第55話 二人きりの夜 1
せっかく一人で過ごすことを決意したところで拍子抜けだが、寒いエントランスにいつまでもいてもらうのも悪いので、ひとまず家に上がってもらうことに。
もちろん、直前に母さんに連絡は入れた。
がんばってね、と母さんからは返信が帰ってきたが、いったい何を頑張れというのだろう。
「……いらっしゃい。まあ、とりあえず入れよ」
「うん……お、お邪魔します」
部屋にあがったのは朝凪一人で、朝凪をここまで送り届けた天海さんはさっさと帰ってしまった。
「うわ、なにこれ寒っ! 前原、どうして暖房つけてないの? プチ修行僧でも始めた?」
「んなわけないだろ。今日ちょうど暖房器具が全部ダメになってて、修理依頼中。来るのは明日以降」
「うへえ、じゃあ今日の夜とか朝方大変じゃん。今よりもっと冷え込むって天気予報で言ってたよ」
「まあ、そこはなんとか厚着して凌ぐことにするよ。我慢することには慣れてるからな」
「……この前寂しくて私に電話かけてきたくせに」
痛い所をつく。
「き、気候のほうは大丈夫なんだよ。……で、メシどうする?」
「……エビカニクリームのシーフードよくばりクォーターセット。クラムチャウダー付」
「あいよ」
がっつり食べていくようだ。まあ、テーブルの上にはなぜか三千円からさらに一枚追加されていたので、お金は問題ないが。母さんにはいらないと言ったのに……まさかこうなることを予測していたかのようだ。
追加で電話を入れると、どうやらちょうど出る直前だったようで、遅くなってもいいのでまとめてもってきてもらうようにお願いする。
「コーヒー、いつものにするか?」
「ありがと。……あ、でも今日は牛乳と砂糖うんと入れて欲しいかな」
「大分甘くなるけど、いいのか?」
「うん。今日はなんかそんな気分かなって」
「わかった。じゃあ、俺もたまにはそうしようかな」
自分のもう一杯分も含めて、二人分手早く用意する。目分量だが、おそらくコーヒーというより、むしろカフェオレ近いぐらいにはなっているはずだ。
「ほい」
「ありがと……ふう、甘いね。すっごく甘い」
「そりゃうんと甘くしたからな。オーダー通りだ」
「うん。私の想像した通りの甘さだった。素晴らしい、褒めてつかわす」
「どういたしまして」
二人でソファに腰かけて、二人で一緒にカフェオレみたいなコーヒーを飲む。
自分で作ってなんだが、まあ甘い。たまには悪くないだろうが、毎日飲んでたらきっと体に良くない。コーラもそうだが、ここらへんは週に一度の楽しみぐらいがちょうどいいと思う。
「……で、話を聞こうじゃないか」
「うん……っても、大した話はなにもないよ? ゲーセンで二人で遊ぼうと思ってたら、やっぱり別のところ行きたいって夕が言い出して……」
「で、強引に連れてこられたと」
「……ま、まあそんな感じ」
「ふうん」
「な、なによ。言っとくけど、嘘じゃないからね」
嘘じゃない、か。なんだか奥歯にものが挟まったような言い方だが、ここで追及するのはよしておこう。
俺だって、結局はこうして朝凪と話すことができて嬉しいのだから。
「……とりあえず、ゲームでもするか」
「だね。まあ、不本意とはいえ、せっかく来たんだしね」
一度投げ出したコントローラを再び手にとって、俺は朝凪と、いつものように対戦することに。
「あ、そうだ朝凪」
「なに? 言っとくけど、私だってサボってたわけじゃないから、今度こそ勝率を1割以上に乗っけて――え?」
「ほら、寒いから、これでも着とけ」
そう言って、俺は朝凪の方へ、先程まで自分がくるまっていた毛布をかけてやる。
マフラーはしているものの、制服はいつものスカートで、足はハイソックスのみだから見るからに寒そうだ。
「ありがと……でも、これだと前原が寒くならない?」
「俺は着こんでるから大丈夫だよ。靴下も二枚ばきだしな」
「うわダサ」
「っ、お前なあ……」
「冗談だよ。じゃあ、お言葉に甘えて」
俺から毛布を受け取って、朝凪はミノムシのように毛布に首まですっぽりとくるまった。
まるでミノムシのようなその姿がとても愛らしく、俺は反射的に吹き出してしまう。
「む、なに。自分が着ろって言ったんじゃん」
「はは、ごめんごめん。でも、今の朝凪、すごいいいと思うよ。写真とっていい?」
「……とっていいと思う?」
「……すいません。調子のりました」
とはいえ、毛布から出てくる様子はないので、このままゲームをプレイすることに。
もちろん、いつもの対戦モードである。
「……前原、アンタいつにも増してプレイングがキレキレなんじゃない? 私もひそかに特訓してたから多少は勝ち目あると思ったんだけど」
「まあ、さっきまでずっとオンラインで全世界の猛者相手に修行してたからな」
先ほど10戦連続であっさりとやられてコントローラーを投げ出したヤツの言葉とは思えないが、先程とは反応が段違いであることを自覚している。
やはりゲームは楽しむべきで、楽しいからこそ真剣にプレイする。
その後も朝凪を(ゲーム内で)ハチの巣にしたり、または接待プレイでわざと負けて、それに気づいた朝凪がむくれた様子を見て楽しんだ。
……やっぱり、朝凪と遊ぶのはとても楽しい。それまで寒くてしょうがなかったことなんて、あっさり忘れて熱中してしまうほどに。
「ぐぬぬ……あー、やめやめ! なにこのクソゲー、もう二度とやらない」
「はいはい、来週もお待ちしております」
「んのヤロ……次こそギャフンと言わせてやるんだから、来週は首を洗って……って」
「……あ」
そこで俺と朝凪は気付いた。
いや、来週はダメだ。本来なら今日だってダメなはずなのに。
「前原ごめん、い、今の、やっぱなし」
「だ、だな。こっちこそゴメン。忘れてくれ」
天海さんが余計なお節介をかけたおかげで、本来の目的を忘れるところだった。
俺と朝凪はしばらくの間二人で遊ばない――そう決めたのだから、それを守らないと。
と、ここでタイミングよくインターホンが鳴った。どうやらいつもの配達の人がきてくれたようだ。微妙な空気になりそうだったので、助かった。
「とりあえず、ご飯にしようか」
「う、うん。そうだね」
久しぶりの二人きりの食卓。相変わらず注文の品の味にハズレはなく、俺も朝凪もいつものように平らげていくわけだが、
「…………」
「…………」
食べつつも、俺も朝凪もなぜかお互いのことが気になって、ちらちらと見てしまう。
「な、なに?」
「い、いやなんでも」
目が合っては逸らし、また目が合っては逸らす。他愛のない話をしようとしても、すぐに途切れて沈黙してしまう。
本当は、もっともっと朝凪と話したいことがあるはずなのに。
「……お腹いっぱいになったことだし、映画でも見よっか」
「そ、そうだな」
朝凪が帰る時間まではまだもう少しあるが、この後、どうやって間を持たせよう。
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