第10話 チョロい俺と伊知花の観覧車。

 昼食を終え、次のアトラクションの予定を決める。

「ここがいいわ」

「ゴーカートか。いいな。どっちが先にゴールするか勝負しないか?」

「それは妙案ね。勝った方が次のアトラクションを決める……というのはどうでしょう?」

「いいね。そうしよう」

 俺たちはゴーカートに向かう。

「ここのゴーカートはリアリティを求めてあって、アクセルとブレーキがあって、10kmは出るそうだ。シートベルトもあり、コースも二車線、カーブも何カ所かあるそうだ」

「それだけリアルなのね。やりがいがありそうね」

「そうだな。おっ。見えてきた」

 そんな話をしていると、ゴーカートの列が見えてくる。

「並んでいるわね」

「そうだな。でも待つ時間も心地よい」

「ふふ。そう思っていただけると嬉しいわ」

 クスクスと笑う伊知花だが、なにがそんなに面白いのだろうか。

「そろそろ順番だぞ」

「そうみたいね」

 前の列が進むと、俺も前に進む。

 カートに乗ると、俺と伊知花はシートベルトをしっかりとしめる。

「よし。前の信号が青になったら発進だな」

「そうみたいね」

 目の前、上からぶら下がっている信号が三つのランプを点滅させる。

 ひとつ。

 ふたつ。

 みっつ。

 青になった!

 アクセルを踏み込み、一気に加速する。

 伊知花も同様に加速する。

 直線を真っ直ぐ進むと突然、右カーブが襲ってくる。曲がった先で左へカーブ。カーブが終わると長い直線。続いて左カーブ。

 カーブを終えると、伊知花が横並びになる。

「やるね。残りのカートは置いてきたのに」

「ふふ。私もやるときはやるんだからね」

 横並びになると、わざと車体をゆらす。

 それにあおられた伊知花がバランスを崩す。

「うそ」

 小さな悲鳴を上げる伊知花を置いてけぼりにし、俺は堂々の一位を獲得する。

「ひゃっはー! ゴール!!」

 伊達にレースゲームをしているわけじゃない。

「むぅ。緑苑に勝つにはどうしたらいいのかしら」

「むふぅ。俺はこんなところも得意なのだ」

 自慢げに話しているが、作家としての質は伊知花の方が上だ。

「というか、プロの作家さんだろ。自信もっていいじゃん」

「そ、そうかしら。好きで書いているから分からないわ」

「まあ、約束通り、次のアトラクションは俺が選ぶぞ」

 俺はマップを見て、アトラクションを選ぶ。

「じゃあ、コーヒーカップでどうだ?」

「いいの?」

 きょとんとした顔を見せる伊知花。

「だって。私が嫌いなジェットコースターとか、選べたのよ?」

「うん。だからコーヒーカップ」

「嘘よ。私に気を遣ったでしょ?」

「いいや。俺が乗ってみたいと思っただけだ」

「……そう。頑固ね」

「お互い様だ」


 俺がコーヒーカップに乗り込むと俺は目の前にあるハンドルを見つめる。

「それを回すと回転が速くなるのかしら?」

「ああ。だから回す!」

 ハンドルに手をかけ、思いっきり右回りに回す。

「それそれ!」

「きゃっ! ちょっとやめてよ!」

 遠心力で身体がもっていかれそうになるのを堪え、ハンドルを回し続ける。

「きゃ――っ!」

 伊知花が女の子らしく悲鳴を上げるが、まだまだ回転をやめない。

 と、そろそろ回転が遅くなっていく。

「そろそろ終わりか」

「ええ。終わりで良かったわ……」

 でろんでろんになった伊知花に肩を貸しつつ、近くのベンチに座らせる。

「もう、なんであんなに回転するのよ……」

「わりぃ。調子にのってしまった」

「まったく男子なんだから」

 いやちょっと意味が分からないですね。

「ふふ。イタズラ好きなんだから」

 あー。そういう意味か。

 確かにイタズラをするのは男子なイメージがあるな。うん。

「そう言えば、今日は華コンの中間発表じゃなかったかしら?」

「あ。そうだった」

 スマホで並んでコンテストの様子を見る。

 華コン――華宮はなみやコンテストはWEB小説のお祭りみたいなものである。大賞をとると、プロの作家になれるのだ。

 肩を並べてスマホに集中すると…………あった!

「おっ! 通っている!」

「みたいね。一歩、私に近づいたということかしら?」

「違いない。今度はキミを負かしてみせるよ。伊知花」

「うん。いつか私を追い抜いてね」

 どこか誇らしげに胸を張る伊知花。

「そうだ。あれやりましょう?」

「あれ?」

 伊知花が見ている先には猟銃みたいなものを構えた人が立っている。射的だ。コルク銃で商品を倒すものだ。

「あんなものまであるのか。すごいな……」

「素直に感激していないで、格好いいところ見せてよ。男の子でしょ」

「……はいはい。分かりましたよ。やればいいんでしょ」

 俺はむっとした表情を浮かべながら射的に挑む。隣で伊知花も挑戦するらしい。

「あのクマのぬいぐるみがほしいわ」

「あれ。めちゃくちゃでかいぞ」

「クマのぬいぐるみがほしいわ」

 参ったな。これ以上は譲歩できないだろう。

「分かった。あのクマだな。よぉし」

 コルク銃を構えると、発射する。

 一発目、クマの横をすり抜ける。

「なるほど」

「なにがなるほどよ。失敗しているじゃない」

「そういうお前もな」

 俺は二発目を装填し――発射。

 コンっという音を立ててクマのぬいぐるみに直撃する。

「当たっても落ちないじゃない。こんなのやってられないわ」

「まあ、待て」

 俺は三発、四発とあてていく。

「これで最後だ」

 五発目でクマのぬいぐるみが後ろに倒れる。ちょっとずつ押し出していたのだ。

「マジですか……」

 係員が困ったような顔を見せる。

「ほら。とれた」

「半ば力技じゃない。まったく」

 クマのぬいぐるみを手にすると伊知花に渡す。

「ありがとう」

「とれて良かったよ」

「うん」

 素直に頷く伊知花がすごく可愛いと思った。……やはりチョロいな俺。


 閉園間際のあかね色に染まった空。

「ほら。最後にあれにのるわよ」

「え。ああ。観覧車か」

 約束を覚えていたのだ。

 今日はたっぷりと遊ばせてもらった。いい思い出になるだろう。

「なるほど。夕日の中の観覧車が綺麗だから」

「そうよ。この観覧車から望むのが最適よ。それに……噂もあるし」

「噂……?」

 観覧車に乗り込むと、係員が外から扉をしめる。

「頂上であることをすると、え永遠に結ばれる……という……」

 耳までまっ赤に染める伊知花。

 なるほど。少女趣味だな。俺には分からないが、そういったジンクスというのはどこにでもあるものだ。

「で、あること……というのは?」

 それが厳しい条件だったりしたら、困る。

 ……というか伊知花は俺に恋をしているのか? そうじゃなかったら、俺を誘ったりしないよな? これって俺が一歩前に進んでもいい証拠じゃないか?

 ゴクリと喉を鳴らす。

 いやダメだ。

 果梨奈と陽菜の顔が思い浮かぶ。

「……キス」

「え?」

「頂上でキスをすると、願いが叶うわ!」

「断定してきた!?」

「もう。恥ずかしい……」

 尻すぼみになる伊知花。

 しかし、どうしたものか。このまま頂上にいけばキスされてしまうのかもしれない。

 俺が好きなのかどうかも分からないのに……。

 でもこれを逃したら俺は一生恋人ができないのかもしれない。

 どうしたものか。

 悩んでいると、もうじき頂上に向かう。

 緊張で嫌な汗が噴き出してきた。

 と頂上に達すると伊知花が頬にキスをする。

「ま、まだ口では早いから……!」

「お、おう!」

 伊知花が今にも倒れそうにゆでだこのような顔で指を指す。

「こ、これで良かったのか?」

「うん。これで良かったわ。たぶん……」

 伊知花が混乱している様子で頷く。

 地上までこんな空気の中、待たなきゃいけないのか? 今にも逃げ出したいぞ。


 地上に降りると、伊知花はこちらに振り返り、一言。

「次のサイン会には来てもらえるかしら?」

「おう。分かった。じゃあな」

「じゃあね」

 そう言ってお別れをした。

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