第28話:ゴーレム使いのお仕事単価


(何かの交渉か?)


 目の前では魔法使いらしき赤いローブを羽織った人物へ、複数人の村人が込み入った話をしている様子だった。

 

「マスター、なぜ停止を?」

「さすがにあそこに割って入れないだろうが」

「ふむ、確かに。冷静な判断だよ、一馬君。私も状況が落ち着くまでここにいるのが最善だと思う」


 ニーヤも納得したのか、それ以上何も言わなくなった。

 一馬達は赤ローブの人物と村人とのやりとりが落ち着くまで、見守ることにするのだった。


「引き受けてやってもいいけど、こんぐらい……コホン! これぐらい支払ってくれないと」


 赤ローブは甲高い声でそう言って、左手を開いて見せる。


「き、金貨5枚!? さすがにそれでは……」

「嫌なら話はここまでだよー。あたしの自慢のギルバートの力を安売りしたくないからねぇ」


 赤ローブは脇に控えていたアイン程度の大きさの岩巨人――ゴーレムの足を叩きつつ、そう言い放つ。

 

 村人たちはどよめきだし、しきりに脇にみえる土砂へ視線を注ぐ。

 おそらく川だったのだろう、そこは土砂で塞がれていて、からからに乾ききっている。

 

 なんとなく状況がつかめた一馬だった。

 

「せめて4枚では!」


 代表らしき老人の必死な声を響かせる。

 が、赤ローブは「値切りは受け付けないよー」とふざけた調子でそう言って、首を縦に振ろうとはしない。


「高すぎる……」

「そうなんですか?」


 瑠璃は険しい表情で首肯した。


「金貨4枚といえば、煌帝国では平均月収だ」

「へぇ」

「君も兵団から支給されてただろ?」

「貰ったままでして……」

「倹約家なんだか君は。お金を大事にするのは良いことだと思う」

「そんな大したもんじゃないですよ。ただ使い道が分からなかっただけですので」


 それでも瑠璃は否定せず、笑みを返して来た。

 しかしすぐさま、ナイフのような鋭い視線で、赤ローブを睨み返す。

 

「土砂の撤去作業がどの程度の単価か知らんが、月収一か月分以上を要求するのはおそらく吹っか、やる気が無いかのどっちかだな」

「なるほど……」


 どこもかしこも、元々色々と持っている者は、どうしてこうも調子に乗るのか。

世の中には力を持っていても、それを正しく使おうとする、まともな人間はいないのか?

 少なくとも一馬は、ゲオルグ以外、そうした人物に出会ったことがない。

 ならば――


「ちょっと行ってきますね。アイン!」

「ヴォッ!」


 一馬は後ろに控えていたアインを動かし、自らも茂みから立ち上がった。

 

 瑠璃やニーヤの驚きの声を背中に受けつつ進んでゆく。

 

 突然、茂みの中から現れた怪しい一馬と、更に怪しい巨大人形を、村人たちはおろか、赤ローブでさえも見上げて狼狽えている。

 

「いや、怪しくみえるけど怪しいもんじゃないですよ。俺は木造 一馬っていう、しがない旅のもんです。この辺りを歩いていたら、たまたまお話を聞きまして。そこの土砂を撤去すりゃいいんですよね? 俺だったら金貨3枚で請け負いますよ?」

「なんだお前は! 突然現れて、割り込むなんて失礼だぞっ!」


 赤ローブは妙に甲高い声で、敵意をむき出しの声をぶつけてくる。

 

「別にあんたなんかに話しかけてねーよ。俺はこの人たちに話しかけてんだから」

「ぬぅー!」


 一馬は赤ローブに背を向けて、腰の曲がった代表の老人へかがみ込む。


「さっ、どうします?」


 老人や取り巻きは相変わらず、警戒心を露わにしていた。

 

 良くも悪くも注目は集まっている。やはり3枚でも高いらしい。


「なら金貨1枚でどうでしょう?」

「い、1枚!? 本当ですか!?」


 老人が弾んだ声を上げた。安さはどこの世界でも正義な様子だった。

 

「まぁでも上手く行くか分かんないので成功報酬で構いません。とりあえず試してみませんか?」

「そ、そういうことでしたら……」


 一馬の提示した破格の条件に、代表の老人はおろか、取り巻きの村人もおしだまる。


「こんな貧相な木のゴーレムに重い石が動かせるもんか!」


 赤ローブはそう吐き捨て、アインを見上げる。

 たしかに"アイン自体"の性能だけ、無理かもしれない。


「アイン、やるぞ!」

「ヴォッ!」


 土砂に近づいたアインは拳を引いた。

その動作に合わせて、膂力を強化する"オーガパワー"を発動させる。

右腕の関節に備えられたアコーパールが綺麗な輝きを放った。


「パンチだ、アイン!」

「ヴォ―ッ!!」


 アインの拳が土砂へ叩きつけられる。

刹那"ドンッ!"と大きな破砕音が辺りに響いた。

土砂がボロボロと崩れ始め、堰き止められていた川の水が溢れ出て、アインへ襲い掛かる。

しかしアインは鉄砲水を受けても関節のアコーパールを輝かせつつ、平然と佇んでいる。

 鎧魚の骨が生み出す、水面戦闘の能力は、どうやら水を上手く弾いてくれるらしい。


 そして一馬の背後で声が弾けた。


「すげぇ!」

「あんなゴーレムのパンチみたことないぞ!」

「おお、神よー! この奇跡に感謝いたします!」


 嬉々とした村人を割って、老人が一馬へ駆け寄って来た。


「感謝いたしますゴーレム使い様! こちらが報酬です。どうぞお受け取りを!」

「一枚多いですけど?」

「ゴーレム使い様のお手を煩わせたのです。一枚では申し訳ないと思いまして……」

「そうですか。じゃあ遠慮なく……」


 金貨二枚、半月分の収入が一瞬で。苦労してアインを強化して、今日ほど良かったと思った日はない。

 ついでにこうした仕事が、金貨2枚の価値があることだとも分かり、大収穫である。


「それじゃ俺たちはこれで。先輩、ニーヤいくぞぉー」


 一馬が声を張り上げると、ニーヤは茂みの中からピョコンと現れ、


「さすがマスター! お見事です!」

「交渉術も心得ているとは……さすがは一馬君だ」


瑠璃も称賛しつつ続いて出てくる。


「いや、たまたまですよ。三枚でも多いなら、いっそ一枚でどうかなって。それに理不尽が許せなかっただけですから」

「君は本当に気持ちが良い奴だな」

「その輝きは……まさかアコーパール!? しかもそんな数を、どこで!? なんなんだお前は!!」


 仕事を取られた赤ローブはアインを見上げて、頭を抱えていた。

 

「なぁ、ニーヤ、アコーパールってそんなに凄いもんなの?」

「素材やアイテムの基準等級では最も高い、UR《ウルトラレア》と言われています」

「どんなガチャだよ、おい……」

「ガチャ? なんですかそれは?」

「まぁ、良いや。ニーヤ、お金が手に入ったからみんなで何か食べたいんだ。そういうのって検索出来る?」

「勿論です! お待ちください!!」


 そんな会話を交えつつ歩き出した一馬の前へ、ドスン! と巨大な岩の拳が落っこちてくる。

 

「きゃっ!?」

「先輩ッ!!」


 拳の圧力で瑠璃は吹き飛ばされ、一馬は辛くも彼女を受け止める。

 

「マスター、お怪我は!?」

「……大丈夫だ」


 心配するニーヤへ、一馬は静かに応答する。

 腕の中の瑠璃も大事はなさそうだった。


「交渉を邪魔されたばかりか、プライドを傷つけられて黙ってられるか!! おい、キヅクリ カズマぁ! この天才ゴーレム使いのドラグネット=シズマン様、自慢のゴーレム:ギルバートと勝負だぁ!」


 赤ローブは丈があっていないのか、袖をブンブン振り回しながら叫んでいる。

 従えているゴーレムも、唸りのような声を上げ、威嚇している。

 

「こっちが大人しくしてりゃ、調子に乗って……!」


 一馬は立ち上がり、赤ローブを睨む。


「ひぃっ! に、睨んだって大丈夫なんだから! こ、怖くなんてないんだから、バーカっ!」

 

 赤ローブはビクンと、肩を震わせながら精一杯の強がりを吐く。

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