第40話:レスキュー! 飛べ、牛黒瑠璃!


(マジ、どうしよう……どう選べば……)


 現代に居た時でも女性用衣類店などへは、いっさい踏み込んだことの無い一馬は、どこをどうみたら良いかよくわからなかった。

 

「先輩、マジで俺が選んでも良いんですか?」

「マジだ。私達のリーダーは一馬君な訳だし、戦いや今後の仕事のことも含めて頼むよ」


 瑠璃は笑顔を浮かべて、それっきり黙り込む。もはや助け船は望めない。

やるっきゃない! と、一馬は店内をぐるりと回り始めた。


「へぇ、こんなのも……」


 と、不意に目に留まったのはどこからどうみても”メイド服”なるもの。

 

(ニーヤに似合いそうだな)


 などと考えていると、服の裾が引っ張られた。


「先輩?」

「こ、これが良いのか……?」


 フードを深くかぶった瑠璃が声を震わせながら聞いてきた。


「まぁ、興味が無いわけでは……」

「わかった! 頑張るっ!」


 瑠璃は少し大きめのメイド服を手に取ると、脱兎のごとく駆け出して、試着室カーテンの向こうへ消えてゆく。

 ややあって――

 

「おっ、これは……!」

「ど、どうだ? 理想通りか?」


 瑠璃は黒を基調にしたスカート丈が異様に短いメイド服を着て、声を震わせている。

 やっぱり瑠璃はローブを脱ぐと、出ているところがはっきりと強調されて、スタイルの良さがありありと示された。

 しかし同時に、こんな格好をしていると、なんだかいけないお店のお姉さんのような、何かのような……。


「まぁ! お客様! 良くお似合いですよ!」


 と、登場したのは服屋の定番!……らしい、やたらと声をかけてくる店員さん。


「そちらは見た目は可愛いですけども、家事スキルを付与するのはもとより、耐火・耐寒をも付与する優れものですよ!」

「家事スキルはなんとなくわかるが、そんな性能も? この短いスカート丈でか!?」


 瑠璃がそう聞き返すと、店員さんはニッコリ営業スマイル。


「お肌の防御は安心安全! こちらは霊獣と称される、麒麟の毛を惜しげもなく使っていますので、これを着ているお客様の潜在魔力が、お客様のお体を大事に大事に保護いたします!」

「な、なるほど……確かに体に力が漲るような……」


 瑠璃の表情を見て、店員さんはまたまた営業スマイル。


「こんなに可愛くて、しかも様々な特典満載の女給メイド服、本来なら金貨2枚のところを、今なら特別、金貨1枚! 金貨1枚の特別ご奉仕価格ですっ! お買い得ですよ? 今しかチャンスはありませんよ? いかがですか!?」

「う、むぅ……」


 瑠璃が視線で問いかけてくる。

 金貨よ南無三。一馬はポケットの中で、金貨を握りしめる。


「買っちゃいましょう。性能もいいですし……結構似合ってます」

「わ、わかった。一馬君がそういうのなら……」


「さすがです旦那様! あっ、そうそう、この鎧には付属品として、鎧を一瞬で着せ替えできる特製のカチューシャがありまして! 呪文も簡単、"プラスアップ“の一言で、あっという間に女給服の装着完了です! 単品でしたら金貨1枚のところを、購入してくださった、今だけ大銀貨8枚で……!」


……

……

……


「先輩、本当にコレで良かったんですか?」

「一馬君が、いいと言うのなら私は……」


 とは言いつつも、やはり給仕鎧なるメイド服にはやや抵抗があるらしい。

しかしこれ以上、使える予算はない。


(またお金貯めて、もっと先輩が気にいるような服を買わないとな……)


 そんなことを考えつつ、次の目的地を目指して歩き続けていると、鼻が焦げ臭い匂いを感じ取った。

周りにいる人たちも慌ただしく走り出している。


「火事だってよ! 向こうの宿屋で!」

「子供が取り残されてるって!? あそこ、5階建てだろ!?」


 不穏な話を意図せずとはいえ聞いてしまった。

無視をしても構わないのだが、そうしようとすると胸がざわついて仕方がない。


「行ってみましょう」

「ああ!」


 瑠璃も同じ思いだったらしい。

一馬と瑠璃は通りを駆け抜け、もくもくと上がる黒煙を目指して駆け抜けてゆく。


 現場には見上げることしかできない群集と、真っ赤な炎に包まれた高い建物。

その最上階のテラスでは、少年が炎を背に蹲っている。泣いているのだろうが、悲鳴が聞こえないほど火勢が激しい。


「だ、誰か、助けて! お願いしますっ!! お願いしますッ!」


 母親らしい女性が群集へ必死に訴えかけているが、群衆はどよめくばかりで動き出そうとはしない。

どうやら憲兵隊か、冒険者の救助を待っているらしい。

 確かに勇気と無謀を履き違えて、二次災害を引き起こす可能性はある。


 しかし火の勢いは刻一刻と増し、黒煙が次第に少年の姿を消し去ってゆく。


「一馬君、こう言う時こそ!」

「ですね!」


 一馬は意識を集中させた。

 かなり離れたところに彼が自在に操れるアインはあるのだが、それでも巨大人形が膝を持ち上げて立ち上がり、駆け出すイメージが頭の中へ流れ込んでくる。

 アインの身長ならば、少年をこの窮地から救い出すことができる。


 その時、大きな響めきと、ガラスが砕ける音が響き渡った。


 宿屋を包み込む炎がさらに勢いを増し、何枚もある窓ガラスが砕け散っていた。


「一馬君、アインはまだなのか!? このままでは……!」


 瑠璃は切迫した声をあげた。

 急ぎたいのは山々。一馬も必死にアインを引き寄せているものの、予想外に人通りが多く、思った通りの速度で進めないでいる。


(くそっ、こんなときに……!)


 不意に一馬の横で長い黒髪が靡いた。


「先輩、何を……?」


 一馬は一歩前に出た瑠璃の背中へ問いかける。

 彼女は購入したばかりの白いフリルの付いたカチューシャを強く握りしめた。


「なるべく早くアインを頼む!」

「先輩っ!」

「ええい、ままよ! プラスアップ!!」


 刹那、カチューシャをつけた瑠璃が荘厳な輝きに包まれた。

 ナイスプロポーションを覆い隠す黒いローブが光の粒となって消え、瑠璃は一瞬公衆の面前で、あられもない姿を披露してしまう。

だが野郎が鼻の下を伸ばすよりも早く、フリルの付いた上着が、丈の短いスカートが、そして謎のエプロンが、リボンが装着され、早着替えは完了。


 突然、光の中から女給メイドが現れたのだから、誰もが唖然である。


「どけぇぇぇ! 道をあけろぉぉぉ!」


 瑠璃は顔を真っ赤に染めながら走り出し、迷わず炎の中へと飛び込んでいった。


 ガシャン、ドタドタ、バリバリ、ドッカン、ガガシャン!!

軽快な破砕音が、目の前の火災現場から響き渡る。

 そして少年がうずくまるテラスから三つほど離れた窓ガラスが蹴破られ、件の黒メイド――牛黒、瑠璃が姿を表す。


「と、飛んだぁ!?」

「無茶だぁ!?」

「スカートは黒でも中は白か……」


 そんな群集の声を受けながら瑠璃は、少年のいるテラスへ向けて跳ぶ。

 傍目に見ても驚異的な跳躍である。しかし、それでも飛距離は足りない。

すると、瑠璃は壁面を叩いた。


「錬っ成ぇーっ!!」


 瑠璃の大絶叫が響き渡り、壁が迫り出して、新たな足場が形成された。

彼女はそれを足掛かりにもう一度跳び、少年のいるテラスへ舞い降りた。


 群集の歓声が弾け、拍手喝さいが沸き起こる。

 無事少年を保護した瑠璃は、彼をしっかりと抱きしめ一馬へ向けて大きく手を振る。

 刹那、テラスの床へ罅が走り、一瞬で崩壊した。


「ヴォッ!」


 落下する瑠璃と少年を間一髪のところで間に合った巨大人形アインの右腕が受け止めた。

 建物が崩壊したことで空気を含んだ炎が更に勢いを増す。

 真っ赤な炎がアインへ、瑠璃へ、たむろしている群衆へ迫る。

 

「アイン、シェルバリア!」

「ヴォッ!」


 アインが虹の盾を構えると、そこから虹色の輝きが湧き出た。

 それはカーテンのように広がり、真っ赤な炎を寸前で受け止め、閉じ込める。

 熱さえも遮断し、目の前の炎が映像か何かではないかと錯覚させる。


 さらなる歓声。そして盛大な拍手。


 そんな中、アインの上空を背中に憲兵を乗せた飛竜が過った。

 口から水を吐き出し、虹のカーテンで遮られている炎をすぐさま鎮火させるのだった。


「マスター! 急にアインを動かしてどうしたのですか!?」


 路地から現れたニーヤは状況がわからず、視線を右往左往させていた。


「まぁ、色々とね」


 アインを膝まづかせると、少年は泣き叫びながら母親の腕の中へ収まった。

 煤だらけの瑠璃は笑顔を微笑ましそうに見つめていたが、膝から力抜けてくず折れだす。

一馬は間一髪のところで、瑠璃を受け止めた。

 ポロリとカチューシャが落ちれば、女給服は光の粒となって消え、いつもの黒いローブに戻る。

一瞬、瑠璃のあられもない姿がみえたような、見えなかったような。


「お疲れ様です、先輩。カッコよかったですよ」


 瑠璃は一瞬フードを被るような動きをするも、止めてため息を着く。。


「ありがとう。しかしこの装備はアレだな、性能は良いがあまり長い時間は使えんな……」

「時間制限って、変身ヒーローとか魔法少女のあるあるじゃないですか」

「それもそうだな」

「メイドのお姉ちゃん、ゴーレム使いのお兄ちゃん、ありがとう!!」


 助け出された少年は元気な声で礼を叫ぶ。

それを合図に、歓声がヒートアップした。


 誰もが瑠璃とアインへ称賛を送り、暖かい空気が充満してゆく。


「こういうの悪くないですね」

「そうだな」


 これまでずっと嫌われ者だった2人は互いに笑みを浮かべあって、この瞬間の喜びを噛み締める。


 そんな中、不意に一馬の裾がひかれた。

どうせ、仲間外れにされてニーヤが寂しがってるのだろうと思って視線を向けると、


「うっ、うっ、ひっく……かじゅまぁ……なんで、ここにいるのぉ……?」

「ド、ドラ!? なんだよお前こそなんで……」

「ここで会ったのも何かの縁だよぉ! 力を貸してよ、かじゅまぁー!!」


 赤いゴーレム使いの少女ドラグネット=シズマンは、涙を流しながらそう叫んだ。

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