第9話 チョロい俺と伊知花のお化け屋敷デート。
「参ったな。俺だけが楽しんでいるな」
「……私も楽しんでいるわよ」
「強がるな。足が震えているぞ」
「そ、そんなこと言わなくても……」
伊知花は一歩下がって応えるような性格をしている。だからか、俺に付き従おうとする。そのためか、強がった発言も多い。
「分かった。今度はメリーゴーランドにもで乗るか?」
「メリーゴーランドは、速度がでない?」
「でないでない。そんな速度を出されたらメリーゴーランドじゃなくなる」
「そ。それならいいわよ」
俺と伊知花はメリーゴーランドに向かう。
メリーゴーランドは比較的空いているのか、すぐに馬に乗れた。そこそこの速度で回転運動を始め、伊知花はおっかなびっくりで馬にしがみついていた。だが、やがて慣れたのか、最後の方には手をふる余裕も生まれた。
「こんなのばかりだといいわね!」
「そうか? 俺はもっと早いほうが好きだけど」
「やっぱり、そっちが好きなんだ。男の子だね」
「それじゃ、お化け屋敷も入れないよな」
近くにあったお化け屋敷を見て、呟く。
「大丈夫」
「え」
「大丈夫だから行くわよ」
伊知花は真っ直ぐにお化け屋敷に向かっていく。
「いや、ちょっと待てよ!」
早足でお化け屋敷入り口で止まる伊知花。
追いつくと、俺は訊ねる。
「いいのか? かなり怖いって有名だぞ」
「いいわ。一度くらい経験してみたいわ」
受付嬢がにこりと笑う。
「彼女さんですか? 可愛いですね」
「いや、まあ……」
「か、彼女……!」
えへへへとバグっている伊知花を置いて、受付嬢が訊ねてくる。
「二名様ですね。それでは楽しんで行ってください」
受付嬢に促されるまま、俺と伊知花はお化け屋敷に入っていく。
中に入ると、薄暗い通路になっていた。足下には石畳があり、両隣には竹林が広がっていた。それも作り物だが、おどろおどろしい雰囲気を醸し出している。
「ぶ、不気味な雰囲気ね」
「ああ。そうだな」
目の前の井戸から急に白いゾンビが飛び出してくる。
「ひっ!」
伊知花が俺の腕に飛びついてくる。
「やっぱり怖いんじゃないか。出るぞ」
お化け屋敷には途中で抜け出せるリタイア用の扉が接地してある。
「いい。まだ行けるわ」
強がっているのは丸わかりだが、俺はため息を吐いて進むことにした。
彼女の頑張りを無駄にしてはいけない。
そう思ったのだが、間違いだったかもしれない。
目の前を火の玉が走っていく。
「ひっ!」
「ホントの火の玉みたいだな」
仕掛けが分かっているのだから、怖くはない。あれは油をつけた紙玉に火をつけたもの。消防法に引っかかりそうだが、気にしてはいけない。
「……まだ」
俺にしがみついている伊知花。
胸の柔らかさと熱を感じつつ、俺は前を向く。
伊知花が諦めないのなら、俺が途中でリタイアするわけにはいかない。
小さな子どもが脇道でうずくまっている。
「大丈夫か? 前の組か?」
俺が話しかけると、子どもはすすり泣く。
「いないの」
「誰がいないんだ?」
「いないの。いないの。いないのいないのいないのいないのいないのいないの」
ぎぎっと音を立てて上を向く子ども。
顔がなく、血で染まっていた。
「いた」
上を見上げるとその子の母らしき人物がクモの糸に絡め取られ、血を流していた。
ぴちょん。
生暖かい粘度のある水が地面に落ちる。
「ひっ!」
「――っ!?」
俺もさすがに怖さで言葉を失う。怯え上がった伊知花は俺の身体に密着してくる。
「さ、さすがに、今のは怖かったな」
俺はそう言い、出口へ向かう。
「男の子でも怖いと思うんだ……」
もう腰が抜けそうといった様子の伊知花。
「リタイアするか?」
ぶんぶんと首を横に振る伊知花。
「だけど……」
俺にしがみつくようにして歩いているのだから、そろそろ諦めてもいいと思う。
「私は屈しないわ」
そう言ってひとりで歩き出す。
「分かった。それでいいんだな」
俺は彼女の思いを無駄にしないために、後押しをするだけだ。
途中で脅かしてくる幽霊や、目が飛び出した人形に襲われそうになったりと、大変なことが連続したが、伊知花はそのたびに立ち直り、前へと進む。
そんなこんなでお化け屋敷を脱出する。
「やっと外だ」
明るい日差しがさし込んでくる。
「いいわ。このままゴールよ!」
外のドアを開けると、「お疲れ様でした」と受付嬢が応対する。
「楽しんでいただけたのなら幸いです」
と謝辞を述べる受付嬢。
「お、終わったわ……!」
伊知花は目をこすりながらその場にへたり込む。
「やったな。伊知花、よく逃げ出さずにいたな」
実は俺も怖かったなんて言えない。
「こ、怖かった。緑苑は男の子だから怖くないみたいだけど……」
「そんなことない。怖かったさ」
「そんな慰めはいらないわよ」
伊知花は立ち上がると、パンパンと衣服についた埃を払う。
「私、まだ頑張れるわ。うん……!」
何やら自信を身につけたらしい。それはいいことなのかもしれない。だけどお化け屋敷は日常にはないよ?
「さて。次はどこに行こうか?」
「その前に、食事がしたいわ」
「それもそうか」
時間を見ると12時10分をさしていた。もうお昼どきだったのだ。お化け屋敷が暗室だったので気がつかなかった。
「驚いたら、お腹すいちゃったわ」
「じゃあ、レストランにでもよるか」
園内にあるレストランは三つくらいある。どこにするか? と悩んでいると、伊知花が袖を引っ張る。
「どこにする?」
「あー。この近くにあるミリにするか?」
「うん。緑苑がそう言うなら」
伊知花と一緒に食事をするのは久しぶりだ。
ミリというレストランに着くと、ハンバーグとペペロンチーノを注文をする。
席につくと、ふぅとため息を吐く。
「ちょっと疲れたな」
「そうね。でも楽しいわ」
「ホントか? 伊知花はずっと怖がっていたじゃないか」
ジェットコースターも、お化け屋敷も怖がっていたし、フリーホールに関しては乗ってすらいない。
「私はこれでも楽しんでいるの。気にしなくていいわ」
「いや気になるだろ。普通に」
誰でも伊知花が楽しんでいるのか、心配するだろうに。
「午後からはもっとゆっくりとしたものに乗りたいわ」
「じゃあ、観覧車にでも乗るか?」
「うん! ……あ。でももうちょっと待って。観覧車は閉園間際にしてほしいわ」
「閉園間際……?」
「そう。その前にゴーカートとかに乗ろう」
「ああ。かまわないが……」
なんで閉園間際にしたのかは謎のままだな。まいっか。伊知花にも考えがあるのだろう。
「小説書いているの?」
「ああ。今日も帰ったら一話分書く予定だ」
「そう。順調そうでなによりね。……実は私も書いてみたわ」
「そうか! 久しぶりの新作だな。プロの作家さんは違う」
「もう。やめてよ。小説家っていっても三冊しか出していないんだからね」
「それでも一シリーズは完結させたんだろ? 俺にとっては夢の話だよ」
うんうんと頷く俺。
「でも、担当さんともめたわ。『お前の書いた作品は男女差別だ』って」
「ははは。それでどうしたんだ?」
「いっそのこと、登場キャラを全て女の子にしてやったわ」
「そうか。それは面白そうだな」
「男の子なら悩まないし、真っ直ぐに突き進むでしょ? それがおかしいのよ」
水を飲みながら伊知花はとんでもないことを言う。
「…………ああ。そうか」
俺は否定すべきだったのかもしれない。彼女の心の内に潜む差別意識を消せるのは俺だけだ。そう思ってしまったのだ。
注文したハンバーグとペペロンチーノが届く。
頬張ると、伊知花が呟く。
「ハンバーグが好きなんて、本当に男の子だよね」
彼女は男性の理想像を他人にも求めるタイプだ。だから男らしくない、と言われる男子は多い。そして、そういったタイプの男は男として見てもらえないのだ。
「残り、食べて」
ペペロンチーノを残す伊知花。そして男の子なら食べてくれると信じているのだ。
「ああ。分かった」
「やっぱり。男の子だ」
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