の口元にやさしくマフラーを巻いてあげてから、映画が終わる時間までずっと、俺は海の抱き枕で居続けた。

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