第26話:偉大なるマリオネットマスター! もうお前らのことなんて知らねぇ!!

 

 切り裂かれて宙を舞う巨大なエビルオーガの上半身の影が、必死に逃げ惑う吉川 綺麗を無常にも覆って行く。


「はぁ! はぁ! な、なんで! なんで! なんでこっち……ぎゃあぁぁぁぁぁ――!!」


 綺麗は端正な顔をぐちゃぐちゃに歪めて、これまで聞いたこともない苦悶の奇声を上げた。

綺麗の右足が降ってきたエビルオーガの上半身に押しつぶされてしまっていたのである。

 

「い、痛い! 痛い痛い痛いっ !な、にこれぇ……なんで、こんな! この私が……! 私がぁぁぁ~!!」


 もがき苦しむが、巨大なエビルオーガの上半身は、彼女を捕らえて離さない。

するとエビルオーガの首の筋肉が弛緩しが、大口を開いて綺麗へ迫る。


「うそっ……ちょ、冗談……! いや……いやあぁぁぁぁぁ!!」

「ヴォッ!」


 すると、すれすれのところでアインの巨大な腕が、エビルオーガの上半身を持ち上げた。

アインはエビルオーガの上半身を高く掲げ、遠くの瓦礫へ向けて放り投げる。

 

「えっぐ、ひっく、足がぁ……! 私の足がぁ……! もう、嫌だこんなの……こんな世界なんて……パパ、ママ、助けてぇ……誰か助けてよぉ……うわぁぁぁーん!!」

 

 片足を無残に潰され、歩くことが叶わなくなった綺麗は、子供のように泣きじゃくる。

 彼女の取り巻きも、同級生たちも、綺麗のありさまを前にし、重傷者にも関わらず近づくことをためらっていた。


「手間をかけたな。すまない」


 アインの操作を終えた一馬へ、瑠璃は礼を言う。

 綺麗を助けたのは、瑠璃からの願いだった。 


「いえ。これで良かったんですよね?」

「ああ。ありがとう」


 瑠璃はもう一度一馬へ静かに礼を言って、泣きじゃくりながら介抱をされ始めた綺麗から目を背けた。

 たとえ憎い相手であっても、慈悲の心を忘れない。

そんな瑠璃はやっぱり一馬が憧れていた通り、かっこいい人だと思った。


「改めて、先輩ありがとうございました。あの盾が無かったら勝てませんでした。立てますか?」


 一馬は地面に座っていた瑠璃へ手を差し伸べる。


「ありがとう。君の方こそ大丈夫……」


 一馬へ触れようとした瑠璃の前へ、ニーヤが割って入った。

 険し表情をしているのは気のせいか。


「許可なしにマスターへ触れることはワタシが許しません!」

「ところで木造君、この少女は何者なんだ?」


 瑠璃は少し怪訝そうに一馬とニーヤを見やる。

なんとなく視線が痛く感じるのはのは何故だろうか。


「あはは、まぁ、迷宮で拾ったといいますか」

「ひ、拾った!?」

「この話はおいおい……ニーヤ、この人は、瑠璃先輩はアインと俺の恩人だからあまり失礼なことはするんじゃないよ? これ、命令ね?」

「っ!? わ、わかりました……マスターのご命令でしたら……」


 ニーヤは渋々といった具合に、瑠璃への警戒を解く。

 

 その時、一馬は周囲の視線が自分に集まっていることに気が付いた。

 これまで感じたことの無い、熱い視線に一馬は息を飲む。

 

 そして歓声が弾けた。

 


――脅威が去った! 弾除けの癖にやるじゃん!


――すげぇ! あのロボットすげぇよ!! やっぱでかい相手には巨大ロボットだよ!


――木造君って、意外とかっこいいかも……


――俺は信じていた、正義の勝利を! 俺たちの正義を!


――煌斗も綺麗も、やっぱりたいしたことなかったな。


 

 

 誰もが脅威が去ったことを歓喜し、あるいは敵を見事に排除した一馬とアインを称える。

そして彼へ嬉々とした表情で群がり始めた。


 きっと悪気はないのだろう。仕方のないことなのだろう。

それは分かっている。分かっているのはいるのだけれども――


(調子いいな、こいつら……)


 するとニーヤが一歩前に出た。


「下がれ、下郎どもぉっ!」


 眉を吊り上げつつ腕を振れば、青白い魔力が噴出し、駆け寄ってきていた同級生たちを紙切れのように吹き飛ばす。


「気安くマスターに近づくな、馬鹿どもめ! このお方をどなたと心得る! 恐れ多くも我が主であり、お前たちが束になっても敵わなかったエビルオーガを退けし勇者! 偉大なるマリオネットマスター木造 一馬様だぞっ! 頭が高い! 控えおろうぉっ!!」


 ニーヤの大仰なセリフにぴたりと歓声が止んだ。

 一馬は苦笑いを浮かべ、周囲はポカンと彼を見つめている。


――正直、悪い気はしなかった。


 それにここに戻ったのは称賛されたいわけでも、兵団を救おうと思ったわけでもなかった。

 一馬は唯一の興味の対象である、牛黒 瑠璃へ再び手を差し伸べる。


「先輩、俺と一緒に旅立ちましょう。先輩に、このことが伝えたくて戻って来たんです」

「……」

「これからも先輩の力をアインと俺に貸してください。ずっと一緒に居てください。お願いします!」

「木造君……」


 瑠璃は黒いフードを被って、俯いた。


「……す、好きにすればいい……」

「えっ?」

「良いよって、ことだ……」

「ありがとうございます。だったら……」

「きゃっ!? な、なにを!?」


 瑠璃は突然フードを取られて、女の子らしい声を上げつつ、真っ赤に染まった顔を晒した。

 

「久々に逢えたんです。顔、隠さないでください。もっと良く先輩の顔をみせてください」

「君ってやつはどうして、こうも……」

「?」

「なんでもない……ありがとう、誘ってくれて……君の誘い、喜んで!」

 

 瑠璃は一馬の手を取り、彼の願いに答えるのだった。


「る、瑠璃姉……? えっ? なんだよ、これ……? 瑠璃姉ぇぇぇ!!」


 煌斗がまるでこの世の終わりかのような顔をし、悲痛な声を上げながら駆け寄って来る。

そんな煌斗をニーヤは軽く蹴り飛ばした。


「マスターは貴方を必要としていません。消えてください。邪魔です」

「る、瑠璃姉ぇ……!」


 蹴飛ばされ、地面を這いつくばる煌斗はまるでこの世の終わりかのような顔をして、瑠璃へ手を伸ばす。


「……ごめんね、煌斗。今でこそ、君がこの世界に誘ってくれたことには感謝しているよ」

「だ、だったら! も、もう綺麗はあんなのだし! 別れるし! もう寂しい想いはさせないし! ほ、ほら! 俺、木造より優秀だし、瑠璃姉のことよく分かってるし、だから……!」


 煌斗の言葉を聞き、瑠璃は一瞬不愉快そうに眉を潜めた。

しかしすぐさま、いつもの冷たい表情に戻すと煌斗へ背を向ける。


「さようなら。お元気で。これからもみんなのために頑張ってくれ」

「そ、そんな……瑠璃姉ぇ……俺を一人にしないでくれよ、瑠璃姉ぇぇぇ――!!」


 瑠璃は煌斗へ一切振り返らず、一馬の待つ、アインの手の上へ飛び乗った。

 

 一馬と瑠璃を肩に乗せたアインはゆっくりと歩き出す。


 この場にいる誰もが、背を向け去って行く一馬とアインを見つめ続けている。

視線に残留の願いがこもっているのは、なんとなく察しがつくが――



(もうお前らのことなんて知らねぇよ。弾除け扱いはもうごめんだ。好きにしてくれ。俺も好きにこの世界で生きて行くから)



 もはやこの場と、この場に集う人間へ一切未練は無かった。

 だって傍にはニーヤ、アイン、ゲオルグが託してくれたアクスカリバー、そして瑠璃――例え少数だろうとも、信頼できる仲間がいるのだから。


「先輩、煌斗はその……あれで良かったんですか?」


 一馬がそう聞くと、瑠璃はため息を着いた。


「私は嘘つきが大嫌いだ。アイツは結局、殆ど私の味方にはなってくれなかった。都合の悪いときばかり縋ってくるなど男として言語道断だ。最悪だ。そしてこれは煌斗が立派な一人の男になるための最後のチャンスだとも思う」

「き、厳しいっすね……」

「だけど逆に約束を守ってくれたり、助けたりしてくれる人は心の底から信頼し……だ、大好きになる……」


 大好き――それが何を意味するのかは今のところ分からない。

しかし一馬が瑠璃を望んでいるように、彼女もまた彼を望んでいるのははっきりと分かった。

今はそれだけで十分だった。


「しかし、このギャ〇のようなアインは素晴らしいな」

「〇ャンって……やっぱり先輩、狙ってデザインしましたよね?」

「ふふ、分かってくれて嬉しいよ。さすがは一馬君だ」


 “一馬”

 初めてそう呼ばれて、一馬の胸は強い高鳴りを覚えた。


「できればこれからは……」

「これからは?」

「わ、私のことも気軽に“瑠璃”と呼んでほしいのだけれど……」


 瑠璃は一瞬フードへ手をかけるが諦めて、横顔を真っ赤に染める。

 いつもはクールな瑠璃は、一馬だけにこの顔を良く見せる。

 そんな特別な表情は、一馬の胸を大きく高鳴らせた。

 

「えっ!? あ、あ、いや、それは……」

「カッコよかったよ、一馬君。これからもよろしく」


 瑠璃はより一層強く、一馬の手を握り締めてきた。

 そんな二人へ落ちてきた小さな影が一つ。


「マスター、心拍・体温が上昇しています。異常事態です。その女が原因のようです。対処してもよろしいですか?」


 器用にアインの頭頂部に立つニーヤは、ジト目で一馬のことを見下ろしていた。

 

「ニーヤ君、だったか? まさか君は私のこと意識しているのかい?」

「質問の意図が理解できません! マスター、この女を、先ほどの聖騎士のように排除することを具申しますっ!」

「バカ! 誰がそんな具申認めるか! これは命令だ!」

「むぅ! マスターはなんで、その女に甘いんですかぁ!!」


 ニーヤはぷっくり頬を膨らませて不満を口にするが、命令といわれた手前何もできないらしい。

 そんな一馬とニーヤのやり取りをみて、瑠璃は微笑ましそうな笑みを浮かべた。


「時に一馬君、聞かせてくれないか。君がどうやってここまで戻ってきたのか。君の大冒険譚を」


 夜が明け、朝陽が一馬達を明るく照らし出す。

 胸には期待と、希望。この道の先には明るい未来が待っている。

 そう思えてならない一馬は、瑠璃へこれまでのことを語りつつ、期待に胸を膨らませるのだった。


(必ず生き抜く! この世界で、みんなと一緒に!)


 そんな一馬達を見て、嫉妬のあまり煌斗は地面を叩いた。


「なんであんなやつと……瑠璃姉、なんで……! 畜生ぉ……!! 弾除けの癖に……! 畜生ぉぉぉ……!!」



●●●



 第三兵団、兵舎壊滅に関する調査報告書。


 転送装置より転移してきた、魔族:エビルオーガにより、表題の転生戦士の部隊が壊滅。

 ただしエビルオーガの撃退には成功。


 以下、主な重傷者・行方不明。



  吉川 綺麗(魔法使い)――重症

  *右足消失のため兵役続行不可能。処遇に関しては要検討。

慰安局局長へ打診済み。


  吉良 煌斗(聖騎士)――行方不明


  牛黒 瑠璃(鍛冶師)――行方不明


  木造 一馬 (マリオネットマスター)――行方不明

 


  煌帝国近衛兵団調査隊。





 以上で一章は終了となります。残りは二章約27話です。

このままですと、本作は二章で終了となります。

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