第41話:嫌われ者のドラグネット=シズマン


「これは?」


 赤髪のゴーレム使い:ドラグネットは、突然顔を俯かせたまま2枚の金貨をテーブルの上へ置く。

 ゆっくり話そうと、たまたま近くに見えた食事処へ入った途端これである。

 

「うっ、ひっくっ……」

「泣いてばっかじゃわかんないって。パパを助けてほしいってどういうことだ?」


 一馬は努めて優しく問いかける。

 するとドラグネットは目元をダボダボの袖でごしごし擦って涙をぬぐう。

 だいぶ長い間泣いていたみたいで、目元や鼻が真っ赤になっていた。

 

「家に帰ったら、パパが居なかったの。そしたらみんな、パパは廃都市へ聖騎士の冒険者と向かって、もう10日も帰ってこないっていうの。死んじゃったんじゃないかって、いうの。あそこにはドラゴンゾンビがいるし、きっとそうだって、みんなが……ひっく……」

「そういう依頼でしたらまずは冒険者ギルドに頼むのが一番ではないのですか? 何故、いきなりマスターへ直接頼むのですか? はむ!」


 ニーヤは鋭い言葉を吐きつつ、この店の名物らしい安くて、そこそこの味で、盛りが尋常ではない肉野菜炒めを頬張った。


「したよ。掲示もして貰ってるよ。……でも……」


 ドラグネットは唇をかみしめ、悔しそうに言葉を擦りだす。

 何かがあったのは明白だった。

 

「すまない、待たせたな」

「お帰りなさい、先輩。幾らぐらいになりましたか?」

「占めてミスリルスネークの討伐報酬も含めて金貨12枚だ。全く、大した稼ぎだよ」


 ギルドでの清算を代行しにくれてっていた瑠璃は機嫌が良さそうに微笑む。

 しかし、肩を震わせながら泣きじゃくるドラグネットを見るや否や、隣に座り込んで肩を抱く。

 

「事情は掲示板を見て把握した。辛かったな。でも、もう大丈夫だから……」


 瑠璃がそっと髪をなでると、ドラグネットはゆらりと彼女へ身を預けた。

 

「一馬君、私からもお願いだ。是非、ドラの依頼を引き受けてやってほしい。頼む」

「ま、まぁ、ちゃんと報酬も提示して貰ってるし、断るつもりはないですよ」

「ならばニーヤ君の食事が終わり次第ギルドへ向かおう。まだ依頼は掲示中なので、ダブルブッキング……してはいけないのでな」


 何故か瑠璃は言葉を詰まらせる。

 きっと、ギルドへ向かえばその答えがある筈。

 そして同時に、覚えのある感覚に、一馬は嫌な予感を抱くのだった。

 

●●●


 トロイホース冒険者ギルドは比較的巨大な施設で、様々な職業ジョブの冒険者で溢れかえっていた。

 まるでゲームの中へさまよいこんだかのような錯覚を覚えつつ、一馬はドラグネットの依頼が張り出されているという巨大掲示板へ向かってゆく。

 

「おっ、これこれ! あのゴーレム使いのドラグネット=シズマン様からの噂の直接依頼書!」

「あのチビ、生意気なんだよな! 誰が受けてやるっての!」


 男の冒険者はピン止めされているドラグネットの依頼書を無理やり引きはがす。

 そして端が破けた依頼書を再び掲示板へと戻した。

 

 きっとそんなことが繰り返されたのだろう。

 ドラグネットの依頼書はズタズタに引き裂かれていて、他のものよりも明らかに見すぼらしい。

 

「金貨2枚か。うーむ……」

「止めとけ止めとけ。シズマンっていったらこの辺りじゃ有名なヘンテコ親子だぜ?」

「あの生意気なチビか。あいつと関わるとロクなことねぇからな……」


 誰もがドラグネットの依頼書に目も止めず過ぎ去って行く。

 

「なぁ、ドラグネットの親って娼婦らしいぜ?」

「あーそれな。だからあんな糞みてぇな性格してんだな」

「まぁ、でも娼婦の子供ってこったぁ、あっちも教えこみゃとっても上手に……」

「でたでた、お前の妙な趣味。まぁ、顔だけはいいからなぁ」

「違うもん……」


 ドラグネットはぎゅっと一馬の袖を握り締めてくる。

 

「パパは立派なゴーレム使いで、死んじゃったママはそんなパパを大好きになった普通の魔法使いだもん……娼婦じゃないもん……」


 そう悔しそうにつぶやくドラグネットを瑠璃はそっと撫でる。

 そんな二人の様子を見て、一馬の胸へ痛みが去来する。

 

 勝手で、独り歩きする悪意のある噂。しかしそれが広まってしまえば、本人の意志とは関係なく、まるで真実かのように広まってしまう。

 

「破っちまおうぜ?」

「さすがにそれマズくね?」

「いやいや、こんなボロなんだから自然と落ちちまったってことにすりゃばれねぇよ」

「おっと、失礼!」


 タッチの差で、男の冒険者よりも先に一馬が依頼書を手に取った。

 軽く突き飛ばすようになってしまったが、仕方がない。

 

「な、なんだ、てめぇ後ろからいきなり奪いやがって!」


 男の冒険者は踵を返すなり、眉間に皺を寄せて、拳を振り上げる。

 しかし青白い光の刃を喉元へ突きつけられ、ぴたりと動きを止めた。

 

「いきなりの暴力は感心しません。これ以上、マスターへ狼藉を働くならば、この場で喉を切り裂きます」


 ニーヤは鋭い視線で男の冒険者を見上げる。

 

「こちらも後ろからいきなりすみませんでした。もしも受けるつもりだったら譲ります。どうしますか?」

 

 一馬が依頼書を差し出すと男たちは唾を吐き捨て、その場から去った。


「ありがとうニーヤ」

「いえ!」

 

 確かにドラグネットは生意気で、やかましくて、お世辞にも態度が良いとは言えない。

 一馬だって何度も喧嘩を吹っかけられて迷惑をした。

 みなに嫌われても、仕方がないことをきっとドラグネットはし続けてきたのだろう。

因果応報、天罰覿面。

 しかし袖振り合うも他生の縁という言葉もある。

 

 第一、相手が弱っているからと言って、これを機会にと、寄ってたかって痛めつけるのが許せなかったのである。


 一馬は依頼書を握り締め、歩き出す。

 そして、ポカンとした表情で一馬を見ていたドラグネットへ、少し腰を折って視線を合わせた。

 

「なぁ、ドラ。なんでみんな、お前の依頼書を手に取らないか分かるか?」

「それは……」

「わかってるなら正直に言ってみろ。じゃなきゃ、俺も受けてやらない」


 ドラグネットは救いを求めるように、瑠璃を見上げる。

 しかし瑠璃は首を横へ振るだけで、何も言おうとはしない。

 

 ドラグネットはローブの裾をギュッと握りしめた。

 

「あ、あたしが……悪い子だから……生意気で、態度が悪くて、いっつもみんなに迷惑かけてばっかだったから……」

「そうだな。俺もお前には散々迷惑かけられた。そんときは俺も頭に来たし、こんな奴、なんて思ったりもした」

「……」

「でもこないだ一緒に働いて、なんとなくわかったんだ。ドラは実は結構いい奴なんだって。こうして出会ったのも何かの縁だし、知ってるやつが困ってるのを見過ごすなんて、後味の悪くなりそうなこと俺にはできない。だから今、この場で約束してくれ。もう二度と、生意気なこといったりしないで、態度を改めるって。良いゴーレム使いになるって」


 一馬はドラグネットの赤い瞳をじっと見つめ続けた。

 思いがしっかりと伝わるよう、真剣に。

 ややあって、ドラグネットは一馬を見上げる。


「約束する。もう二度と生意気なこといわない。悪い態度もとらない! あたしはカズマのような優しいゴーレム使いになる!」

「まぁ、俺が優しいかは置いといて! 信じてるぞ、ドラ!」


 一馬はポンとドラグネットの頭を撫で、踵を返し、今度こそ受付カウンターへ向かってゆく。

 

「あの、マスター、あの程度で良いのですか? 言葉だけで信じるのですか?」


 続いてきたニーヤは怪訝そうにそう意見を述べた。

 

「だってドラのやつ泣いてたんだぜ? きっと誰も力を貸してくれなくて、悔しかったり、悲しかったりしだんだろうよ。痛みはもう十分分かってるさ。だから、俺はドラの涙を信じる。アイツは案外良い奴だからな」


 数は少なくても構わない。ほんの少しでもいい。味方になってくれたり、信じてくれる人がいれば。

 一馬自身も、ゲオルグが、瑠璃が、そしてニーヤが味方になり、信じてくれていたからこそ、今こうして前向きに進んで行けている。

 ならば今度は一馬がそうする番。孤独に喘いでいた、ドラグネットの味方になる。彼女の言葉を信じて。


「マスターはホント、お優しいを通り越して、お人よしですね」

「かもな」

「でも……そんなマスターは素敵だと思います。やはり貴方のような方に起動していただいて光栄です」

「ありがとう。今後もその期待に応えられるよう頑張るよ」


 受付へたどり着いた一馬は、ボロボロになった依頼書を叩き置く。

 

「この依頼クエストの受付を頼みます!」

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