第13話 チョロい俺は三人と復縁する?

 火曜日。

 昨日、俺は果梨奈、陽菜、伊知花の三人をふった。気分は最悪だ。それはみんなが大切な人だからだ。

 大切な人を傷付けたのだ。気分がいいわけがない。

 それに俺の将来も閉ざされた。

 もうモテ期はこないだろう。

 不用意に優しくしすぎたのかもしれない。

「はぁ~」

 ため息が自然と漏れる。

「なんだ。ため息なんてついて、幸せが逃げるぞ」

「もう逃げているぞ。主に昨日の件でな」

「そりゃそうか。お前三人ともふるとは思わなかったからな。誰も喜ばない結果だな」

「ははは……。違いない」

「……おはよう。緑苑くん」

「お、おう。果梨奈か」

 後ろから声がかかり、びくりと身体を震わせる俺。

 まさかふった相手から挨拶してくるとは思わなかった。

「昨日、友だちと母に手料理をふるまったら、マズいって言われた」

「そうか」

「わたし、料理苦手だって知った。ありがとう、緑苑くん」

 バカ。バカ。バカ。

「なんでお前がお礼を言うんだよ! 俺が傷付けたんだぞ!」

「違う。わたし、ずっと緑苑くんを苦しめていたの。しかも、あんなに大量に作って……食べてもらえるのが嬉しかったの」

「バカ、嬉しいのなら、それを大事にしろ! 俺の言ったことなんて気にするな」

「できないよ! わたし、緑苑くんを忘れられないほど、好きになっていた」

 かぁあと顔が熱くなる。

「好きになっていたのに、嫌がっているのに気がつかなかった! サイテーだ、わたし」

「そんなことねーよ。俺だってもっとうまく伝えられたはずだ。それができない俺が悪い」

「そんなことないの。わたし、自分の価値観を押しつけてきた」

「はいはい。そこまで」

 黄竹が間に入り、話をとめる。

「なんだよ。黄竹」

「朝からお前らは痴話げんかか?」

「痴話げんか?」

「そうじゃないの。わたしが悪いの」

「また始まった。お前らの話を聞いていると頭が痛くなる……」

「そんなに痴話げんかっぽかったか?」

「ああ。それ以外のなにものでもないね」

「「…………」」

「まあ、お前らにはまいったよ。で、どうするつもりだ? 緑苑」

「どういう意味だ?」

「もう告白されているも、同然だぞ。その応えはどうする?」

 頭に陽菜と伊知花の顔が思い浮かぶ。

「俺は……」

 果梨奈はすがるように見つめてくる。

「俺は、まだ選べない」

「そうか。じゃあ、友だち以上恋人未満を貫くんだな」

「そう、かもしれない」

「え。いいの? メシマズのわたしでも……?」

「ええと。まあ、料理はこれから学んでいけばいいじゃないか?」

「ありがと! 緑苑くん!」

 果梨奈は俺に抱きつくと、にへらと笑う。

 その顔が可愛くってつい頭を撫でる。

「ホント、なんで付き合っていないだよ。お前ら」

 呆れた顔を浮かべる黄竹。


 お昼になり、果梨奈が近寄ってくる。

「今日、お弁当を持ってきたけど……食べる?」

 その言葉にドキリとしてしまうが、見た目は普通の弁当だ。

「ああ。食べる」

 そんなことよりも不安そうに呟く彼女が放ってはおけなかった。

 普通サイズの弁当箱を開けると、そこには白米と梅干し。端にはサラダと唐揚げが入っている。

「全部手作りだけど、お母さんにこれならいい、ってお墨付きをもらったから」

「そうか。ありがたくいただくよ」

 サラダは切ってあるだけだし、白米と梅干しも手間はかからないだろう。問題は唐揚げだけか。

 恐る恐る唐揚げを食べてみる。

「どう?」

「ん。食べられる」

 味付けはちょっと濃いが食べられる範囲内だ。ちょっと焦げているのが残念だが。

「良かった」

 ホッとひと息吐く果梨奈。

「サラダも食べてね」

「おう」

 レタスとトマト、キュウリなどが入ったサラダを食べてみる。

 うん。市販のドレッシングがうまい。

「うまいな。これなら食べられる」

「良かったぁ~」

「白米もおいしい。梅干しがいいね」

「うん。これからは気をつけて料理を作るね」

「ああ。助かる」


「なんで付き合っていないだ?」

 黄竹が何か言っているが気にしてはいけない。俺たちには俺たちのペースがあるのだ。

「やっぱり。わたし、緑苑くんが好きだ」

「そ、そうか。まあ、考えておくよ」

 いきなりの言葉にうろたえる俺。

 好きなのは分かっているが、実際に口にされるのは気恥ずかしい。


 そんな昼休みをすごすと午後の授業はあっという間に過ぎていった。

 放課後になり、委員会が始まる。空き教室に同じ委員会の生徒が集まってくる。

 委員会には陽菜もいるが、話すのは躊躇ためらわれる。

 そんな彼女から近寄ってくる。

「あの――その――」

「なんだ。俺はお前にひどいことを言ってふったんだぞ」

 ぶんぶんと首を横に振る。

「アタシ、キミのことを全然知らなかった。負担になっていると考えもしなかった」

 こんなに長く話しているのを見たことがない。

「みんなに頼ってばかりで、自分で前に進もうとしてなかったの。だから自分を変える」

「そ、そうか……」

 十分に変わったように見えるが、本人的には不十分らしい。

「今日はやけに話すな」

「――ん」

 かぁあと顔が赤くなる陽菜。どうやら頑張っていたらしい。

「意識するとダメ。でも、まだ話し足りない。アタシ、緑苑君を知りたい!」

「そう言われても……」

「好きな食べ物を知りたい。好きな光景を知りたい。好きなタイプを知りたい。好きな映画を知りたい。好きな世界を知りたい――」

「待て待て。少し暴走しているぞ。落ち着け」

「――ん。ごめん」

 でも、と続ける陽菜。

「緑苑君をもっと知りたいの。こんな気持ち、初めて」

 その笑顔にドキッと胸が高鳴る。早鐘を打つ心臓。


 委員会が終わり、今日は遅くなった部室へ向かう。

 多分、部活は辞めるだろう。これ以上、伊知花と一緒にいられない。

 だから最後に小説の入ったパソコンからコピーと退部届を書こうと思う。

 日も傾き、黄金色に染まった部室に入る。

「こんにちは」

「こんにちは」

 部室の奥、誕生日席にあたる場所を陣取る伊知花が、微笑む。

 無視するつもりだったけど、相手から話しかけてくるとは予想外だった。

 いつも使っているパソコンの電源をいれると、戸棚にある退部届を引っ張り出す。

「ちょっと。どういうつもり?」

「え。いや、伊知花と会うのも辛いから退部届を――」

「はぁ? 誰が辛いのよ。被害者ぶらないでよ」

「でも、俺はキミを傷付けた」

「なに言っているのかしら? 傷ついていたのはあなたじゃない。私はそれに気がついていなかったアホよ」

「で、でも……」

「私はこれから『男の子だから』と偏見を持たないようにするわ。だからあなたも今まで通りに接してよ!」

「え」

 パソコンが立ち上がり、次の動作を待っている。

「いいのか? 今まで通りで」

「そうよ。私はまだ恋を諦めていないんだから」

 その言葉に俺は頬が熱くなるのを感じる。

「だからまだ部活も続けなさい」

「それでいいのか? 俺は他の女の子になびくかもしれないぞ」

「そんなことないわ。私が魅力的な女の子と分からせるまで、私は負けていない」

「……強いね」

「強がっているからね」

 そう言ってパソコンに打ち込みを始める伊知花。

「俺もそっちにいけるかな?」

「これるわよ。まだ終わっていないでしょ?」

「そうだね。俺もプロの作家になる」

「ふふ。なら私を超えなさい。緑苑ならできるわ」

「うん。頑張ってみるよ、先輩」

「やめてよ。先輩なんて」

「いいじゃないか。実際そうなるんだし」

 そう言い、俺はデータをコピーする。

 退部届をくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に投げ込む。

「俺、まだ諦めない。伊知花も諦めないんだな?」

「そうよ。何度も言わせないで」

「ふっ。こんな簡単なことだったんだ」

 そう言い、小説を書き始める俺。

 これからも同じような日々が続くのかもしれない。

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