第31話:瑠璃からの商い提案


 意識が覚醒した一馬は目を開ける。寝起きはここ最近では一番良い。

 やはり久々に地面の上以外で寝たためか。

もっとも、一馬が寝ころんでいたのはベッドでは無く、ソファーである。

 この部屋にはベッドが二つしかないのだから、男として女の子に譲るのは当然。

 屋根があって、壁があって、背中が柔らかい。

ソファー就寝でも、野宿の何倍もマシである。

 

 夜通し、穴埋め作業を行って、その御礼にと宿屋へ無料で泊めてもらえている。

良いことはやっぱりしておくもんだ。

 そして役得がもう一つ。

 

「にゃむにゃむ……ますたぁー……」


 ベッドを譲ったはずなのに、ニーヤはまるで犬か、猫のように体を丸めて一馬に寄り添っていた。

 ホムンクルスなのに暖かく、ちょっとぷにぷにしているので、とても愛らしい。

それでも、なんとなく手が出せないのは多分……


(あれだ、ニーヤは、先輩が言った通り“犬”だ)


 かつて飼っていた犬も、こうして度々一馬の寝床へ潜り込んできては、一緒に寝ていた。

そのことを思い出すと、ニーヤへはまた別の愛らしさというか、親しみを覚えさせる。


 一馬は穏やかな寝息を上げ続けるニーヤの頭をポンと撫でると、ソファーから起きぬけた。

 

(先輩、どこ行ったんだろ?)


 瑠璃が眠っていたベッドは既にもぬけの殻だった。

 よく眠れたから、朝の散歩でも行っているのか。

 そんなことを考えながら、寝起きのガラガラ喉を水で癒すべく、一階にある食堂へと向かってゆく。

すると食堂の窓際の席に、見知った背中をみつけた。


「おはようございます、先輩」

「やぁ。しかし“おはよう”にはいささか遅い時間だな。もう昼だぞ?」

「マジですか?」

「ああ、マジだ。よく眠っていたね」


 一馬は瑠璃の向かいに座り込む。

 ティーカップを片手に、何か書き物をしていたらしい。


「なにか書いてたんですか?」

「情報の整理をしていてな」

「情報?」

「ゴーレムと、ゴーレム使いに関してだが……と、喉大丈夫かい?」


 カズマのガラガラ声を聞いて、瑠璃は手早く水を注文し、一馬へ差し出す。

ひんやり冷えた水を飲み干せば、喉の痛みが解消される。


「ありがとうございます」

「うん、いつもの良い声の一馬くんに戻ったな」


 瑠璃は嬉しそうに微笑んで、見つめてくる。

見れば見るほど、瑠璃は美人で、ニーヤとは違った方向だけども、女性としての魅力があると思う。

このままじっと見つめていると、いつまでも緊張が解けそうもない。


「そ、そういや、なんでゴーレム使いのことなんて調べてたんですか!?」


 一馬は瑠璃からわずかに視線を外して、そう聞いた。


「商いにできるのではないかと考えてね」

「商いですか?」

「当面は問題ないが、今後のことを考えると何かしらの金策が必要だと思ってね。まずはこれをみてくれ」


 瑠璃は目の前の羊皮紙を差し出してくる。

 字は人を表すとどこかで聞いたが、すごく綺麗な筆致だった。

 


★ゴーレムとゴーレム使いに関するまとめ★


【ゴーレム使役は高度な魔法なので、扱える魔法使いが少ない】

【ゴーレム使いは態度が悪い】

【ゴーレム使いはプライドが高い連中なので、地味な仕事を嫌がる】

【ゴーレムの知能は動物程度。臨機応変な対応が難しい】

【基本的に道具を扱えず、細かな作業に適さない】

【寡占状態なので、依頼相場は金貨3枚から】



「すごい! いつの間にこんなに調べたんですか?」

「ありがとう。一馬君が寝ている間に少しね」

「こちらこそありがとうございます。本当に助かります」


 改めて礼を言うと、瑠璃は柔らかな笑みを浮かべた。


 いつもこうして笑っていれば、クラスでも、兵団でも除け者にされなかったんじゃないか。

もっとも、瑠璃も一馬もお互い嫌われ者という立場だったので、こうして交流を持つことができた。

とりあえず、瑠璃のこうした表情が独占できているので、良いということにしておく。


「これをみて一馬君はどう思う?」

「なんていうか、上手くやれば商売になりそうですね」

「やはりそう思ってくれたか。さすがだ! この辺り、ソロシップ州は大型の魔物が多いらしく、高い金を仕方なく払ってゴーレム使いを雇っている人たちもいると聞く」


 一馬とアインならば、他のゴーレム使いよりも遥に難しい仕事を、破格で請け負うことができる。

良い金策ではある。しかし問題もある。


「でもどこから依頼を仕入れるんですか? 待ってたって依頼はそうこないと思います」

「案ずるな。こんなこともあろうかと、耕作放棄地があるとの話を聞き、その地主と簡単に商談をしてきた。成功報酬という形にはなるが、一度みてもらえることになっている。これが上手く行けば、足掛かりにはなるのではないかと思ってな」

「すみません、何から何まで……」


 心底感謝した一馬が頭を下げると、瑠璃は再び柔らかい笑みを浮かべて、ティーカップへ口をつけた。

妙に唇を意識してしまうのは、仕方がない。


「構わないさ。君が救い出してくれなかったら、私は生きていなかった。この程度では足りないよ」

「先輩……」

「君について行くと決めた時から、私は君に尽くすと決めたんだ。これからも遠慮せずに、たくさん頼ってもらえるとありがたい」


瑠璃のことをもっと知りたい――身近にいて、実は美人で、更に話も合う彼女へそう思うのはごく自然のことだった。


ロボットの他に何か好きなものはあるのか? 食べ物はどんなものが好みなのか? 

そしてなによりも、噂の真偽を確かめたかった。


 彼女は歳が相当離れた大人の男性と一緒にいるのを度々目撃されていた。

 恋人か、いわゆる“パパ”というやつか、もしくはもっと刹那的な。

 それがばれて、警察沙汰になって学校へ来なくなったから留年をした。

 

 牛黒瑠璃はビッチ、阿婆擦れ、汚い女。

美人だから、そういうことには事欠かないようには思える。



 これが彼女に対して囁かれていた"悪い噂"である。



 だけどこうして傍で過ごしてみれば、そんな悪い噂など信じる方がどうかしている。

 瑠璃はクールに見えるけれども、結構恥ずかしがり屋で、真面目で、良い人で、そして笑った顔がものすごく可愛い。 


 大方、吉川 綺麗あたりが、煌斗の幼馴染というだけで、ろくでもない噂を流したに違いない。

 ならばこそ、知りたい。本人の口から、真実を。

 今の瑠璃と一馬の関係ならばきっと応えてくれるはず。

 

「先輩」

「どうしたい? そんな怖い声を出して」

「知りたいんです」

「ゴーレムのことか?」


 一馬は首を横へ振り、そして瑠璃を見据えた。

 

「俺、先輩のことをもっと知りたいんです!」

「私の、ことを……? 本当に……?」

「こんなことで嘘なんて言いません。本当に先輩のことが、もっと色々知りたいんです!」


 瑠璃はいそいそと黒いフードを深くかぶって、顔を隠す。

 理由は分からないが、恥ずかしがらせてしまったのかもしれない。

 

「す、すみません、また俺……」

「こ、こちらこそすまない、なんだ、その……君だったら、良いぞ? 包み隠さず、なんでも応える。君のためだったら……」


 この機会を逃すわけには行かない。そうそうこんなチャンスはないかもしれない。

 一馬は意を決し、口を開く。

 

「知りたいんです、どうして先輩は……」

「マスター、勝手に離れられては困りますっ!」


 食堂へ響きのある声が広がり、一馬の言葉を遮断する。

 視線を傾ければ、そこにはニーヤがいて、眉を鋭く吊り上げていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る