第81話 デート当日 昼 2


「――だって、クソつまらなかったんだもん」


 結局あの後、俺の隣でまったく起きることなく、気持ちよさそうに口元からよだれを垂らしていた朝凪海さん(16歳女性 職業:学生)の言葉である。


「せっかくだからネタバレとか見ずに行ったんだけど……くっ、こういう時に限ってハズレを引いてしまうとは」


「まあ、そういうのも映画あるあるだと思うけど」


 映画館から出た後に詳しい感想などをポチポチと検索して見たが、やはりというか、俺や海が感じていた通り、好き嫌いの層がはっきりと分かれていた。


 話の流れとしては典型的なお涙頂戴だったので、そういうのを特に気にしない人には刺さるような出来だったとは思う。劇中歌など、曲などは有名なロックバンドを起用していて、それ自体は良かった。上映が終わった後、中にはボロ泣きしていた女の子たちもいたので、そういう層には受けて、そうでない層はしらける――評価としては、そんなところだろうか。


 ともかく、俺、寝ないでよく頑張った。


「む~、やっぱり変に特別なことせず別の作品にするべきだった。隣のスクリーンでやってた『改造巨大人喰いザメVSギュスターヴVS巨大深海クラーケンVS暴走殺人アンドロイド 時空を超えた超決戦』とか、マジで私たちのど真ん中ストライクゾーンなのに」


「なにそのB級オールスター。タイトルだけで突っ込みどころ満載なんだけど。本編見たら腹筋ちぎれるわ」


「ね。お口直しに見に行きたいところだけど、さっきの回で上映終了らしい……早期のBD化が待たれる」


 まあ、映画に関してはハズレだったものの、その分、最近ではあまり見られなくなった海のだらしない寝顔を見られたので、俺的には決して悪いことだけではなかった。


 それに、デートの目的は映画ではなく、海と一緒の時間を過ごすことなわけで。


 ただ、海の口元から垂れたよだれがマフラーに染みを作ったのだけは少しマイナスにせざるを得ない。


「さて、昼寝もばっちりで疲れも取れたところで、次はご飯行こっか」


「だな。どこ行く? 無難にファミレスとか?」


「それでもいいけど、今回はとことんカップルっぽいところ攻めよっか。とことん気合が空回りするのも私たちらしいっちゃらしいし」


「映画から教訓を学んでもなお泥沼に足を突っ込もうというのか……さすがにちゃんとした店なら大丈夫だと思うし、海がそう言うんだったら付き合うけどさ」


「そうこなくちゃ」


 そんなわけで、次は最近オープンしたばかりだというカフェへ。雑誌などにも度々紹介されているらしく、お昼のピークを若干過ぎたあとも行列が出来ていた。


 案内の看板によると、三十分待ちらしい。


「むう……待つのはいいけど、この季節ではさすがに……真樹、大丈夫? 寒くない?」


「俺は大丈夫。秘密兵器仕込んでるから」


「? なにそれ?」


「これ」


 そう言って、俺がバッグから取り出したのは貼る用のカイロ。


 寒いことはわかっていたので、実は出かける前に両足に一つずつ引っ付けてきたのだ。長時間持続タイプでこのぐらいの待ち時間でも安心あたたかい。


 冬における寒がりの必需品である。


「もう、やっぱりこういうの大量に持ち込んで」


「海もいる?」


「くれ」


「ほれ」


「さんきゅ」


 さすがに足には貼れないので、上着で隠すようにして、腰のあたりにぺたりと一つ。


「むう……なにこれすごいいいんですけど」


「小さいのもあるから、あとで足にもつけな」


「うん。……ふふっ」


「……なぜそこで笑うか」


「ごめんごめん。でも、真樹と一緒にいると、やっぱりこうなっちゃうな~って思ってさ」


 そう言いながら、海は、俺の方に体をぴったりと寄せてくる。短めに切りそろえられた柔らかな髪の毛が俺の頬を撫でてくすぐったいものの、それを不思議と不快には思わない。


「あ、もちろん悪い意味じゃないよ。ファッションもしっかり決めて、お店選びをちゃんとしてって……でも、どれだけ普通のデートコースをなぞっても、どことなく緩い雰囲気になっちゃうっていうか」


「そうかな? 俺としては結構頑張ってるつもりだけど」


「私もそう思うよ。でも、いきなりバッグから貼るタイプのカイロを、しかも大小のサイズまとめてデートに持ってくるのは、やっぱり真樹らしいかなって。あれ? 実は真樹っておじいちゃんだったりする? もう75歳越えてたりしてない?」


「後期高齢者まではあとしっかり60年残ってるよ」


 だが、おじいちゃんっぽいといえば、そうかもしれない。カイロを良く使うのは、俺が幼い頃、母方の祖父母が良く俺に持たせてくれたからだったりする。


 少し前まで俺には友達がいなかったけれど、その分、家族にはちゃんと愛されていたと思う。人見知りとぼっちをこじらせて微妙に歪んでいた心根がそれでもかろうじて倒れなかったのは、そういうところも影響しているのかもしれない。


 だからこそ、こうして海にも見つけてもらえたわけで。


「まあ、海の言いたいことはわかったとして。で、今の俺はどう?」


「どうって?」


「その……今のところ、デート相手としてちゃんとやれてるかなって」


 気になっているのはそこだった。


 さっきの言葉で、海が俺と一緒にいてなんだかんだ楽しみ、そしてリラックスしているのはわかる。先ほどの映画中いびきをかいて寝るぐらいだから、それはきっと本心なのだろうが。


 では、デート相手として、海のことをもっとドキドキさせたり、男らしいところを感じてもらっているかというと――それはまだできてないと思う。


「正直私は今のままで十分だと思うけど……でも、もし真樹がもっと頑張りたいって言うんだったら……ね、真樹、ちょっと手首もってもらっていい?」


「? うん、いいけど」


 言われた通りに海の手首を軽く握ると、とくん、とくんと海の心臓のリズムが指先に伝わってきた。


「これが今の私のドキドキだよ。今はわりと落ち着いてる感じだから、これをもっと早くできるようにこの後やってみて」


「あ、うん……でも、どうして手首?」


「だって、それ以外だと……ねえ?」


 海が落とした視線の先にあるもので、俺はまたやってしまったことに気づく。


 手首とは別にわかりやすい場所といえば、それは首か、あとは胸しかない。


 着やせするタイプの海が持つ、大きな二つの――。


「……ねえ、真樹ぃ」


「……ごめん、参った。負けを認めるから、そこはいじらないで」


「え~、どうしよっかな~」


 ここから海をぎゃふんと言わせるのは、ちょっと大変そうだ。

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