第32話:耕作放棄地


食堂にやってきたニーナは、パタパタと駆けだした。

そしてぴょんと跳ねて、一馬の隣の席へ座り込む。


「どうしてワタシを起こしてくれなかったんですか? 危険があったらどうするんですか?」

「いや、ここが危険な訳ないだろ?」

「そんなのわかりません! もしかしたらまたあの変なゴーレム使いが襲ってくるかもしれないんですよ!?」


 ドラグネットは昨晩コテンパンにしたので、そんなことは無さそう。

 ここの村の人たちも、良い人ばかりなようなので、危険は正直なところあまり感じない。

 

「わかった、わかった。これからは気を付けるよ。心配、サンキューな」


 しかし心配してくれることはありがたいこと。その意味も込めて、ニーヤの頭をワシワシと撫でる。

 されたニーヤは鉄面皮ながらも、眉から力が抜けている。

どうやらご満足、のようだ。 


「一馬君とニーヤ君は本当に仲が良いな」


 瑠璃は微笑ましそうな、しかしほんの少し寂しそうな視線を寄せている。

 

「仲良し以上です! マスターとワタシは一心同体ですからっ! ねっ、マスター?」

「一心同体っていうか、なんていうか……」


 主人とペット……と、言いかけたが、あらぬ誤解を招きそうなので、やめておいた。

 やはり信頼できるパートナー辺りが妥当か。だけど、それもなんかヤラシイ雰囲気ではないか。


 どう答えるべきか、頭を抱えている中、瑠璃は机に散らばった書類をまとめて、立ち上がる。


「先に失礼するよ」


 もしかするとニーヤのつっけんどんな態度に、気を悪くさせてしまったのかもしれない。


「せ、先輩! 良かったら、一緒に飯でも!」

「ありがとう。しかし私はもう済ませたから、先に部屋へ戻っているよ。ここのパンとハムエッグは美味しかったのでお勧めだ」


 瑠璃はそそくさの一馬を下を後にした。


(マジ、これなんとかしないとなぁ……)


 三人で旅をする以上、この問題は解決せねば。

 だからといってニーヤを悪くいうわけにも行かないし、瑠璃は瑠璃なりにニーヤへちゃんと向き合ってもいる。

いまだ解決の糸口は見えてはいないのが現状だった。


「マスター! マスター! 良い匂いがします! 補給を具申! 具申しますっ!」


 と、そんな中、平常運転中のニーヤだった。

なんとなく、ニーヤにしっぽがあったら、ブンブン振っていたことだろう。


 まさに、ご主人様大好きな犬、である。


 

●●●



 村から大分進んだ山の中。

 アインの肩に乗って悪路を進むと、ばぁんと空が開けた。

同時に鬱蒼と生茂る、背の高い雑草や、ぐるりと絡まった蔓なども。

大きな草の塊のようなものがあるが、これはなんなのか。


「ふむ、ぶどうと似たものを栽培していたようだな」


 瑠璃は草の塊を見上げながら、草を掻き分け、奥の支柱を曝け出す。


「この栽培方式は棚栽培と言って、日本ではぶどう栽培にもっとも多く適用されていた仕立て方なんだ。ソロシップ地方は日本と同じような気候だからな」

「へぇ、先輩詳しいですね」

「親戚がぶどう農家だったからな。主人、ここの片付けをすれば良いのだな?」


 瑠璃はアインへ同乗していた、依頼主の若い男へ問いかける。


「棚を撤去して、雑草を刈ってほしいんですけど……」


 と、男はアインをやや不安そうに見上げた。

 見てくれは細く、全く頼りげのなさそうなアインの風貌に不安を覚えるのは当然か。

はたまた、請負料を基本料として金貨1枚と定めているためか。

もしくは"ゴーレム使い"がこんなつまらない仕事を本当に引き受けてくれるのかどうか。


「では早速始めるとしよう。一馬君、頼む」

「了解です!」


 一馬は意識をアインの動作へ集中させた。

ドスン、ドスンと、アインは石でできた足を蹴り出し、草むらをかき分けながら進んでゆく。


(まずはこの邪魔な棚っていうのを撤去しないと)


 五指のある右腕で草を掻き分け、中にある石の支柱を掴んだ。

そうして腕を動かせば、グルグル巻きついた蔓がブチブチ切れて行く。

支柱があっという間に地面から抜けたのだが、蔓の中からワイヤーのようなものが現れた。

どうやら支柱同士を繋げて、屋根のようになっているらしい。

支柱を撤去するのに邪魔なこと、この上なし。


「アイン、ワームアシッド!」

「ヴォッ!」


 アインはいまだに丸石でしかない左腕を掲げて、そこから強酸の液体を発射する。

酸はワイヤーを飴細工にように溶かして行く。

今度は重い石の支柱はあっさりと抜けた。


「一馬君、その調子で頼む!」

「了解です!」

「ニーヤ君、私と一緒に草刈りを頼めるか?」


 瑠璃は笑顔で、ニーヤに問いかける。

するとニーヤは鉄面皮で、瑠璃を見上げた。


「これはマスターのお役に立つことですか?」

「ああ、立つさ。とっても」

「……」

「無理にとは言わないが……」

「わかりました。雑草の殲滅に取り掛かります」


 ニーヤはパタパタ掛けて行き、光の剣をぶんぶん振って、草刈りを始めた。

 瑠璃もまた、まるで死神を思わせる巨大な鎌を錬成して、ニーヤに続く。


 一瞬、ニーヤのことだから「マスター以外の命令は聞けません!」というと思ったが杞憂だったらしい。


 アインは順調に石の支柱を撤去してワイヤーを溶かし、


「殲滅! 殲滅! 雑草、殲滅っ! 消えろ! 消えろ!」


 ニーヤは物騒な言葉を吐きつつ、真面目に草刈りを行い、


「さすがに暑いな……」


 瑠璃は鎌を肩に担いで、黒いローブの胸元をパタパタさせていた。

たしかに銀のラインは走っているものの、基本的には黒なので、炎天下での作業は応えるらしい。


「脱いだ方が良いんじゃないですか?」


 アインを操作しつつ、声をかけると、瑠璃は何故か頬を真っ赤に染めた。

 

「そうしたいのは山々なのだが……ないんだ」

「えっ!?」

「この下は下着以外なにも……」


 よく見てみれば、汗でぐっしょり濡れたローブが身体にぴったりくっついて、綺麗なラインが浮き出ている。

 いつもローブを着ているので分からなかったが、瑠璃は結構出ているところが出ていて、綺麗な曲線美である。

さすがにこれ以上、直視はしていられない。

 

「そ、それならそうと早く言ってくださいよ!」

「申し訳ない……」

「これ終ったら服買いに行きますからね! そのまんまじゃ熱中症になっちゃいますから、作業は適度で良いので!!」


 一馬は一方的にそう叫んで、アインの操作へ意識を戻す。

 背中へ少し暖かい感覚を感じるのは、日光のせいだろうか。


「す、凄い。こんなあっという間に……」


 依頼主がそう漏らすのも無理は無かった。作業を始めて、まだ一時間程度だったが、石の支柱はすべて撤去され、伸び放題だった雑草もほとんどが綺麗に刈り取られていた。

 

 しかし草が無くなれば、次の問題。

 長年放置されていた土地のため、土ががちがちに固まっていたのである。

 

「さて、ご主人、我々の力はこれでご確認いただけたことでしょう。ここでもう一つご提案です。すぐに農地として使えるよう耕耘も行えますがいかがでしょうか? 報酬は金貨一枚。いかがですか?」


 瑠璃はちょっとだけ妖艶な笑みを浮かべながら、依頼主へ問いかける。

 値段も破格だが、ローブから浮かび上がる瑠璃の綺麗な身体のラインの影響もあったのだろう。

 依頼主は迷わず、金貨を渡し、耕耘作業も依頼する。

彼の邪な視線に気づいていないのか、瑠璃は嬉しそうに金貨を受け取っている。


(無自覚なのか、なんなのか……先輩にも注意するよう今度言わないと!)


 なんだか、もやもやする一馬なのだった。


「一馬君、ニーヤ君! 追加の仕事だ! 私が指示をする! 耕耘作業を行ってくれ!」


 その時、一馬の隣にいたニーヤが背筋を伸ばした。

 

「接敵確認! 巨大な魔物、来ますっ!!」


 ニーヤの声が響き、辺りに緊張が走る。

 耳を澄ませてみれば、ドドド、と山の向こうから激しい音が聞こえてきている。

 

 やがて、目の前の木々が跳ね飛ばされてた。

 

「ブフォォー!!」


 姿を現したのは、身体が大きく、二本の鋭い牙を持ったイノシシ。

 

「ビッグワイルドボア!? なんで、こんなところに!?」


 主人は見た目そのまんまの名前を叫んでいた。

 

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