第4話 チョロい俺が果梨奈と呼んだ日。

「夕食を作るから、亜鈴ちゃんも呼んでね」

「あー。分かった。でも昼間もでてこなかったし。大丈夫かな、あいつ」

「そんなに怖いのかな。わたし」

「いや。誰に対してもあんな感じなんだよ。まったく、困ったな」

 しかし、こんなに長居をするとは思わなかった。

「夕食が終わったら、勉強するぞ」

「え!」

「だって。この機会がなければお前勉強しないだろ」

「うぅ。それはそうだけどね。やっぱり外にでて走り込みでもしようかな~」

「それなら俺も付き合うから、勉強をしよう」

「なんでそんなに勉強させたいの」

「果梨奈が落第したら、一緒に三年生になれないじゃん」

「ん。同じクラスになりたい、ってこと?」

「まあ、積もるところ。そんな感じだ」

 ポリポリと頬を掻く。恥じらいが残っているのだ。

「へぇ~。そっかー。ふーん……」

 ニヤニヤしだす果梨奈。

 なんだよ。まったくうっとうしい顔をして。

「なんかおかしいか?」

「いや、別に~」

「からかうような言い草はやめろ」

「しょうがないな~。そういうことなら勉強に付き合ってあげるよ」

「ホントか! 良かった~」

「にししし。まったくしょうがないな~。いつもそうなんだから」

「いつも?」

「そう。いつも」

 そうか。いつも。こんなことを言っているのだな。気がつかなかった。

「そうか――ってフライパン!」

 もくもくと白い煙が立ち上っているのはフライパン。その上にある肉が燃えている。

「なにやっているんだ! 果梨奈」

「あ。ごめん! ほったらかしていた」

 俺は慌てて、水で火を消す。

 熱いし、怖いし。でも火が回らなくて良かった……。

「ふう。これはなしだな。ちなみに何を作っていたんだ?」

「ローストビーフ」

「そんなに時間をかけて作る料理じゃないだろ……」

 これまた難しそうな料理を。なぜそれで作ろうと思ったのか。

「さて。何を作る?」

「子」

「こ……?」

 かあっと赤くなる果梨奈。どうしたのだろうか?

「コンソメスープでも作ろうかな!」

 さっさっと用意を始める果梨奈。

 手際よいが、味が濃くなりがちだ。

 困ったものだ。

 夕食を作り終えると、俺は亜鈴の分をよそって彼女の部屋に持っていく。

 落ち着いた様子で亜鈴は受け取ったが、果梨奈が怖いらしい。

 料理を渡し終えると、俺はリビングで食べることにした。

「亜鈴ちゃんはどう?」

「あー。まだ怖がっているようで……」

「そんなに怖いかな? わたし」

「いや、亜鈴が過剰になっているだけだ」

「そう。……それよりも、もっと食べなよ!」

「え。あ、うん」

 果梨奈が進めるまま、俺は食事をとる。

 二人前はあるぞ。

 そんな量の食事をさせられるのが嫌だが、果梨奈と一緒にいると楽しい。この気持ちはなんだ?

 分からない。でも悪い気分じゃない。

「にししし。よく食べて、よく運動しようね!」

「ああ。それに勉強も、な!」

「なんでそんなに勉強させたいのかな!」

 食事を終えると、さっそく勉強を始めようとする。……が、

「む。食器は洗わなくていいの?」

「あー。やる?」

「もちのろん。今やらないでいつやるの?」

「今でしょ! ……って古くないか?」

「いいでしょ。やらないよりやるでしょ」

「分かった。俺が洗うから、果梨奈が拭いてくれ」

 皿洗いを始めて数分。

「あ」「え」

 果梨奈が皿を落とし、ガッシャンと割ってしまう。

「大丈夫?」

 俺が慌てて皿を拾う。

「いてっ。指切った」

 赤く滲んで血が流れてくる。

「待って。今絆創膏を持ってくるから」

 果梨奈が自分のバックから絆創膏を取り出す。

「ほら。水で洗って」

「あ、ああ」

 俺は言われるがままに、傷口を洗い絆創膏をつける。

「もう。本当にしょうがない人ね」

「悪い。助かった」

「いいの」

 果梨奈はガチャガチャと割れた皿の回収を始める。

「ごめんね」

「怪我がないならいいんだ」

「うん。ありがと」

 皿洗いを終えると、俺と果梨奈はリビングでくつろぐ。

「なんだか、こうしてのんびりするのも悪いないね」

「あー。そうだな」

 のんびりした心地で眠くなる。

「ふぁああ。眠い」

「寝ちゃいなよ」

「うん。そうする……」

 ソファに寝転ぶと一気に眠気が襲ってくる。

「かわいい」

 そう子守歌のように呟く果梨奈。


※※※


 俺は公園の砂場にいた。

 幼稚園くらいだろうか。背丈は小さい。

「この公園は我ら〝グレンの皇帝団〟が支配した。そこにいる女どけ!」

「きゃあっ!」

 男児がはしゃぎ、ひとりの女の子にぶつかり、押し倒す。

 男児が三人。その全員が公園を支配したという。ひとりたじろぐ女の子はしぶしぶ公園から出ようとしていた。

「なんだ? 諦めるのか?」

 俺はその女の子に尋ねる。

「だって相手は三人だし……」

「そっか。俺は諦めないぞ」

「なんで?」

「公園は誰のものでもない。だから俺は行く」

「……わ、わたしも一緒に戦っていい?」

「ふっ。分かった。俺についてこい」

 引き返そうとしていた女の子は真っ直ぐに俺を見据え、そのあと反転。グレンのなんとやらに向き直る。

「わたしもやってやる」

「いい意気込みだ。俺もやる気が湧いてきた」

 見るところ同学年といったところか。体格差は大きくはない。

「なんだ。あいつ。オレらにケンカを売ろうってか?」

 リーダーらしき目つきの悪いガキがこたらを睨む。

「大丈夫だ。俺には関係ない」

「囲え! 囲ってしまえ!」

 ガキが叫び三人は、俺の周囲を囲う。俺の背中にはさっきの女の子がいる。震えているのが肌で感じ取れるが、決して弱音を吐くわけにはいかない。

「俺と戦うなんて数十年早い」

 キザっぽくいい、俺はリーダーに向き直る。

「こ、怖くない。怖くない」

 念じるように小声でしゃべる女の子。

 俺はタンタンとステップを踏み、拳をシュシュッと突き出しては引っ込める。

「誰からやるんだ?」

「何を言っているんだ。こっちは三人なんだぞ」

「そうだな。だが俺には百の手がある」

「なっ! ひゃ、百の手だと……!」

 リーダーらしき男児が揺れ動く。

「これから百発のパンチを食らいたくなかったら、ここをわたせ」

「な、なに。どうやってそんな攻撃ができるというのだ」

 俺はゆらりと手を突き出し、ぐるぐると回転させる。

「く、くる……!」

 相手の男子が驚きのあまりのけぞる。

「俺の手には三つの力が宿っている。その封印を解きたくなえれば、大人しく家に帰るんだな」

「わ、分かった。分かったから解放しないでくれ!」

 男の子は泣きべそを掻きながら、公園から出ていく。

「ホントに封印されているの……」

 女の子も泣きながら俺の背中から顔を出している。今にも泣きそうな声音だ。

「バッカー。ホントなわけないだろ。はったりだよ、はったり」

「そう。よかった!」

 女の子は顔をほころばせて背中から離れる。

「わたしがあなたの封印をといてあげるね!」

「バッカー。そんなことをしなくてもいいんだよ」

 俺は周りをみわたすと、滑り台を見つける。

「さて。あそぼうか?」

「うん! いっしょにあそぼ」

 女の子が笑い、手を伸ばしてくる。

「う、うん。そうだね」

 俺は手を伸ばし、彼女の手をつなぐ。

「キミの名前は?」

「わたし? わたしの名前は青草果梨奈。果梨奈で覚えてね! あなたの名前は?」

「俺は緑苑琉生。琉生と呼んで」

「分かった」

「うん、それでなにをしてあそぶ?」

「おままごと。琉生がお父さん役ね」

「果梨奈は?」

「おとさん! ほら。たーんとお食べ」

「うん。いつかいくらをたらふくたべてみたいな!」

「その夢、かなうといいね! 琉生」

「うん!」

 俺は彼女の言葉を聞き、嬉しくなった。

 これは俺が幼稚園のときの記憶。すっかり忘れてしまっていた記憶。

 今はもう思い出してしまった記憶。


※※※


「俺は果梨奈に出会っていたのか……」

「思い出すのが遅いよ。琉生」

「ああ。すまなかった。果梨奈」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る