第22話:牛黒 瑠璃の気持ち――迫る、第三兵団の危機


(木造くん、無事でいてくれ……頼む……)


 牛黒 瑠璃は工房で、自分の身代わりとなってどこかへ消えた一馬を心配し、何日も眠れぬ夜を過ごしていた。

 彼と過ごした日々はまだ浅い。それでも彼女が彼の身を案じるのは、実際の交流よりも、彼を見続けていた時間が長かったからである。


 巨大ロボットのようなアインを所持していて、親近感を覚えていたというのもある。

しかし何よりも瑠璃の気持ちを引き寄せたのは、彼の心の強さだった。


 現世でも、異世界(ここ)でも、木造 一馬は瑠璃と同じく蔑まれていた。

それでも彼は必死に耐えて、日々彼なりにできることを考え、行動に移していた。


 嫌われているのなら適当に距離を置けば良い。好きにさせておけばいい。

そう考えていた卑怯な自分とは違って、一馬はたとえ嫌われていようとも、蔑まれようとも、人の輪の中で必死に踠いていた。


 最初こそ、そんな一馬が滑稽で愚かだと見えていた。しかしやがて、彼のそうした態度の中に、自分にはない強さがあると感じ始めた。そして、彼のことが気になって仕方がなくなりはじめた。

 だんだんと一馬を目を追うようになり、密かに彼の生還を願い、見守るようになっていた。

いつの日か、直接話ができればと胸の内に強い想い抱くようになっていた。


 そして先日、勇気をもって、一馬に話しかけ、念願を叶えた。

話してみると、一馬は想像以上に優しく、そして頼もしかった。

とても楽しい時間が過ごせた。もっと早く、彼に話しかけてさえいれば、楽しい学校生活が送れていたのではないかと強く思った。


 これからもできることなら彼と一緒に過ごしてゆきたい。

もしも、彼が自分に対する"悪い噂"に少しでも疑いを抱いているなら、真実を告げ、誤解を解きたい。

あれは吉川 綺麗が勝手にばらまいた噂に過ぎないのだから。


 これまでは他人にどう思われようと勝手にさせておけ、と思っていた。

しかし一馬だけには誤解はして欲しくはないと思った。

それだけ瑠璃にとって一馬は"特別な存在"となっていた。


「帰ってきてくれ、頼むっ……もう、私は君がいなければ……」

「瑠璃姉、大丈夫?」


 工房の扉を開けて入って木のたのは、幼馴染みで、弟のような存在の吉良 煌斗。

瑠璃は彼に見られないように涙を拭い、いつものように心を凍りつかせて、振り返る。


「やぁ、煌斗。どうかしたかい?」

「いや、その……」


 煌斗は何かを言いたげだったが、曖昧な言葉を放っている。

 

 たとえ成長して文武両道となり、異世界でも強力な力を得て、皆の中心になろうとも――結局、煌斗は、瑠璃の後ろへ隠れたり、すぐに泣き出する小さい頃とあまり変わりがないと思った。


 本当は転生などせずに消えようと思ってた。

もはや孤独の中で生きるのには耐えられなかったからだった。

しかしそんな瑠璃の手を煌斗は取り、無理やり連れ出した。その時は"守る"と言ってくれた。

その言葉に一瞬期待をしたけれども、やっぱり煌斗は弱い煌斗のままで、周りのことを気にして結局守ってはくれなかった。


 結局煌斗は小さい頃から、なにも変わっていなかった。

臆病で、弱くて、ずっと自分の背中に隠れていた小さいな頃となにも――


「事故のことで、その……瑠璃姉が……」

「……」

「ごめん、違った。えっと、だから……事故のことは、もうあんまり考えないほうが良いんじゃないかな? この間みたいに瑠璃姉が、喧嘩する必要もないし……」


 事故。

 瑠璃はその言葉を聞き、密かに歯噛みする。

そして、脳裏に浮かんだ残虐な吉川 綺麗の姿へ激しく憎悪の念を抱く。


 一馬が消えた一件は兵団内では"事故"として片付けられていた。

綺麗の悪行に誰もが口を噤み、あたかもなかったことのようにされていた。

 中には一馬の消失をネタに、笑い話をする連中さえもいた。

さすがに頭に来て、連中のところへ殴り込んだが、逆に袋叩きにあってしまったのは記憶に新しい。

結局その時も、煌斗は中立の立場をとって、仲裁したに過ぎなかった


 怒りはある。戦う覚悟もある。しかし自分の力ではどうしようもないのが現実。

ただ悪戯に体の傷を増やすだけ。

ならば、瑠璃が今すべきことは、ひたすら憎悪から目を逸らし、平生を装って"待つ"ことのみである。


「忠告ありがとう、煌斗。これからは大人しくしているから安心してくれ」

「ならよかった! 何かあったら、遠慮なく俺に相談して! 俺、瑠璃姉の力になるから! なりたいから!」

「ありがとう。考えておくよ」

「そ、そうだ! もしよかったらこれから、久々に一緒に……!」

「煌斗、ここで何してるのかなぁ……?」


 邪悪な声が聞こえ、瑠璃は密かに眼光を光らせた。


「き、綺麗!? か、帰ってたんだ?」

「ようやく豚箱からねぇ。私が居ないのを良いことに、ビッチと何話してたのかなぁ?  煌斗?」

「え、えっと、これは……! そ、そう! この間の喧嘩について注意をしてて!」

「そっかぁ。そうだよねぇ。いきなり怒り出すビッチ暴力女はちゃんと諌めないとね」

「そうだね、はは……」


 吉川 綺麗は恋人の煌斗の腕へ抱き着く

そして密かに瑠璃へ、鋭い視線を向けてきた。

まるで"口封じ"を命じるような視線だった。


 瑠璃とて馬鹿ではない。ここで自分が一人、事故として片付けられた一馬の件の真実を叫んだところで、誰も聞く耳を持ってはくれない。逆に、綺麗に逆らったということで返り討ちにあってしまう。

ならばここは、口を噤み、大人しくしているに限る。

 今頃、ここを目指して必死に足掻いているだろう、一馬を暖かく迎えるために、まずは無事であることが必要不可欠。


(木造くん、私はいつまでも君が戻ってくるのをここで待っているぞ。たとえ、それが何年、何十年掛かろうとも……)


その時、兵団宿舎の中を、けたたましい鐘の音が響き渡った。


「緊急警報!?」


 煌斗は顔を強張らせながら、そう呟く。

 窓ガラス越しに、瑠璃の背中が赤い輝きを浴びる。


 踵を返すと、窓の向こうでは赤々とした炎が上がっていて、黒煙が渦巻いている。

そして巨大な影が窓の向こうに現れた。


「お、鬼――!?」


 綺麗の言葉をかき消しつつ、宿舎の建物が崩れだす。


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