第5話 チョロい俺は陽菜と遊んでいる。

 果梨奈が帰った次の日。5月4日。みどりの日。休日だ。

 街中を歩いていると、見慣れた姿を見つける。

「白桃陽菜。どうした?」

 ぴょんぴょんと跳ねていた陽菜はこちらに向き直り、うるうるとした目で問いかけてくる。

「ゲームセンター怖いの……」

 陽菜の見つめる先には確かにゲームセンターがある。そこに飾られたぬいぐるみがほしいらしい。

「あれがほしいのか?」

「うん……!」

 俺の後ろに隠れ、静かにこくこくと頷く陽菜。

 まったく小動物感があふれているな。陽菜は。

「じゃあ、入るぞ」

「うん」

 俺と陽菜はゲーセンの中に入り、目の前においてある筐体に向き合う。クレーンゲームだ。中には白と赤、青色のぬいぐるみがある。

「どれがほしいんだ? 陽菜」

「あの……その……白いこうちゃんが、ほしい……」

「ようし。待っていろ。俺がとってやる」

 クレーンゲームに向き合うと、俺は集中力を研ぎ澄まして、コインを投入。ボタンを押して、右に向かうのを確かめる。後ろボタンを押し、クレーンが動くのをつぶさに観察。止まったところでクレーンが降りていく。

 ゴクリと喉を鳴らし、クレーンの行く末を見守る。

 クレーンの爪がストラップに引っかかり、青いぬいぐるみがとれた。

「青、か……」

 陽菜が希望していたのは白だ。困ったことに違うものをとってしまった。

「どうする?」

「そ、それでいい……」

「本当? 無理していない?」

「う、うん……!」

 なんだか分からないが幸せそうな顔をしているからいいのか?

 俺がぬいぐるみを渡すと顔をほころばせ、ぎゅっと抱きしめる。

 可愛い。そんな気持ちがふつふつと湧いてくる。

 その頭をわしゃわしゃと撫でてやると、嬉しそうに笑顔を向ける陽菜。

 庇護欲を掻き立てられる顔と、性格をしている。

「なんだか小さな子どもができたみたい」

 苦笑しながら呟くと、ショックをうけた顔で立ちすくむ陽菜。

「え、ええっ!! いや、ごめんね! ただ、なんていうか。可愛いからつい」

 尻すぼみになる俺に対して、無反応。からの、頬を膨らませ怒りを露わにする陽菜。

「アタシでもショックを受けることがあるんだからね!」

 怒りのあまり流暢な言葉で話す陽菜。

「分かった。分かったよ。ごめん、て」

「むぅ。罰として今日は一日、アタシ、とデー、遊んでください」

「分かった。それですむならそうしてくれ」

「やった……!」

 嬉しそうに呟き、ガッツポーズをする陽菜。

 こうしたところも可愛いポイントでもある。表情と言葉が薄い分、身振り手振りが激しいのだ。それで自己表現をしているのだ。

 端的に言ってしまえば仕草が可愛いのだ。

「あっち」

 陽菜がゲーセンの奥に興味を持ったようだ。

「くる」

「ああ。分かった」

 一人じゃ怖いのか、俺を連れていこうとする。

 俺がついていくと、陽菜が俺の後ろに隠れる。

「ん」

 指さして筐体を示す。

「あれはリズムゲームだぞ。俺は苦手だ」

「……アタシがやってみる」

「そうか。頑張れよ」

「うん!」

 ゲームが始まり、テンポ良くポンポンと音楽が鳴り出す。

「いくよー。よーい……ドン!」

 その声を皮切りにゲームが始まる。

 陽菜はテンポ良く、絶妙なタイミングでボタンを押す。ボタンを押す度、成功した表示が光る。

 リズム感がいいのか、音を聞いて押すまでの時間が短い。なれているように思えるが、ゲーセンに入るのは初めてだったようだし、普段から音楽には強いのかもしれない。

 そうこうしている間に一曲が終わる。

「ふー」

 小さくため息を吐く陽菜。

 そして振り返り、笑みを浮かべている。その笑顔がまぶしくてつい目をそらしてしまう。

「あっ――――――」

 陽菜が絶望したような顔を浮かべる。

「い、いや! 俺が目をそらしたのは、その――素敵すぎて……」

「う、うん……。そっか」

 哀しそうに目を伏せる陽菜。

 マズい。このままでは陽菜が遠くに行ってしまう。その恐怖に負けた俺はつい手を伸ばしていた。

 捕まえ、ぎゅっと抱きしめてしまう。

「きゃっ! ちょ、ちょっと?」

「悪い。俺が悪かった。だからそばにいろ」

「う、うん……。わかった」

 やってしまった。

 つい抱き寄せてしまった。陽菜も顔をまっ赤にしているぞ。

 と思い陽菜の顔を見やると、そこにはぼーっとした陽菜が立っている。

 あれ? 赤くなっていない?

「だ、大丈夫か? 陽菜」

「うん。大丈夫です」

 なんかぽわぽわしていて、見ていて不安になる態度だ。

「そ、それにしても、今日はどうする」

「もうちょっと遊んでいく」

「分かった」

 話を切り替えるために聞いたが、俺を解放する気はないらしい。

 筐体に向き合い、格闘ゲームを始める。

 陽菜の様子を見ながらプレイに興じる。が、陽菜はまたもぼーっとしている。

「陽菜。始まっているぞ?」

「あ、うん。ごめんね」

「いや、いいけど……」

 俺はレバーを動かし、攻撃を加えていく。コンボのないゲームだが、陽菜はのろくさ動かすにも四苦八苦している。

 圧倒的に弱い。これじゃあ、手加減しているのもバレてしまう。手加減して勝って嬉しいか? 否。俺なら全力でやってくれた方が嬉しい。だが、初心者相手に本気を出すにも気が引ける。

 これで楽しめなかったら、一生楽しむことができないんじゃないか? そうささやく声が聞こえてくる。

 しかし、手数ですぐに勝ってしまう。現実は厳しいね。

 陽菜がどんな顔をしているのか、見てしまうのが怖い。そっと筐体から身を乗り出し、確認する。

 ……。

 ぽわぽわしている……。ちょっとどうしていいのか分からないですね。

「あ、あっちのゲームはどうだ?」

「うん。いい、よね……」

 なんだか心ここにあらずといった状況だけど、大丈夫かな?

 俺は陽菜をリードし、お菓子が積まれた筐体に向き合う。コインを何枚もいれてジャラジャラと落とすシステムだ。うまく説明ができないが、丸いドーム状の筐体をしている。

「コイン、いれてみるか?」

「うん。いれて」

 コインはゲーセン特有のもの。

 しかし、この手のゲームは失敗がつきもの。どうせコインなんて落ちてきやしないのだ。

 それが分かっていても、いっときの楽しみになるなら本望か。

「いれるぞ」

「うん……」

 陽菜は期待をする目で俺の手元を見る。

 そんなに見られていると緊張するじゃないか。

 俺はタイミングを見計らい、コインを投入する。

 コロコロと転がっていくコイン。その先には大きな扇形の押し出す機械が常に貯まったコインを押し出している。そのコインのひとつに紛れ、見分けがつかなくなっていく。

 ほらやっぱり失敗した。

「む。これは難敵ですね」

「敬語になっているぞ。そういうのいいから」

「うん。わかり…………分かった。でも、これは難しい」

「ああ。俺も一度も、落ちてきたことをみた記憶がない」

「そっか。じゃあやめておく」

「そうだな。次は何をして遊ぶ?」

「……今日は付き合ってくれる?」

「ああ。もちろんさ。お姫様」

 その言葉にぼっと顔を赤くする陽菜。まるで爆発でもしたかのような代わりようだ。

 俺もキザなセリフを言って赤くなる。

「じょ、冗談で言った……」

「うん。わかっている。でもいいアタシのナイトになって、ね?」

「お、おう。俺でよければ……」

 これはどういう意味だろう? 分からない。

「それにしてもここ熱いね」

「ああ。熱い。地球温暖化の影響かもな」

「あのー。それは関係ないかと……」

「マジレスするのかよ」

 それにしても言葉が苦手な陽菜が、ここまで話してくれるなんて。これは裏があるな。

 ……というか、喜色満面でテンションがぶち上がっているから口数が多いのだろうか。俺の前だといつもそんな感じだ。


 もしかして、俺はハーレムになっている?

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