第46話 友達ですけど


 文化祭の時に必ず話すことを約束して仲直りをすませた俺と朝凪は、ひとまず文化祭に向けて二人で頑張っていくことに。


「あ、海、真樹君おかえり~」


「遅かったね、お二人さん。もしかして、二人きりなのをいいことにイチャイチャしてたり――とかっ!??」


「――残念、空き缶の中身の掃除でした。新奈、ちゃんと中身洗ってって、私頼んだよね? ねえ?」


「す、すません……ってか、なんかいつもよりパワフルになってるような……」


 天海さんの横をかすめ、綺麗になった空き缶が新田さんの額にクリーンヒットする。まあ、掃除の方は意外と早くなったので、遅くなった原因は、新田さんの推察通りみたいなところはあるが。


「えっと……とりあえずA~F列までで必要な分持ってきてるから、設計図通りの順番で空き缶を紐に通すってことで」


 朝凪が新田さんをシメ……注意している間に、俺は他のメンバーに指示を出す。


 それから、天海さんにも。


「あ、そうだ、天海さん。色の関係で、ちょっとデザインを変更したいところがあるんだけど、話いい?」


「? うん。そこは真樹君と海にお任せだからいいけど、具体的には?」


「ここじゃ作業の邪魔だから向こうで話そうか。朝凪さん、こっち来て」


「……あ、うん。わかった」


 なんでもない様子で朝凪が応えるが、いつもより微妙に声が震えている。


 それで天海さんも、これから何の話をするのか察したようだ。


 持ってきたゴミ袋の片づけをするふりをしつつ、話がクラスメイト達にもれないよう、三人で教室の外へ。


「朝凪、ほら」


「う、うん」


 俺に背中を押されて、朝凪が天海さんに一歩近づく。


「……海?」


「夕……その、この前のことなんだけど」


「……うん」


「忘れて、とか変なこと言ってゴメン。その、前原とのこと隠してた理由、ちゃんと話すから……だから、もうちょっとだけ待ってて」


「うん。いいよ」


 ためらいながら絞り出した朝凪のお願いを、天海さんは即答で受け入れた。


「え……い、いいの? 私、ずっと夕にひどいことしてたのに」


「当たり前じゃん。だって、私たち親友でしょ? 親友がそうするっていうんなら、私はその通り待つよ。海が私に言いたいってちゃんと思ってくれるまで、ずっとね」


 これまでずっと蚊帳の外で、恨み事の一つもあっていいはずだが、それでも天海さんは、いつもの天海夕が見せる屈託のない笑顔でそう答えた。


 もしかしたら、天海さんも根っこのところは俺とそう変わらないバカのお人よしなのかもしれない。


「だってさ。良かったな、朝凪」


「うん……ありがとね、夕」


「気にしないで。困ったときはお互い様、でしょ?」


 とりあえず、これでなんとか文化祭までは乗り切れそうだが、しかし、そうなると文化祭で何がわかるのかが気になる。いったい、その日に何があるというのか。


「あ、それから前原もありがとね」


「俺はついでかよ」


「ついでだよ。決まってんじゃん」


「うわ、ひでえ」


「へへ、まあ、感謝はしてるよ」


 そう、朝凪はこれでいい。いつもはクールな皆のまとめ役で、でも、たまに俺のことをからかっていたずらっぽい笑みを浮かべる――それが、俺の知っている朝凪海という女の子だから。


「じ~…………」


 すでにバレているのでいつもの調子で喋ってしまったが、気づくと、そんな俺たちの様子を天海さんがじとっとした目線を向けている。


「ねえ、海、真樹君」


「……な、なに、夕?」


「な、なんでしょう?」


「二人ってさ、まだ友達になって三か月とかそのぐらいだよね?」


「え、えっと、まあ……」


「……そんな感じ、ですけど」


「…………」


 戸惑う俺と朝凪の顔を交互に見て、天海さんが難しい顔をしている。


「二人はさ、」


「うん?」


「はい」


「友達、なんだよね?」


「「そ、そうだけど……」」


「ん~……んぅ?」


 ハモってしまったところで、天海さんの顔が一層険しくなった。


 これまでのことを考えると、確かに異性の友達同士ではやらないことをやってるかもしれないが、しかし、だからと言って恋人というわけでもない。


 それだけは確実だからこそ、俺と朝凪は同じ答えなわけで。


「……まあ、いっか。それとこれは関係ない話だし、とりあえず、今のところはそういうことにしておいてあげる」


「う、うん……」


「あ、ありがとう……?」


「はい、どういたしまして。……ってことで、話も終わったことだし、これからまた三人で頑張ろっか! ほら、海、真樹君。教室戻って皆の指示しなきゃ」


 時折暗い顔を見せていた天海さんが完全に元気を取り戻したところで、雨降って地固まるにはまだもうあと一歩ということころか。


 文化祭までは後三週間ほど――待ち遠しいやら、待ち遠しくないやら。


 ということで、クラスの指揮はいったん朝凪と天海さんに任せて、俺のほうは倉庫の鍵を返却するため職員室へ。


「八木沢先生、鍵を」


「ん? お、ありがと前原君。お仕事ご苦労さま。作業はどう? 順調?」


 こちらは色々大変だが、先生は気楽そうにコーヒーをすすっている。


 八木沢先生は知る由もないが、この人のおかげで、孤独だが平穏に過ごすはずだった俺の学園生活は散々だ。自己紹介の時といい、実行委員決めの時といい……いや、あれはくじなので言いがかりかもしれないが。


「あ~……まあ、ぼちぼちですかね。でも、もしかしたら前日は泊り込みになるかもなので、申請用紙だけもらっておいていいですか」


「あいよ。んじゃ、明日コピーして渡すようにする」


「では、失礼します」


「はいはい。……あ~、前原君、ちょい待ち」


「? はい」


 もう用事は終わったはずだが、まだ何かあるらしい。


「今の前原君、疲れてるけど、いい顔してるね。入学式の時より随分マシになった。かっこいいよ」


「……そっすか。じゃあ、失礼します」


「あれ~? なんかそっけなくない?」


「これがいつもの俺です。……それでは、皆が待ってるので」


 先生が何か言っているのを無視して、俺はさっさと職員室を後にする。


 疲れているけどいい顔……そんなわけないだろう。まったく、あの人の言うことはわからない。


「……かっこいい、か……」


 スマホの液晶画面を鏡がわりにして、自分の顔を見る。


「……かっこいい、か……?」


 ……どこが格好いいのだろう。ため息が出るぐらい冴えない顔しかない気がするのだが。

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