第47話 手を握って
その後は俺も朝凪も天海さんも、先日のいざこざなど気にする暇もないほどに慌ただしい日々を過ごした。
文化祭近くで学生たちがそれなりに忙しいのを知っているくせにたんまりと課題を出してくる先生たち、そして、予想していた通り、遅れ始める展示物作成――気づいたらあっと言う間の三週間だった気がする。
そして、ついに文化祭当日。
「……で、」
「できたぁ……!」
予感的中とばかりに、文化祭の前日は、クラスのほぼ全員での泊り込みでの作業を余儀なくされた。作成途中で紐に缶を通す順番を間違えたり、クラスの男子たちがふざけて遊んでいたとき、不注意で缶を踏みつぶしてダメにしてしまったりと、とにかく困難続き。
だが、それでもなんとかなってしまうものだから、不思議なものである。
屋上の柵に、間違いのないよう順番に紐をしっかりとくくりつけ、ぶら下げる。設計図通りではあるものの、自分たちの手作りである以上、どうしても多少のゆがみは出てしまう。
上手くいってくれればいいが。というか、そうなってくれないと困る。
せめて、削った睡眠時間分は報われてくれないと。
「……夕、どう?」
全て吊り下げた後、朝凪は、現場から離れたところにいる天海さんへ電話を掛ける。モザイクアートは遠くから見てこそなので、出来栄えのチェックだ。
豆粒みたいに小さくなっている天海さんと他グループ数名は、その体をいっぱいに使って、
『O、K――』
とジェスチャーしてくれた。
その瞬間、ふっと全身から力が抜けた気がした。
時刻は午前8時。校門が開くのは9時なので、わりとギリギリの完成である。
「ふぅ……なんとか終わったか……」
「だね……」
一睡もしないということにはならないよう、俺も朝凪も交代で仮眠はとったものの、初めての泊り込みの作業だったり、時間との勝負で焦っていたせいもあって寝付けるわけもなく。
天気は雲一つない秋晴れで、屋上を優しく照らす朝の日光が瞼にしみる。
「前原」
「なに?」
「今の気持ちを一言でどうぞ」
「もう文化祭どうでもいい、早く帰って寝たい」
「右に同じ……まだ寝ちゃダメだけど。特に私は」
だが、実行委員なので、あともうひと踏ん張りしなければいけない。文化祭中は校舎の見回り当番もあるし、終わってからも片付けの仕事は残っている。
それに、約束していたあのことについても。
「ところでさ、今日だよな、話って。いつぐらいになる?」
「う~ん、時間はわからないけど、多分昼ぐらいになると思う」
ということは、午前中いっぱいは自由時間か。
喫茶店をやるクラスなどと違って、ウチは展示物だし、展示場所も関係者以外立ち入り禁止の屋上なので、展示物にいたずらされないようにといった見張り番を立てる必要もない。
中学時代と較べると、高校の文化祭はかなり大規模なものだから、一応見て回りたい気持ちもあるが……今はそんなことよりとにかく寝たい。
「……前原、すごく眠そうだね」
「ああ。瞼閉じたら数秒で落ちる自信がある」
「そんなにか。……でもま、前原、頑張ったもんね」
「うん。俺、めっちゃ頑張ったよ」
自分で言うのもなんだが、よくぞここまでやり遂げたと思う。朝凪や天海さんがずっとサポートしてくれたのもあるが、それでも、展示物のネタ出しから、会議への出席、皆の意見のとりまとめに指示、学校側との交渉etc……ただ空き缶を集めてそれを展示物にするだけでも、その裏側では色々な調整が必要だった。
今までこういった活動には非協力的だったぼっちの俺が、まさかこうして校内外を駆け回ることになるとは。それも、途中で息切れすることなく、しっかりと走り切ったのだから、自分でも驚きである。
「朝凪」
「……うん」
「こんなぼっちの俺でも、ここまでやれたぞ」
「うん」
俺みたいな引っ込み思案でも、腹をくくってしまえば出来たのだ。
だからそれを、朝凪海が出来ないわけがない。
「いつもみたいに、堂々としてればいいんだ。はずれくじを無理矢理押し通した時みたいなクソ度胸でどっしり構えて、天海さんに向かっていけばいい」
「……うん、わかってる。わかってるけど……でも、もし、それで全部ダメだったら……」
俯いて、朝凪がぼそりと不安を吐き出した。
これまで付き合ってみて少しずつ分かってきた。強いように見えて、何事にも動じないように見えても、時折、繊細で臆病なところが顔を出す。
見えない空気を必死に読んで、自分が嫌われないように自分を押し殺して――そうして、一人で思い悩んでしまう。
朝凪海は、そういう一面ももった女の子なのだ。
「どうしよう、前原。私、今、すごいビビってる。全部話して、それで夕にも、それから前原にも引かれちゃったらどうしようって」
きゅっと握られた朝凪の手が小刻みに震えているのは、肌寒い風のせいだけではない。
ここまで来て、俺が朝凪のことを嫌いになることなんてあり得ない。朝凪だって、それはわかっているはずなのに、それでも『もしかしたら』と考えてしまう。
片やリア充で、片やぼっちのコンビだが、周りの人の有無だけで、俺と朝凪は根っこのところまでそっくりだと思う。
なぜ、こんな似た者同士の二人が友達になるのに、ここまで時間がかかったのだろう。
いや、ここまで時間がかかったからこそ、俺と朝凪はこの短期間の間で、ここまで仲良くなれたのかもしれない。
「朝凪、一つお願いがあるんだけど、いいか?」
「え?」
「……あのさ、朝凪が嫌じゃなければで、いいんだけどさ」
そうして、俺は朝凪へ向けて手を差し伸べ、言う。
「手、繋いでもいいかなって」
「え? て、手?」
俺の言葉が意外だったのか、朝凪は自分の手と俺の手を交互に見つつ、ぱちぱちとしきりにまばたきしている。
「あ、いや……その手、なんか冷たそうだったからさ。あっためてやろうと思って」
「……もしかして、私のこと、元気づけようとしてくれてるとか? 生意気にも」
「生意気は余計だ。……やらなくていいんなら、別にいいけど」
「やっ、やらないとは言ってないでしょ」
そう言って、朝凪はすぐさま俺の差し出した手をとった。
そして、思っていた通り、朝凪の手はとても冷たくて。
「……へへ」
「なんだよ」
「いやその……前原の手、あったかいなあって」
「それはどうも。というか、朝凪の手が冷たすぎるんだよ。緊張しすぎだ」
「……そうかも。じゃあ、リラックスしなきゃ」
手を繋いだまま、朝凪は顔を上げて深呼吸を繰り返す。
「すう……うん、ありがと。おかげでちょっとだけ落ち着いた」
「そっか。なら、もう大丈夫だな」
「うん」
朝凪の手の震えはおさまったので、もう手を放してもいい頃合いなのだろうが。
「朝凪、手、もう放してくれていいけど」
「ま、前原こそ、もういいよ」
「…………」
「…………」
互いの手の温度の違いを感じつつ、しばらくの沈黙の後。
「……あのさ、朝凪」
「な、なに?」
「ここ意外と寒いし、もうちょっとだけこうしておくか」
「う、うん、そう……だね。寒いし、それに、今は二人きりだしね」
そう適当に言い訳をして、俺たちは、集合時間が来るまで、そのままの状態で過ごすことにした。
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