第8話 チョロい俺と伊知花のジェットコースター。

 陽菜との帰りを終えた次の日。五月五日。今日も祝日だ。

 ピンポーンとチャイムが鳴る。

「はいはい。どちらさんですか?」

「私だ。緑苑」

 伊知花が立っていた。

「緑苑。今日は暇か?」

「暇だよ」

「なら一緒に遊園地にいこう! な!」

 目をキラキラと光らせ、俺に迫る伊知花。

「わ、分かった。分かったから。落ち着け」

 どこか冷静さを欠いた伊知花がチケットを渡してくる。

「これは……!」

「そう。この間できたばかりの花菱はなびし! 行ってみたいでしょ?」

「ああ。もちろんだ」

「さすが琉生。私の期待を裏切らないね」

「そうかな? 割とみんな同じ反応だと思うけど……?」

「違う。心意気のことだ。キミはいつも不思議な態度をとっているからな」

「そうか? 俺は普通にしているつもりだが」

「天然でこれだからな」

 天然……。言われたことにショックを受け、しばし呆然とする。

「いや、でもキミの素晴らしいところでもあると思うぞ。うん」

「そう言われても、ショックなものはショックだ」

「その性格だからこそ、キミの小説はおかしい点がいくつかあるのだ」

「た、例えば……?」

 緊張からなのか、ゴクリと喉を鳴らす。

「《料理がまずいと教える》が《やさしい》とかな。あれはかなりの天然っぷりを発揮していたな」

「そ、そうなのか……。道理できついコメントばかりだと思った」

「少しは自分の天然さんぷりを自覚してほしいわ……」

「分かった。努めておく」

「とどめておく、じゃなくて?」

「……とどめておく」

「まったくもう、仕方ないわね」

 俺の頭をくしゃくしゃと撫でる伊知花。

「男の子で天然なんて珍しいけど……。かわいい」

「そうか」

 そんな会話をしながら遊園地へと向かう。

 遊園地は電車で乗り換えが必要になる。

「遊園地、遠いよな」

「遠い、でも、それでも楽しめるからいいわ」

「もう少し近くにあったら良かったのに」

「あら。それだとうるさくてしかたないんじゃないかしら?」

「そんなもんか?」

「そんなものよ」

 ふふふと笑う伊知花。

「そう言えば、この間借りた《異世界に転生した!》読んだぞ」

「どうだった? 面白かった?」

「ああ。まさか異世界そのものに転生するとは思わなかった」

「そうそう! まさか星そのものに転生するなんて」

「そのあとのギャグも面白くて、何度も読み返したよ。伏線の回収も素晴らしかった」

「そうそう。よくできた話だったわ」

 嬉しそうに談笑をする伊知花。

 こんな風に笑っている顔がずっと見たい。もっとしっかりとこの目に焼き付けておきたい。

 そう思うのは俺がチョロいからか。

 その後も読んでいた小説の話で盛り上がった。

 遊園地に着くと、俺は伸びをする。

「うーん。やっとついた」

「道中も楽しかったけど、これからはもっと楽しいのよ」

 テンションの高い伊知花についていくのは大変だ。

「待ってよ」

「遅いよ。緑苑」

 早足で追いかけると、伊知花は走り出す。

 やっとこさ追いつくと、チケットを差し出す伊知花。

「さあ。夢の世界へ」

「ふっ。夢の世界か……」

 笑みがこぼれ落ち、チケットを受け取る。

 受付に持っていくと、おばさんが「若いカップルね」とはやし立てるが、気にしてはいけない。

 ちょっと伊知花の顔が朱色に染まっていた。

「まったく。あのおばちゃんが変なこと言うから……。でも今日は緑苑がリードしてね?」

「ああ。分かった」

「男の子だもんね」

「まあな」

 伊知花は性差に関して強い意思を持っている。男の子だから泣かない、男の子だから強い、男の子だからエッチなどなど。男の子というだけで不得手を意識している気概がある。

 だから共学の高校でも浮いた存在になりがち。そんなところに俺が話しかけてしまったのが始まりだ。俺は彼女の願望を叶えるにはちょうど良い存在だった。

 男の子だから強い。男の子だから泣かない。

 現に今も俺は彼女の理想を体現している。

「まずはジェットコースターにでも乗るか?」

「うん。そうしよ」

 ジェットコースターの列に並ぶと、伊知花は微笑を浮かべる。

「それにしても緑苑と一緒に乗るとは思わなかったわ」

「そうなのか?」

「本当は姉と乗る予定だったのよ」

「その姉は?」

「彼氏と一緒に出かけちゃったわ」

「ふーん。じゃあ、俺と乗るのは本意ではないんだ」

「そ、そんなこと言っていないわよ。私はただ緑苑と乗れて嬉しいわ」

「ふーん。本当にそうなのか?」

「もうしつこい。私は緑苑と乗れて嬉しいの!」

 大きな声で反論してくる伊知花。

 ちょっとからかいすぎたか。

「ごめん。ごめん。からかいすぎた」

「もう!」

 伊知花の「もう」は「もうしかたない」という意味の「もう」だ。

 だからこれで彼女の許しをえたことになる。

「それよりも、ジェットコースターって初めて乗るのだけど……」

「え」

「だ、だって。遊園地に行くのは今日が初めてなんだからしかないじゃない」

 マジか。この十六年間、一度も遊園地に訪れたことがないというのか……。

 驚きのあまり目を丸くする俺。

「そ、そんなに驚かなくてもいいじゃない」

「ま、まあ、そういう奴もいるよな。うん」

「なんのフォローにもなっていないけど……、もう!」

 ジェットコースターの番が回ってきて、係委員に案内される。

「ほ、本当に大丈夫なのよね?」

 隣に座った伊知花が不安そうに俺を見てくる。

「大丈夫だ。ここは国内最高速度がでると有名だからな」

「え」

「ん?」

「やっぱり降りる――」

「行ってらっしゃいませー」

 無情にも係員のアナウンスが入り、ジェットコースターは前に進む。

 ガタンガタンと音を鳴らし、最高峰に登るコースター。

 ガッタン、ギィギィと金属音を鳴らし、最高峰から落ちる俺と伊知花。

「キャッ――――――――――っ!?」

 悲鳴とともに滑り落ちる。

 途中でカシャッとシャッター音が乗るが気にとめているのは俺くらいだ。

 俺は無表情のまま、右へ左へ揺られる。

 隣の伊知花は目を白くして、身をよじらせる。

「こ、こんなのに乗るんじゃなかったわ……」

 げっそりとした伊知花が降りてくる。

「なんで、人類はこんな怖い思いをするアトラクションを作ったのかしら?」

「非日常を演出したいんだろうな」

「強いね。さすが男の子」

 男の子は関係ないけどね。

 コースターを降りると、写真が並んでいた。

「今なら百円でお譲りしますよ~」

「買っていくか?」

「どんな写真なのかしら?」

 写真を見ると、そこには白目をむいた伊知花が映っている。その隣で俺が笑っていた。

「む。私は一枚買うわ」

「なら、俺も一枚買うかな?」

「ダメ! それはダメ!」

「お、おう。分かった」

 伊知花の気迫に負けて、俺は購入を諦めた。

「笑っている緑苑、いい……!」

 そう言って写真を鞄に収める伊知花。

 どこをどうしたら、そんなに嬉しいのか。俺の写真だぞ。嬉しいものか。

「フリーホールにも乗りたかったが……」

「の、乗ってきていいわよ。私はここで待っているから」

「そうか。分かった」

 俺はひとりでフリーホールに乗り、楽しむ。

 落ちるときの浮遊感がとても心地よい。

 フリーホールを楽しみ降りていくと、伊知花が駆けよってくる。犬なら尻尾を振っていそうに見える。

「可愛いな!」

「え!」

 驚きで目を瞬く伊知花。徐々に赤色に染まっていく伊知花。

「も、もう! いやだな。男の子は見境ないんだから」

「そんなことないぞ。俺は素直に思ったことを口にしただけだ」

「もう!」

 伊知花がすごい勢いで俺の背中をバシバシと叩く。

 けっこう痛い。

「やめ。やめい!」

 俺は伊知花の手をつかみ、叩くのを止める。

「まったく」

「もう。もう!」

 言葉にならない気持ちを表す伊知花だった。

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