二章

第27話:異世界で生き抜くためには?


――なんで牛黒先輩っていつも一人でいるの?


――暗いんじゃない?


――ビッチって噂だよ。


――なんかやな感じだよねー


――消えればいいのに


 一人でいることがそんなに悪なのか。そんなに責められるべきことなのか。

そんな悪意のなかにあっても【牛黒 瑠璃】はいつも涼やかで、冷静である。

 一馬はそんな彼女の強さへ、密かに憧れを抱いていた。


 自分は相手にされないだけで、いつ彼女みたく悪意に晒されるか、と怯え、周囲とは適度な、自分にふさわしいと思われる距離で、日々を過ごしている。


 牛黒先輩のようにどんな悪意の前でも、冷静に、大人っぽく過ごしてゆきたい。

そうありたい


「一馬君、できたぞ! 見てくれるか?」


 そんな憧れだった彼女は、今、彼の最も側にいて、しかも嬉しそうに話しかけて来ていた。

全くもって、人生何が起こるかなんて予想できないものである。


 受け取った羊皮紙には、所々にエッジがかかっていてカッコいいが、どことなく悪そうな、ロボットのような、西洋甲冑のようなものが描かれている。


「今後アインに装備させる鎧のイメージなのだが、どうだ……?」


 瑠璃は期待と不安の入り混じったかのような視線で、見上げてくる。

 いつも凜然としていて、大人びた印象の瑠璃だったが、並んでみると自分の方が背が高いこと気がつく。

いや、今はそんな気づきに感動している場合ではない。


「かっこいいですけど……」

「けど? 正直に言ってくれて構わない」

「ちょっと悪そうですね……」

「これぐらいがいいのさ! こういう外観は人間相手だったら心理的圧迫感が強いからね」

「なんかどっかで聞いたことがあるデザイン理論のような……」

「あと、こんなのも作ってみたぞ!」


 瑠璃は芝生の上に置いてあった、蛇のような棒のようなものを、丸い鉱石でつなぎ合わせた何かを掲げてみせる。

 

「指、ですか?」

「ああ! 武器を扱うアインにはそろそろちゃんとした手が必要だと思ってな!」


 瑠璃が糸のようなものを引くと、丸い継ぎ目に従って、棒がしなって行く。

彼女の言う通り、まるで人間の指を髣髴とさせた。


「どうだ……?」

「素直に凄いですね」

「そうか! 良かった! 素材の数からまずはアクスカリバーを持つ、右腕部のみだが、いずれは左腕も」

「ありがとうございます。すごく嬉しいし、先輩は天才ですね」

「――ッ!?」


 瑠璃は瞬時に青白い顔を真っ赤に染めて、すぐさまフードを被って顔を隠した。

今さらだが、これはきっと感情の起伏があった時の、癖らしい。


「調子乗りました。困らせてすみません」

「あ、あ! いや! そんなことは!! 慣れないんだ……なんだ、その……褒められたことなど、殆どなくて、それで……」

「なら、俺はどんどん先輩を褒めます。だって貴方は凄い人なんですから」

「また、君はさらりとそういうことを……」


 フードの中で、彼女が笑ったような気がした。

多少は時間がかかるだろう。だけど、いつかフードを被らずとも、素直な表情を見せてほしい。

一馬はそう思ってならない。


「あと、せっかく作った右腕部が破損しないよう、攻撃にも転じられる戦闘用のアームカバーを取り付けておいた。良ければ活用してくれ」

「ありがとうございます。やっぱり先輩は天才……」

「マスター! く・も・つ・ですっ!」


 と、割といい雰囲気の中、ドスンと、ニーヤが捕らえてきた巨大魚を叩き置いてきた。

 まだ生きが良いのか、巨大魚はびちびちと地面の上をのたうち回っている。

 

「ぐわぁっ!? ニーヤ、危ないだろうが!」

「そうですか?」


 ニーヤは妙につっけんどんな言葉を返してくる。

ここ最近は大分人間らしくなっては来たが、今の目は出会った当初の無機質なホムンクルスである。


「マスターの反応速度でも避けられると踏んでおりましたが。それとも何か身体能力が落ちるようなことでもあったのですか?」

「なんだよ、それ? 先輩、大丈夫ですか?」


 ようやく観念した巨大魚を横切って、尻もちを突いた瑠璃へ手を指し伸ばす。


「あ、ああ……時に、ニーヤ君、装備の着心地はどうかな……?」

「稼働箇所が露出しているので、動きに支障はありません。重量の増加は否めませんが、防御のことを考えると妥当だと判断します」


 僅かに青色を帯びた軽装鎧を装備したニーヤはそう答える。

 少し露出が多めでスポーティーな印象なのは、動きやすさを重視してのことらしい。

 鎧というよりはプロテクターに近いもののようだ。

 以前の布を巻いただけでよりも幾分かはマシだが、それでもニーヤを直視するのは、なんだかいけないものを見ているような気がしてならない。


「それよりもマスター! 狩りによってワタシの魔力ストレージがゼロに近いのです。このままでは御身を守れません! 速やかに昼の補給を行うことを具申しますっ!」


 ようはお腹が空いた、ということらしい。

 

「はいはい、分かりました分かりました。じゃあニーヤは火の支度宜しく」

「はい! がんばりますっ! ふぁいやー!」


 ニーヤは嬉々とした様子で飛び、森の中へと消えてゆく。

 

(なんか飯に関してはどっちが主人なんだか……)


 と思いつつ巨大魚に歩み寄る。

 裾が引かれた。瑠璃だった。

 

「先輩? どうしたんですか?」

「すまない、私のせいで……あまり私に構わず、ニーヤ君を優先してくれ」

「?」

「もう、嫌なんだ、こういうのは。まるでこれじゃ……」


 一馬の頭に綺麗、煌斗、そして瑠璃が過る。


 煌斗は綺麗と付き合いつつも、何故か瑠璃を慕い、そんな瑠璃を綺麗は邪険にしていた。

彼女へ向けられていた悪意の原因はきっとこれで、彼女は巻き込まれた立場でしかない。

それでも瑠璃は瑠璃なりに傷ついていたと思い知る。

外からは鋼にみえる心も、いわれのない悪意のナイフでズタズタに傷つけられていた。

 もっと早くそのことに気づいてさえいれば。しかし、今さらで、たらればである。


「わかりました。だけど、俺は煌斗とは違います。先輩の手は放しません。そして必ず守ります。約束します」

「……」

「先輩だけに我慢はさせません。ニーヤにも、もう一度言って聞かせますので」

「気遣いありがとう。右腕部とアームカバーの取り付け作業に戻るとするよ」

「はい。後で呼びますね」

「ああ」


 瑠璃は去って行く。難しい状況だが、頑張るしかないと一馬は思う。

 

(先輩もニーヤも俺にとっては大事な仲間だ。守る、必ず……!)


 そしてもう一つ、検討しなければならない重要な事柄があった。

 

「これから俺たちは独自に生きて行かなきゃならない。だから、これからどうするべきか話し合いたいんだ」


 昼食を取り終えたのち、一馬はニーヤと瑠璃へ問いかけた。

 

 これまで一馬達は煌帝国の庇護下にいた。第三兵団の人間関係は最悪だったものの、それに耐え忍びさえすれば、衣食住の保証はされていた。

人間関係は解消されて、一馬達は自由を得た。しかしそれは同時に、自らの手で荒野の中を逞しく生きては行かなければならない立場となったことを意味している。


 組織活動では不満が友達で、個人活動では不安が親友。

何かを選べば何かを失うのは必然である。


「マスター、プランは2つほどあります。開示しますか?」


 いつもはポンコツなニーヤだが、こういう時は案外頼りになる。

 一馬が了承すると、ニーヤは薄い唇を開いた。


「一つはこの森を拠点として狩りによって生計を成すことです」

「迷宮深層での過ごしたようにだな?」

「はい。マスターとワタシがふたりっきりで過ごしたあの日々のようにです!」


 ニーヤは青い瞳に瑠璃を写した。

 そうされた瑠璃はいつもと変わらず涼やかな表情のまま、石のように動きをみせない。

 

「で、もう一つのプランは?」


 一馬は話題転換を図るべく、ニーヤへ聞く。

 

「二つこの先に人間の町が存在ます。そこで情報を収集し、今後の生活の方針を考えるというものです」

「町か……」


 思い起こしてみれば、煌帝国に来て以来、兵舎と迷宮の往復しかしていなかった。

特に外出を制限されていたわけではないが、そもそも興味が無かったのだ。

同級生達の聞こえて来た話によると、言葉も普通に通じるらしく、この辺りは治安もそこそこいいらしい。

 給金は貰っていたが、ずっと使い道が無く、ため込んではいたものの、全て自分の部屋の中だった。

 金は所持しているものの、銀貨が100枚程度。約1週間分の平均的な生活資金らしい。

 

(金は心もとないけど……町に行けば、アインの強化に使えそうな素材が見つかるかもしれないな)


 今は瑠璃という優秀な鍛冶士もいる。彼女の力を借りれば、アインはより強くなれる。

 そして何よりも――これ以上、瑠璃に野宿をさせたくは無かった。

 柔らかく、暖かいベッドで眠れば、きっと心にぎっしり詰め込まれている鬱憤が少しでも晴れるはず。


「今後のことを考えて、まずは街へ向かって情報を集める方がいいと思う」

「賛成だ。たしか近くにトロイホースという比較的大きな街がある筈だ」


 瑠璃は意見を述べるといった形で、賛同してくれたようだった。


「ニーヤ、トロイホースまでの道筋を調べてくれ」

「かしこまりました」


 ニーヤはほんの少し不服そうに、周辺解析フィールドアナライズを開始する。


 かくして一馬たちは、煌帝国東海岸地方都市トロイホースを目指して、歩き始める。


「お願いします、ゴーレム使い様! どうか、これで!」


 その道中で、大きな岩巨人を引き連れた赤いローブへ、必死に頭を下げている村人たちの姿を目にするのだった。

 

 

【球体関節人形:アイン TYPE R】現状(更新)



★頭部――鉄製アーメット

*必殺スキル:竜の怒り


★胸部――丸太・魔石×1

*補助スキル:魔力共有


★腹部――丸太


★各関節――アコーパール×10

*補正スキル:魔力伝導効率化


★腕部――鎧魚の堅骨・球体関節式右腕部

*攻撃スキル:ワームアシッド

*攻撃スキル:セイバーアンカー

*攻撃スキル:スパイダーストリングス

*必殺スキル:アインパンチ

*補正スキル:オーガパワー


★脚部――鎧魚の堅骨・大きな石

*補正スキル:水面戦闘

*補正スキル:オーガパワー


★武装――斬魔刀アクスカリバー×1

*必殺スキル:エアスラッシュ

*補正スキル:斬鋼(切れ味倍加)


★武装2――ホムンクルスNO28:ニーヤ×1

*補助スキル:魔力共有


★武装3――虹色の盾×1 

*防御スキル:シェルバリア


★武装4――戦闘用アームカバー  NEW!


★ストックスキル

 なし

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