第54話 ひとりぼっちの週末
※※
時は少し遡り、俺と朝凪が天海さんのもとに戻ってからのこと。
「……海、本当にそれでいいの?」
「うん。私にとって、それが一番納得できる選択かなって思ったから」
俺としばらくの間、学校以外で遊んだりしない――そう切り出したのは、朝凪のほうからだった。
天海さんは、朝凪が今までのことを謝った時点で、全てを水に流そうと言ってくれた。もう怒っていないし、今まで通り週末は俺のところで遊んでも構わないと。
だが、それでも朝凪の意思は固かった。
「海、そこまで自分のことを悪者にしなくてもいいんだよ? 今回のことだって、私がバカだったせいで、海のこと、ここまで傷つけちゃって」
「夕はバカじゃないよ。元はと言えば、自分一人で全部抱え込んじゃった私がバカだったんだ。誰にも何にも言わないで隠して、嘘ついて……夕のためだなんて思いながら、本当は夕のこと全然信用してなかったんだ。親友、なのにね」
あの二人に嘘をつかれたことが発覚した時点で怒っていれば、もしくは、その後すぐに天海さんに相談して四人できちんと話し合っていれば。
人間関係は、一度ねじれてしまった部分を放っておくと、時間が経てば経つほどにどんどん修復が厳しくなる。そして、ねじれた部分を解いたところで、元の形には絶対に戻れない。
あの二人と、朝凪のように。そして、おそらくは天海さんとも疎遠になるだろう。
ケースはちょっと違うが、俺も間近でその様を見てきたから、なんとなくわかる。
「真樹君はいいの? 海は真面目だから、しばらく遊ばないって言ったら、本当にそうなっちゃうよ。一か月、二か月……下手したらもっと」
「そうかもね。まだ大した付き合いじゃないけど、朝凪ってけっこう頑固なとこあるから」
しばらく、ということで明確に期間は設定していないが、朝凪の性格上長くなりそうな気がする。
今までそれなりに楽しい時間を過ごせていたから、以降はその予定がぽっかりと空いてしまうのは寂しい。
「それでも、真樹君は海の言うことに従っちゃうんだ?」
「うん。俺は朝凪の決めたことを尊重しようと思う」
「そっか……」
俺と朝凪、二人の決意が変わらないのを確認して、天海さんは続ける。
「海も真樹君も……二人とも揃いも揃って、本当バカなんだから」
反論のしようもなく、そうだと思う。天海さんが『許す』と言ってくれているのに、俺たちは『許さないで』でお願いしているようなものなのだから。
「ごめんね、夕。でも、そうでもしないと、私自身が前に進めない気がするから。口だけの『親友』じゃなくて……夕と本当に『対等の友達』になるために」
「海……」
天海さんと違って、朝凪は心のどこかで天海さんのことを信用していなかったのだと思う。今にして考えれば、二取さんと北条さんとのいざこざを相談しなかったのも、そんな心の現れだったのかもしれない。
「ねえ、夕」
「なに?」
「こんな頑固で、バカで、劣等感丸出しで、夕のこと実はずっと下に見てて、ひどいことして……こんな私だけど、改めて友達になってくれますか?」
朝凪は、そんな自分を反省して、変わろうとしている。自分一人で抱え込まず、恥ずかしいところや嫌なところをさらけ出して、天海さんと今度こそ、本当の『親友』になろうとしているのだ。
「友達……親友じゃなくて?」
「うん。ちゃんと対等な関係から初めて、『親友』になるのはその後かなって。まだちゃんと友達にもなってないのに、いきなり親友っていうのは、おかしいでしょ?」
そのために、俺との予定をすべて天海さんのほうに振り分け関係の修復を図る。それが、冷却期間を置く本当の目的だった。
「……海、本気なんだね?」
「うん。今回ばかりは嘘じゃないよ。……絶対に」
目をそらすことなく答えた朝凪に、天海さんは大きく息を吐き出した。朝凪の決意が揺らがないことがわかって、折れてくれたようだ。
「わかった。海がそう言うんだったら、私も本気になるよ。……なろう、海。今日から本当の友達に」
「ありがとう、夕。私のわがまま聞いてくれて」
「うん。これからはどんどん私に頼ってくれていいからね。今まで頼りっぱなしだった分、しっかりお返ししてあげるんだから」
正面からしっかり向き合った二人が、互いの両手を包み込むようにしっかりと握る。
最初からやり直すということだが、この様子ならおそらくすぐに元通りに、いや、きっとそれ以上の親友になれると思う。
天海さんも朝凪も、お互いのことを大事に思っていることだけはこれまでとずっと変わっていないのだから。
※※
――ということで、きちんと三人が納得し合った結果の、それぞれの週末を迎えることになった。
「ねえ、海、今日どこ行く? 海の行きたいとこでいいよ」
「じゃあさ、久しぶりにあそこのゲーセン行こ。ちょっとやりたいゲームがあってさ」
教室で二人の会話を聞く感じだと、今日は二人きりでゲーセンに行くらしい。これまでは大勢で行動することが多かった天海さんも、今日ばかりは朝凪との時間を優先したいと、予定をキャンセルしたり誘いを断ったようだ。
「へえ、いつもはやらないのに、珍しいね。どんなゲーム?」
「メダルを増やすゲーム」
「増やす?? 遊んだら普通減らないかな??」
さっそく天海さんが首を傾げている。少しずつ本当の自分をさらけ出すつもりな予定の朝凪らしいが、
『(前原) 朝凪』
『(朝凪) わかってるって』
『(あまみ) なになに? 何の話?』
『(前原) 天海さん、君だけが頼りだ。朝凪が暴走しそうになったら、メダルを取り上げていいから』
『(あまみ) ? うん。よくわかんないけど、危ないと思ったらそうするね』
『(朝凪) 二人とも何言ってんの? 私はいつだって正常だよ』
『(前原) 筐体を前にした人間は皆そう言うらしいぞ』
『(あまみ) ?? なんか二人で会話しててずるい~!』
後、今まで二人だけだったグループには天海さんも加わり、雑談や連絡事項がある時はこのグループチャットを使うようにしている。
もちろん、内緒話を禁止しているわけではないので、今まで通り朝凪と二人きりでやり取りもできるわけだが、最近はほとんどこちらを使っての会話だ。
『(前原) じゃあ、俺は先に帰るよ』
『(あまみ) うん。お疲れ、真樹君』
『(朝凪) おつかれ』
こそこそとメッセージを打ち込んで、俺はいつものように一人で家路についた。
久しぶりの一人ぼっちの週末の始まりである。
「……さ、寒い。そういや、暖房器具が全滅なんだった」
修理については母さんが依頼をしてくれているはずだが、おそらく訪問修理も明日以降にしかならないので、少なくとも今日は寒い夜を耐え忍ばなければならない。
ひとまず暖かいコーヒーを準備しつつ、自分の部屋から毛布を持ってくる。部屋着のスウェットに着替えて毛布でぐるぐる巻きになっていれば、ひとまず部屋で凍えることはない。
「ずず……ふう」
毛布にくるまりながら、熱々のコーヒーを口につけて一息。風呂に入るまではこれでもってくれるはずだ。
あとは食事だが、こちらも普段は頼まないスープを注文することに。
「どうも、前原ですけど」
『あ、ども~。今日もいつものやつでいいっすか?』
「ですね。あと、それにコーンスープも追加でお願いします」
『ありがとうございま~す。あ、今日ちょっと人手が足りないもんで、少しお届けに時間かかりますんで、それだけご了承ください』
「あ、はい。いいですよゆっくりで」
『どうもで~す。じゃ、いつものヤツにもってこさせますんで~』
完了。ということで、後は来るのを待つだけだ。
「さて、と後は……」
どうしようか、と一瞬考えて、いつものようにゲームを起動する。最近までは鼻息荒く挑んでくる朝凪を返り討ちにして遊んでいたので、久しぶりにオンライン対戦をしてみることに。
「っ、やべ、操作ミスって……あ、やられた」
しばらく戦場から離れていたせいか、大分腕前が落ちてしまっている。まあ、この三か月やっていたことと言えば
「……やめるか」
と、普段ならここから時間を忘れて熱くなるところだが、十敗ほどしたところで俺は電源を切り、今度は自分の部屋へ漫画を取りにいく。
こちらも今一番好きな漫画で、ヒマさえあれば何度となく読み返しているはずなのだが、
「う~ん、これもなんか違う……」
しかし、やはり最初の数ページを読んだところで、本を閉じてしまう。
そして、その他のことをしてもやはり結果は同じで、結局は、BGM替わりのテレビをぼーっと眺めたまま、ただソファに横になるだけになってしまった。
やっていることはいつもと同じで、今まではそれで十分楽しめていたはずなのに。
その原因はもちろんわかっている。
「……朝凪がいないだけで、こうも違うか」
隣でちょっかいばかりかけてくる朝凪がいないので、今日は久しぶりに自由に羽を伸ばしてぼっちを満喫できるかと思ったが、何をするにも物足りなく感じてしまう。
俺にハチの巣にされて悔しそうにする朝凪、B級映画を見てゲラゲラ笑う朝凪、自分の推しキャラのことになると人の話を聞かない朝凪。
この数か月、この時間、何をするにも俺の隣には朝凪海という女の子がいた。いつもは真面目な優等生でクールで格好いいくせして、俺の前だとやたら生意気で、弱気で、臆病で、甘えん坊で、かわいくなくて、そして笑った顔がとても可愛い『友達』の女の子。
朝凪がいないと、やはりどこか物足りなさを感じる。
だが、それでも今回ばかりは自分で決めたことだ。
朝凪は今、天海さんとの間にできてしまった溝を埋めようと頑張っている。今まで抱いていた感情を捨てて、本当に信頼し合える友達になるために。
だから、俺はこれでいい。今はちょっと一人の状態だが、これがいつまでも続くわけでもないわけだし。
朝凪とは、またそこから遊ぶなりなんなりすればいいのだから。
ほんの少し、お休みするだけだ。
――ピンポーン。
「! っと、来たか。お金お金っと」
とにかく、今はご飯をお腹いっぱい食べよう。この後どうするかは、またそれから考えればいい。
「はいはい。今開けますんでいつも通り――」
『やっほー、真樹君』
「! あれ、天海さん?」
いつも来てくれる配達のお姉さんではなく、画面に映っていたのは、ゲーセンで遊んでいるはずの天海さんだった。
「どうしたの、急に。なにか用事?」
『うん。ちょっと真樹君にお届け物があって――ほら、呼び出してあげたんだから、恥ずかしがってないでこっち来なって』
『ちょ、ちょっと夕。わかったから引っ張らないでよ――』
「! その声――」
笑顔の天海さんに引っ張られて画面に映り込んできたのは。
『――ど、どうも、ピザロケットです』
「……そのなりすましはさすがに無理があるぞ、朝凪」
『う、うるさい。前原のバカ。キライ』
そう言ってそっぽを向いた朝凪の顔がなぜだかとても愛らしく見えたのは、きっと俺の気のせいだろうと思う。
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