第12話 チョロい俺とバッドエンド。

 俺が電車にのり、ひとつ隣の町へ移動する。

 駅前からはタクシーに乗り、会場へ向かう。

「急いで!」

 ついそう叫んでしまった。

 タクシーの運ちゃんはにかっと笑い、口を開く。

「あんちゃん。そんなに焦ってもしかたないで」

「す、すみません」

 伊知花のところで待ったので、必然的に果梨奈の元に行くのが遅れたのだ。

 会場につくと、俺は焦って会計をすませる。

 チケット片手に走りつくと、受付をすぐにすませる。

「B29になります」

「分かりました」

 受付にそう告げるなり、真っ直ぐにB29の席に向かう。

 ……と、グランドには走り出している選手がちらほら。そこの中に果梨奈はいない。

 果梨奈はいつ出てくるのやら。

 席に座り、じっくりとグランドを見下ろす。

 走っているのはかなり背の高い選手ばかりだ。そんな中、一回りほど小さな選手がひとり。

 果梨奈だ。

「頑張れー! 果梨奈」

 と叫ぶが聞こえているかは怪しい。

 果梨奈がクラウチングスタートの体勢に入り、目の前にあるゴールを見据える。

 ぴりぴりとした空気があり、背中に冷たいものがこぼれ落ちる感覚になる。

 パンッと音が鳴り、各者いっせいに走り出す。その中でも群を抜いて早いのが果梨奈。

 走る。走る。

 ゴール手前で転びそうになる果梨奈。だが、すぐに体勢を立て直し、ゴールテープを打ち破る果梨奈。

 勝った。

 果梨奈が地区予選のゴールを打ち破った。

 嬉しさで舞い上がる俺と果梨奈。

 グランドにいる果梨奈がこちらを見て、嬉しそうに顔をほころばせる。

 それが嬉しくって、こちらも手を振る。

 そのあと、閉会式が始まり、やがて終わる。

 応援席から降りて選手の入場口で待つことにする。

 しばらくして、見慣れた顔が現れる。

「やっほー。来てくれてありがと!」

 そのままの勢いで抱きついてくる果梨奈。

「ちょっと。果梨奈」

 いろんなところ、主に胸があたり混乱と恥じらいで顔が熱くなる。

「きてくれてありがと。お陰で頑張れた」

「それなら良かった。これで地区予選突破だな」

「そう。次は全国だよ!」

 嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねる果梨奈。

「全国がわたしを待っている……! そう考えると、今日は眠れそうにないよ」

 ほわほわした気分で帰路につく果梨奈と俺。

「ふんふ~ん♪」

 鼻歌交じりで電車に乗る果梨奈。

 そんなに嬉しいことなのだな。俺も小説が中間突破できて嬉しかったもんな。

「嬉しいことが続くものだな」

「え」

「いや、俺の小説も中間選考を突破していたんだよ」

「そうなんだ! 嬉しいね!」


 帰宅すると、亜鈴がうろんげな表情を浮かべる。

「今日は何人の人と遊んできたのよ」

「え。ええっと。ははは……」

「まったく、お兄ちゃんは……呆れてなにも言えないよ……」

 妹に呆れてしまったようだ。そんなに悪いことをしたのだろうか。

 果梨奈に陽菜、そして伊知花。みんな大事な仲間だ。でも、彼女らの中からひとりを選べるわけがない。

 どうしたらいい。

 それに彼女らには欠点がある。その改善が見込めないなら、こっちも大変になるだろう。

 うん。そうだ。彼女らに改善点を要求し、それで諦めてもらおう。

 俺のことを好き、なんて幻想を打ち砕いてやる。そこまでの価値がないと知ってもらうのだ。

 なんでもかんでも可愛い顔で許されるわけじゃない。

 俺はそんなに強くないし、誇れるものもない。


 ――金持ちだから


 ふと黄竹の言葉が蘇る。

 もし、本当にお金目当てなら、俺を理解してから付き合ってほしい。

 チョロい俺はそうでもしないと、彼女らの笑顔に負けてしまう。

 芯を強く持ち、彼女らと向き合わなくてはいけない。


※※※


 月曜日になり、俺は果梨奈、陽菜、伊知花の三人を呼びつけた。

「なんで、わたしたちを呼んだの?」

「その――あの――。どうして?」

「それは私も聞きたいわね」

「それはお前たちに改善点を要求したいからだ。それによって俺の未来設計が変わってくる」

「改善したいこと……?」

 俺の言葉に反応を示したのは果梨奈だ。

「わたしは別におかしなことは言ってないと思うんだけどな~」

「そう――そう――」

「それなら私には心当たりがあるわ」

 俺は果梨奈に向き合うと、目を見据える。

「な、なに?」

「料理を作りすぎだ。それにおいしくない」

 言った。言ってしまった。これで改善できなければ俺は恋人になれない。

「そ、そうなの……? でもおいしいそうに食べていたじゃない」

「作りすぎて吐き気がするほどだったぞ。それに味が濃い」

「でも男の子は食べるものだって……」

「俺はそんなに食べない方だよ。食が細いんだ」

「……分かった。今度から気をつける」

 次に、と言わんばかりに陽菜を見つめる。

「えと――その――」

「陽菜は自分の意見を言わなすぎ。なんでも俺に頼るな」

 突き放した物言いに陽菜がうろたえる。

「ひ――」

「言いたいことがあるのなら、先にいってくれ」

「でも――そう――。分かった」

 最後に伊知花に向き合う。

「男だからってなんでも理想像を押しつけないでくれ。伊知花が思っている以上に男は繊細な生き物だ。偏見で語らないでくれ」

「そ、そうなのかしら? でも、あなたはいつでも格好いい姿で……」

「それはたまたまだ。それにそういう風に装ってきただけだ」

 冷たく言い放つと、伊知花はうつむく。

「それじゃあな。俺はみんなとは一緒にいられない。分かってくれ」

 それだけを言い残し、俺はその場を立ち去っていく。

 残された者がどんな会話をしたのか、知らずに。


「確かに果梨奈さんの料理はまずいですわ。でも直接言うなんて……」

「我慢の限界だったのかも」

「そ、そんなにマズいかな……?」

「ええ。それはもう」

「うん――」

「そ、そうなのね……。でもそういう伊知花だって男だからって、なんでもできる見たいな言い方しているよ」

「そ、そんなつもりはなかったわ。でも、そう聞こえるのかしら……?」

「聞こえる――」

「そうね。聞こえるよ」

「そういう陽菜さんも頼りすぎですわ」

「分かっている――でも、頼ってしまうの」

「それは陽菜がまだ未熟な証拠ね。一人前のレディになりたかったら芯を強く持ちなさい」

「うん――」


※※※


「よっ。三人をふった気分はどうだ?」

「最悪だよ。そういう黄竹はどうして知っているんだ?」

「盗み聞きしていただけだ。気にするな」

「気になるだろ。というか、どうしてたきつけるようなメッセを送ってきたんだ?」

 そう昨日の夜に、俺に一通のメッセが届いた。

『三人と別れろ』と。

「付き合ってもいないのに、別れるなんておかしな話だ」

「なに言ってんだ。お前」

「うん?」

「お前が三人と付き合っている、って噂になっていたぞ」

「マジで?」

「マジ。おうちデートや買い物デート、はたまた遊園地デートまでしておいて、付き合っていないのはおかしい。だからあいつは三股している、って。その話でもちきりだったんだ」

「……そう、か……」

 心当たりがあるだけに訂正することもできない。

「でも、そんな噂になっているなら、あいつらも気がついていたんじゃないのか?」

「だろうね。それでもお前と付き合いたい一心で近寄ってきたんだろ」

「そう、か。そんな思いで……」

「てっきり、あの中からひとり選んでハッピーエンドかと思えば、全員をふるなんてな。業の深い奴だ」

「……確かにな。俺は業が深いのかもしれない」

「チョロいお前らしいけどな。でももっとじっくりと選んでも良かったんだぜ」

「選ぶ、か……」

「どうした?」

「いや、選ぶ権利が俺にはあるのかな、って思ってな」

「そりゃないだろ。でも、決めなくてはいけない、そんなときがあるんだ」

「そうか……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る