第60話 これからも、これからは 1


 後にも先にも二度としないであろう恋人繋ぎでの登校は、当然のごとく、クラスにそれなりのインパクトを与えた。


 文化祭で実行委員を務めてからちょっとずつ周囲に認められつつはあったものの、まだまだクラスの中では目立たない存在の俺と、天海さんとともにこのクラスの中心にいる海。


 天海さんには気づかれていたとはいえ、クラスのほとんどには上手く隠し通せていたわけだから、週明け、いきなり仲睦まじく登場してきたらそれは驚くだろう。


 俺も海も、その週の間はその対応やら話題の鎮火に忙しかった。今まで何人もの誘いを断ってきた朝凪海をどうやって落としたのか等々、今までずっと話したことない人たちからも話しかけられて苦労した。


 今まで秘密にしていた関係は全部バレたし、なんならもっと親密であることも発覚して俺も海もわりと恥をかいた。負ったダメージは決して軽微ではない。


 だが、大変ではあったものの、そのおかげで天海さんと海の仲についても、変なわだかまりなどは無くなったと信じたい。


「海~! 一緒に帰ろ~!」


「おふ……こ、こら夕、いきなり後ろから抱き着くなし」


「えへへ、ごめんなさ~い」


「満面の笑みで謝るんじゃないよアンタは……」


 俺の座っている場所のちょうど対角線上の席に目を向けると、天海さんと海の二人がいつものように、いや、いつも以上にじゃれ合っている。


 本当に嬉しそうに笑う天海さんと、そして、そんな天海さんを優しい表情で受け入れる海。


 もちろん、今回のようなことをしなくても、ケジメをつける方法なんて幾らでもあっただろうし、もっと時間をかけてもよかったかもしれない。


 しかし、俺的には、また二人がああしていつもの表情で向き合えているのなら、それでいいと思う。


「それで、海、今日はどうする? また家の用事?」


「え? あ、ああ、うん――」


 そして今日は、週初めの恋人繋ぎ事件から始まった激動の週をようやく切り抜けた、最初の金曜の放課後であり。


 ――大好きだよ。


 そして、海に告白をされてからの初めての週末でもあった。何気に。


 もちろん、先週約束した通り、俺との予定がしっかり入っている。


「そうだねって、いつもなら言ってたんだけど。……ごめん、夕。今日はちょっと他の『友達』と先約があるからダメだ」


「友達……へえ、そうなんだ。それってさ、私も一緒にいったりしたらダメ? せっかくだし、私もその子と仲良くなりたいな」


「あ、それはごめん。ソイツ、あんまり社交的な性格じゃないし、それに夕がいると緊張しちゃうだろうから。もともと二人で遊ぶ約束だったしね」


「そうなんだ。それは残念」


 わざとらしく、天海さんは言った。あと、わざわざこちらを見てウインクはしなくていいと思う。


「ごめんね、夕。この埋め合わせはまた明日か明後日あたりにでもするから」


「ううん、気にしないで。じゃあ、今日はその子と目いっぱい楽しんできなよ」


「うん。そうさせてもらうわ」


 まだクラスメイトたちがほとんど教室に残っているなか、天海さんと別れた海は、ゆっくりと俺の元へ。


「……お待たせ、前原」


「朝凪……いいの? ここでそんなこと言って」


 もちろん、クラスメイト達の視線は俺たちに注がれている。


「うん。だって、私たちはれっきとした『友達』でしょ? 友達と一緒に帰るのは、それなりに普通のことじゃない?」


「まあ、そうだけど」


 もうこそこそしても無駄だし、それならいっそのこと堂々としたほうがいいか。


「……じゃあ、帰るか」


「うん、行こ」


 ――んがー! なんで俺じゃなくて前原なんだー!


 ――奇跡ってあるんだなぁ……。

 

 ――この後二人でなにするんですかー!


 ――ニナち、追っかけちゃダメだよ。諦めて今日はみんなで遊ぼうね。


 ――あ~……聞きたい、ねえ二人ってどんな会話すんの……。


 クラスのほぼ全員から容赦なく投げかけられる冷やかしから逃げるようにして、俺と海は並んで教室から出、俺の家へと急ぐ。


「なあ、朝凪」


「ん?」


「手、どうする?」


「……バカ」


 言われてしまったが、今日の分の買い出しを終えて家に着くころには、やっぱりしっかりと手を繋いでいる俺と海だった。


 恋人繋ぎのほうは……またいつか、ということで。



 ※



 いつもの店で注文したピザやサイドメニューのチキンにポテトとオニオンリング、そしてグラスになみなみとついだコーラ入りのグラスを床に置くといういつものスタイルで、俺たちのお疲れ会が幕を開けた。


「お疲れ、海」


「うん。今週はもう死ぬほど疲れた。疲れすぎてこれ絶対来週学校行けないわ。ってか、絶対休んでみせるわ」


「本当にな。俺も久しぶりに奥の手出そうかな」


「奥の手って、それ――」


「「仮病の術」」


 ハモったところで、俺たちは同時に噴き出した。


「ふふっ、どうせ無理なんだろうけど。お風呂で冷水浴びて、がたがた震えているところをお母さんに見つかって怒られて」


「で、結局風邪とかはひかない。まあ、慣れるしかないってことだろうな」


「だね」


 くだらない話とともに乾杯をして、俺と海はぐいっとコーラをあおる。


 こんな時でも、コーラは誰にでも平等に冷たく甘いししゅわしゅわだ。大人になれば、これがいつしかビールに置き換わるのだろうが、まだ高校生の俺たちには、このぐらい甘ったるいほうがきっとちょうどいい。


「……それでさ、海」


「うん」


「……先週の、あれ、なんだけど」


「あれ……あ、ああ、アレね、アレのことね。うん、大丈夫、わかってる、わかってるよ」


 Lサイズのピザを半分ほど平らげたあたりで、俺は切り出した。


 切り出さなければならないだろう。一応、お互いの気持ちは確認してはいるが、俺も海も、今後この関係をどういうものにしたいかといった話になっていない。


 ゆっくりやっていこう、とあの時の海は言っていたが、これまで通り『友達』のような関係でやるのか、それとも、『友達』ではなく、完全に『恋人』として付き合っていくか。


「海、一応訊いとくけど、この前の告白って、わりと勢いでいったところあるよな?」


「うっ……」


 ぎくり、と体を硬直させた海がもっていたポテトをぽとりと落とした。やはり図星だったらしい。


「ああ、いや、別に責めてるわけじゃないから。ただ、その、俺もわりとあの時そんな感じだったから、もしかしたら海も同じテンションじゃなかったかなって」


「あ、そういうこと……」


 ほっ、と胸を撫でおろし、海は気を取り直すようににして続けた。


「……うん。正直な話、あの時はちょっとテンションがヘンな感じだった。……あ、勢いではあったけど、もちろん真樹のことは好きなんだよ? 初めてゲーセンで遊んだ時とか、夕の遊びの誘いを断った時とか、真樹はずっと私のこと一番に考えてくれてて、夕と仲良くなってもそれは変わらなくて。それで、どんどん嬉しい気持ちが積み重なってって……いつの間にか、大好きになってた」


 そして、天海さんに関係がバレたり、しばらく二人で会って遊ばないようにしようと決めたりで、色々とメンタルが不安定だった時の、あの夜の帰り道だったと。


「あの時のこと、今思い出しても顔から火が出るくらい恥ずかしくて……休み中ずっとそのことばっかりで、一人でベッドで悶えちゃって……もう、ほんと私バカみたいで」


「電話しようと思っても、相手の名前見たら『うわー!』ってなってな」


「はは、うん。なんとか真樹に弁解しようと思っても、通話ボタン押す直前に怖気づいちゃって」


 そして、天海さんに相談して、翌週の恋人繋ぎ事件へと続いていった、と。


「ねえ、真樹。一つ訊いていい?」


「いいよ」


「真樹はさ、その……私と、付き合いたいとかって、思ったりしてる?」


「……うん」


「友達としてじゃなくて?」


「……多分」


 この一週間で自分の気持ちを冷静に考えてみたが、やはり、その答えに行きついた。


 友達として始まった海との関係だが、すでに俺は海のことを一人の女の子として見ている。ちょっと仕草にドキドキしたり、自分にだけ見せてくれる本当の朝凪海を他に人にとられたくないと思ったり。


 それは多分、海も俺に対してそういう気持ちのはずだから。


「私はね……ちょっとだけ、怖いかなって思っちゃったの」


「……ん?」


 自分から切り出しておいてなんだが、ちょっと想定外の方向に進んでいるような、いないような。


「話、聞かせてくれないか?」


「うん。面倒な女で、本当申し訳ないんだけど……」


「……いいよ。ここまで来たんだ。とことん付き合ってやる」


「あ、あざす」


 朝凪海がそういう女の子なのは、もう知っているから。

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