第21話:異世界での師


 一馬の腕の中のゲオルグは既に、氷のように冷たかった。


「ゲオルグさん! しっかりしてください! ゲオルグさん!」

「最期は男の腕の中でってか……はは、できればそこの可愛らしいお嬢さんの方が良かったなぁ……」


 ゲオルグは弱々しい笑みを浮かべながらニーヤを見やった。

そんな危機的状況にも関わらず、余裕ぶっている態度にいい知れない苛立ちを覚えた


「何言ってるんですか! ニーヤ、ゲオルグさんをすぐに泉のエリアへ連れてゆく! 準備してくれ」


 しかしニーヤは動こうとしない。表情もまるで出会った当初のように冷たかった。


「ニーヤ、何をやってるんだ!」

「無駄です」

「――っ!?」

「マスター、その方は諦めてください。それに80層エリアで、エリアボスの復活を検知いたしました

。戻るのは得策ではありません。それにマスターの目的はここからいち早く生還することですよね? ならばその判断は全くもって非効率だと言わざるをえません」


 こういうとき機械的なニーヤの言動に少し腹立たしさを覚えた。

 しかしそんな一馬の拳を、ゲオルグはそっと握りしめる。

 

「そこのお嬢ちゃんの判断は正しい……」

「……」

「しかしまぁ、なんだ……もう俺はダメか……はっきり言われたほうが、案外楽なもんだなぁ……かはっ!」

「ゲオルグさん!」


 一馬の服がゲオルグの吐き出した血で赤く染まる。


 この世界で、ずっと自分を見守り、そして時に厳しく、優しく導いてくれた。

 こんな大人になりたい。なってみせる。そう思わせてくれた、異世界での師。

 大人への憧れを強く感じさせてくれた人。

そんなゲオルグの、こんな姿を一馬は直視できず、目を逸らす。


「こっちを見ろ、一馬!」


 厳しいときのゲオルグの声。一馬は胸に痛みを感じつつ、既に顔色が真っ青になりつつある彼を見た。


「一馬、良く聞け……この荒野の果てに、転送装置のある100層があるはずだ。そこを目指せ……今のお前とアインならきっとできる……!」

「どうしてそれを?」

「ここのように煌帝国が管理する迷宮は全て一馬たちのような転生戦士を育成し、選別するところだからだ……」

「選別……?」

「そうだ。ここで生き残り、生還した転生戦士を魔族へぶつける。ここはそのための施設だ……」


 ゲオルグは一馬が首からぶら下げていた、転生時にもらったペンダントを手に取る。

そしてそれを無理やり引きちぎり、地面へ置いて拳を叩きつけた。


「ゲオルグさん!? なにを!?」

「こいつはお前たちの力の根源でも、なんでもない。ただお前たちを管理し、監視するための装備だ。すまん、ずっと黙っていて」

「……」

「一馬、これでお前は自由だ! 餞別に俺の【アクスカリバー】を託す! そしてここからはお前の新たな人生! アインと、そこの嬢ちゃん共に己の道を切り開け!」

「な、なに馬鹿なこといってるんですか? アクスカリバーはゲオルグさんの家の家宝ですよね? だいたいなんで、そんな、最期みたいなことばかり……!」


 声が震えていた。頭はもう状況を、嫌になるほど理解している。しかし一馬の心は、状況を強く否定し続けていた。


「やっぱり泉のエリアに戻ります。このまま放っておくなんてできません! ニーヤ、命令だ! 今すぐを……」

「木造一馬ッ!」


 号令のようなゲオルグの声に、一馬は背筋が伸びる感覚を得た。

 

「俺の教えた戦いの心得をいってみろ」

「こんな時に何を……」

「言え! 一馬!」

「つ、常に生き残ることを最優先に……」

「そうだ。お前はまだ生きている。だったら自分の命を最優先に考えろ! 先へ進むことこそ、生存の最適解! もう俺のような死にぞこないにかまうな! いいなっ!?」

「……」

「わかったか!!」


 鬼気迫るゲオルグから一馬はすべてを悟る。

自然と涙が零れ落ちてくる。同時に死ぬな、と叫びたかった。

しかしそれはしてはならないことだとも思った。だからこそ一馬は涙は流せど、言葉はそっと胸の内へしまい込む。

それはこの世界での師匠にできる、弟子の一馬は最後に唯一できること。


「そうだ、それでいい」

「ありがとうございました、ゲオルグさん……俺、必ずここから生還します。そして先輩を迎えに行きます。必ず!」

「ははっ、なるほどな……やるじゃないか、一馬。頑張れよ……お前なら、牛黒をもっと笑顔にしてやれる筈だ……」


 その言葉を最後にゲオルグから息が消え、彼の重みが腕に伸し掛かった。


「くそっ……くっ……うわぁぁぁぁぁ!!」


 一馬の絶叫が荒野へ響き渡たった。涙がとめどもなく流れ、師の死を深く悼む。

そんな彼をニーヤが背中から抱きしめる。


「うっ、ひっくっ……」


 先ほどまでは機械的なことばかり言っていたニーヤもまた涙を流していた。


「ニーヤ? どうして君が……」

「わかりません。でも、マスターの背中を見ていたら、胸が痛くなって。そうしたらワタシもマスターのように目から何かがこぼれてきて、それで……これが“死”というものなのですね……」

「……」

「さっきは冷たいことを言ってしまってごめんなさい。でも、マスターの最善を考えたら、ワタシは……! ごめんなさい! ごめんなさい!」


 まるでニーヤと心がつながっているように感じた。

 一馬はニーヤの小さな手をそっと握りしめる。

 

「俺こそごめん。わがまま言って。ニーヤの判断は正しかったよ。これからもどうか、俺がこうしてバカなことを口にしたときは、冷静に諫めてほしい。頼めるか?」


 ニーヤは一馬の背中へ、おでこを擦りつけながら何度も頷く。

 

(ゲオルグさん、これで本当のお別れです。俺頑張ります。ありがとうございました!)


 ゲオルグの愛刀、斬魔刀アクスカリバーが僅かに輝きを放つ。

 それはまるで、ゲオルグの最期の言葉のように感じる、一馬なのだった。

 



【球体関節人形:アイン TYPE R】現状(更新)



★頭部――鉄製アーメット


★胸部――丸太・魔石×1

*補助スキル:魔力共有


★腹部――丸太


★各関節――アコーパール×10

*補正スキル:魔力伝導効率化


★腕部――鎧魚の堅骨

*攻撃スキル:ワームアシッド

*攻撃スキル:セイバーアンカー

*攻撃スキル:スパイダーストリングス

*必殺スキル:アインパンチ


★脚部――鎧魚の堅骨・大きな石

*補正スキル:水面戦闘


★武装――斬魔刀アクスカリバー×1 NEW!

*必殺スキル:エアスラッシュ

*補正スキル:斬鋼(切れ味倍加)


★武装2――ホムンクルスNO28:ニーヤ×1

*補助スキル:魔力共有


★ストック

*防御スキル:シェルバリア(使用不可)



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る