第59話 恋人繋ぎ


 確かに俺はなんでもやるつもりでいた。


 それが天海さんとの約束だったし、何より、海との時間を失いたくないと思っていたから。


 だが、しかし。


「…………」


「…………」


 家を出てからしばらくの間、ずっと黙ったままの俺たち。


 俺も海も、まさか、こんな恥ずかしい思いをするとは。


「……真樹さ、ちょっと手汗すごすぎなんだけど」


「そ……そう言うお前こそ大分湿ってるじゃん」


「し、仕方ないでしょ。私だって、こんなことするの初めてなんだから」


 俺たちは今、手を繋いで仲良く朝の通学路を歩いている。しかも、指と指をしっかりと絡ませた状態――所謂『恋人繋ぎ』というやつだ。


『……なんだよアレ、朝っぱらから』


『あれ一年生? 女の子のほうかなり可愛いじゃん。その相手はなんか冴えない陰キャっぽいけど。罰ゲーム?』


 通学時間帯のピークのため、仲睦まじい(ように多分見えている)俺たちへ向けて、そんな言葉が投げかけられる。羨望1割、のこり俺への嫉妬9割といったところか。


 憎まれ口の一つでも呟きたいところだが、しかし、今の俺にはそんな余裕はない。


 とにかくさっさと天海さんから出された『課題』を終わらせてしまおう――そんな思いで頭がいっぱいだった。


「海、天海さんどこらへんにいる?」


「ちょうど私たちの10メートル後ろってとこ……なんか電柱の陰に隠れて一人でニヤニヤしてる」


「……天海さんが楽しそうでなによりだ」


 約束を破るかわりとして、天海さんが俺たちに出した条件。


 それは、『家を出てから教室に入るまで、ずっと恋人繋ぎで登校すること』。

 

 ちなみに条件はそれだけで、クラスに入った時点で何事もなかったように振る舞っていいし、クラスの皆に付き合っていることを認める必要もないという。


 まあ、恋人繋ぎで教室に入った時点で、認めようが認めまいが、俺と海が親密な関係であることを宣言しているようなものだが。


「そんなことより、まさかクラス内で俺と天海さんが付き合っているらしい、なんて噂が流れてたとは。……確かに文化祭の後、やたらと男子たちの視線が気になるとは思ってたけど。主に関君とか」


「私も新奈とか他のクラスの子からも探られたね。まあ、所詮根も葉もない話だったから適当に流してたし、私も忘れてたんだけど」


 噂の出どころはわからないが、とにかく、文化祭準備中やその後ぐらいから、そういう話がひそかにクラス内に回っていたらしい。俺はぼっちなので、回ってこなかったが。


 これまでのことを色々と思い返すと、そう勘違いされても仕方ないことはいくつかあったような気がする。一応、天海さんとは友達だし、連絡先も知っている上に文化祭で一緒にいることも多かったので、おかしな妄想を膨らませるヤツもいるだろう。


 実際のところ、俺と親密なのは、天海さんではなく、その隣にいる女の子なわけだが。


 天海さんもすごく魅力的だし、容姿でいえば海よりも上だとは思うが、それでも俺にとって、天海さんは『友達の友達』でしかない。


 少し横道にそれてしまったが、とにかく、クラスの水面下でくすぶり続けていた火種に辟易していた天海さんのところへ俺と海が話を持ってきたので、話に応じるついでに……と考えた結果が、この『恋人繋ぎでの登校』だったと。


 そして、今のところ、それはとても効果的に機能している。俺たちも羞恥的な面でそれなりにダメージを受けているし。


 他の生徒たちに紛れて姿は確認できないが、多分、俺たちの様子を眺めているクラスメイトたちもいるだろう。さりげなく天海さんのほうへ視線を向けたが、いつの間にかその隣に天海さんと同じ顔をした新田さんが加わっている。


 スマホで撮影しようしているのは天海さんがしっかり止めてくれているようだが、クラスのゴシップ大好き人間の新田さんに見つかった以上、これからしばらくはネタにされるだろう。


「……新奈のやつ、後で……ふふっ、どんなお仕置き……」


「えっと、海さん……あんまり強く握らないでくれるとありがたいっていうか……」


 隣で危ないことを呟いている海のことをなんとか宥めつつ、俺たちは校門を通り、そのまま教室へ。


 すでに教室にいた面々の反応は、もちろん語るまでもないだろう。


 皆の視線が、一斉に俺、海、恋人繋ぎの三つを頻繁に行き来していた。


「じゃ、じゃあ、私こっちだから」


「う、うん」


 何事もなかったように手を放してそれぞれの席に向かうわけだが、格好のネタを見つけたクラスメイト達がそれで許してくれるわけもなく。


『え? なに、実はそっちってパターン?』


『確かに実行委員で一緒だったから、ありえなくもないけど』


『おい、お前ちょっとどっちかに聞いて来いよ』


『やだよ。なんかさっきから朝凪が怖えもん』


 海はというと、遅れて教室に入ってきた天海さんといつも通り談笑しつつ、新田さんのこめかみに思いっきりアイアンクローをかましている。


「は~い、月曜日でだるいとこ悪いけど授業始めるよ……って、なに、どしたの皆? 今日はやけに静かじゃない。なんか事件あった?」


「ありませんよ、八木沢先生。早く授業始めましょう」


「朝凪さん? あれ、今日あなた日直だったっけ?」


「違いますけど。でも早く始めましょう」


「あ、うん。それはわかってるけど、でもいつもと明らかに様子違――」


「 同 じ で す け ど ? 」

 

「ひっ……」


 今の朝凪だけには触らない方がいいことは、先生も瞬時に理解したようだ。


「あ、ああ、そうね。ごめん、私の気のせいだったみたいね。じゃあ、早速授業始めましょうか」


 謎の迫力で八木沢先生を威圧し、何事もなく授業を進めさせる海。


「……あのさ、前原君」


「ごめん。この件に関しては大山君の想像におまかせするよ」


 ちなみにその後の授業中、海はずっと耳まで真っ赤にしていてとても可愛かったことをここに付け加えておく。


 皆に朝凪の可愛い所が見つかる前にしっかりと捕まえてしまおう――そう決心した俺の判断は正しかったのかもしれない。

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