第11話 チョロい俺はお金持ち。

「だあー! 陸上の地区大会と、陽菜の同人誌即売会が一緒だぁ~!」

 困ったことに日時がモロ被りなのだ。しかし場所は近い。無理をすれば二つを掛け持ちはできそうではある。

 ブーブーとスマホが振動する。

「なんだ? 伊知花か」

『私のサイン会は5月9日日曜日よ。応援にきてね!』

「オウマイガー! その日だよ! その日がかぶっているんだよ!」

 俺はのけぞりそうになり、混乱する頭の中を一度リセットする。

『来てくれるよね?』

「はい。行きます!」

 チョロい俺は伊知花の言葉に押されてしまった。

 これで果梨奈の地区大会と、陽菜の同人誌即売会、そして伊知花のサイン会に登場しなくてはならない。

 俺はどうすればいい。

 まずは参加しておきたいところを見つけなくては。

「どうするか……」

 陽菜の同人誌即売会は最初の準備が大変だ。そこを手伝えばいい。

 伊知花のサイン会はお昼頃。

 果梨奈の地区大会は午後の部門だ。

「よし。やり通すぞ! おー!」

「お兄ちゃん、うっさい」

「ご、ごめんよ!」

 亜鈴の言葉にうろたえる俺。

 しかし、本当に達成できるのだろうか?


 5月6日。

 学校への登校日だ。

 久しぶりに感じるのはここ最近、出掛けてばかりだったからか。

「よう。元気にしていたか?」

「黄竹か。久しぶりな感じがするな」

「そりゃそうだろ。この三日間、いろんな女子を侍らせて」

「……そうでもないぞ」

「なら、なんで顔を背ける? もうネタはあがっているんだ。遅いぞ」

「それをどこで……?」

「みんなのSNSを見ていれば分かることだ。果梨奈ちゃんに、陽菜さん、それに伊知花さんか。うらやましいね。このー」

「あははは」

 乾いた笑いしかできねー。

「しかし、誰を選ぶんだよ? 本命は誰だ?」

「そう言われても、な……」

「まあ、お前んちは金持ちだから、それを狙っている可能性もあるよな」

「え……」

「そりゃそうだろ。お前、この地区でも随一の金持ちだって噂があるぞ」

「いや、金を持っているからって近づいてくる女子がいるのか?」

「お前、それはないだろ。金持ちなんだから、そのくらいのリスクはあるぞ」

「ははは。まさか……」

 女の子の怖さが襲ってきて、俺は不安に思う。

 確かにお金に困ったことはないが、それに食いつく者がいるのか? そうかもしれない。黄竹の言うとおりかもしれない。

「なにを話しているの?」

 隣から声をかけてくる果梨奈。

「いや、たいしたことはない」

「そっか。この間は楽しかったなー。また行ってもいい?」

「え! ええと。いやまあ」

 曖昧な応えをすると、果梨奈が切なそうな顔を浮かべる。

「行っちゃダメ?」

「いや、来てもいいが、なんもないぞ」

「それでもいい」

「なら、……いいが……」

 困った。このままじゃ、本当にハーレムを望んでいるように思われてしまう。

 焦っていると、果梨奈が去っていく。

 隣の教室から伊知花がやってくる。

「緑苑、また遊ぼびましょう」

「う、うん。まあ」

「あら。私と遊べるのが不服なのかしら?」

「いや、そういうわけじゃないが……」

 困った顔を浮かべるものだから、つい本音をもらしてしまった。

 用は済んだとばかりに教室を出ていく伊知花。それを見届けるかのようにドアにへばりついていた陽菜が、トトトと歩いてくる。

「あの――その――」

「お、落ち着け」

「……また遊んでね」

 手を握り、そう呟く陽菜。

「お、おう。もちろんだ」

「良かった……!」

 そう言って恥ずかしそうに教室を後にする陽菜。

「すごいな。お前」

「いや、まあ……」

「この短時間で三人と交際するつもりか? よせよせ。お前にそんな器量はない」

「分かっているけど、あんな頼み方をされたら……」

「チョロいなお前」

「ああ、俺はチョロいんだよ!」

「逆ギレするな! 誰かにしぼれ!」

「頭では分かっているけど、心が追いつかないんだよ」

 泣きたい気持ちになりながら、その日の授業を受けた。


 問題の5月9日。日曜日。

 俺は陽菜と一緒に即売会に参加する。……といっても陳列と会計だけなのだが。

 それ以外は俺にできることはない。

 だから最初に本を並べるだけだ。

「あの――その――」

「今日は来てくれてありがとうね。緑苑クン」

「ん!」

 陽菜の姉、柚希ゆずきが一緒に陳列をしていく。

「今日は、ありがと」

 陽菜は小さな声でお礼を言う。

「いや、いいって。このくらい。でも午後からは……」

「ん。分かっている――」

 陽菜には事情があり、午後から参加できないと言ってある。それでもいいと言ってくれたのだ。

「午前はアタシのもの」

「え。いや、そうじゃなくて……」

「青春しているねー」

 柚希さんが暖かな目で俺を見てくる。

「いや、柚希さんが思っているような関係では……」

「そう――なの――?」

「い、いや……」

「ははは。やっぱり青春しているじゃないか。嘘はよくないぞ。少年」

「ん。よくない」

「ははは」

 乾いた笑いしかでてこないわ。

 裏では三股とか言われているんだろ。最悪だ。

 どうしたら解決できるか。一つは黄竹の言う通り、誰かに絞ればいい。でも、俺は……。

 そんなことを考えながら受付をする。

 お客さんが一冊を手にすると、俺が会計を済ませる。

 陽菜の書いたイラストは可愛くてほのぼのとして幸せそうな絵柄だ。もうプロのイラストレーターじゃないか? と思わせるくらい美麗な絵だ。

「なんでイラストレーターになれないんだろ……」

「なんでだろうね――」

 思わず言葉にしてしまったが、陽菜はへこたれることなく、笑みを浮かべている。

「そろそろだろ。行きなさい」

「そうですね。分かりました。後を頼みます」

 柚希さんがそういい、俺が応じる。

 最初の山場は超えた。あとはあまり客もあまりこないだろう。

 会計を任せると、俺は近くにある書店に赴く。

 走ってきたが、まだやっているだろうか?

 俺はチケットを片手にぶんぶん書店のサイン会に向かっていく。案内板があるので、迷うことはなかったが、それでも遅れたのには違いない。

 おこがましい気持ちで訪れると、伊知花が嬉しそうに顔をほころばせる。

「やっと来たわね。遅かったじゃない」

「いや。ちょっと迷ってな」

「何をしていたのかしら。迷うような場所でもないでしょ。おかしい」

 クスクスと笑う伊知花。

「ははは。いや駅からこっち分からなくて」

「ふーん。そういうことにしてあげるわ」

 未だにクスクスと笑っている伊知花に罪悪感を覚えつつ、サイン本を受け取る。

「今回は恋愛もの。素敵な出会いがありますように」

 祈るように呟くと伊知花は本を手渡してくる。

「なんか、本当に作家なんだな」

「当たり前でしょう。ここまで上り詰めるのに大変だったのだから」

「それを追い越してやるよ。俺の手で」

「まったく。追いかけがいのある背中だわ」

「……? 追いかけるのは俺の方だろ?」

「まったく、ホントにそう思っているのかしら?」

「え」

「さあ。もう次の読者さんよ」

「分かったよ」

「少し待っていてね」

「え……」

 困った。少し待たないといけないのか。

 個室になっていたサイン会場を後にすると、俺はそわそわしながら伊知花を待った。

 この間に地区大会に行こうか? とも思ったが、サイン会はあと少しで終わる。

 13時には終わる。

 コンビニで買ったあんパンと牛乳で腹を満たすと、再びサイン会場へ戻る。すでに全員終えたのか、撤退を始めていた。

「伊知花は……?」

「うふふ。待っていてくれたのね。ありがと」

 後ろから声がかかり、驚いて振り向く。

「ふふ」

「伊知花。なにかあったのか?」

「たんに感想を聞きたかっただけよ」

「あー。今回のはすごい世界観で……」

 俺が小説とサイン会の感想を述べると、伊知花は嬉しそうに目を細めるのだった。

「俺、このあと用事があるから先に帰るけど、いいか?」

「もちろん。でも、私を気にかけてくれて嬉しいわ」

 その足で果梨奈の待つ陸上の地区大会会場へ向かう。

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