第3話 チョロい俺は果梨奈にドキドキする。

 果梨奈が来て4時間が経つ。

 勉強もそこそこに、俺の部屋にいた。

「これではいるか?」

「ちょっと大きくて無理。もう少しずらして」

「これなら、どうだ?」

「んん。いい!」

 パズルゲームを始めて30分。

 定番の言葉だけで勘違いしそうな話題だ。でもご安心を。ただのパズルゲームなのだから。

 ふたりで協力し、パズルを隙間なく埋めていくゲームだが、なかなかに面白い。普段は一人でしているぶん、ふたりの難しさがある。それが刺激となり、俺の本能を揺さぶるのだ。

 それは果梨奈も同じみたいで、小気味よく笑みをもらしている。

「にししし。これはこれで楽しいね!」

「ああ。面白いな!」

 俺たちはパズルをくみ上げていくだけのゲームで1時間を費やした。

「さてと。そろそろ他のことでもするか」

「そうだ。琉生の書いた小説見せてよ?」

「ああ。いいけど、男の子向けだぞ」

「いい。それでも見てみたいの」

「それなら止めはしないが」

 俺はさっそくパソコンを起動し、書いている途中の話を見せる。

「わー。これが琉生の小説なんだ……!」

 目を輝かせて読み進める果梨奈。

 照れくさい気持ちがこみ上げてきて、そわそわしながら果梨奈が読み終えるのを待つ。

「これって最後が書かれていないよね? どうして?」

「あー。まだどのヒロインとくっつけるのか、迷っているんだよ。ほら、三人ともいい子だし」

「そっか。難しいね」

「そうなんだよ。誰が一番とか、できなくて」

「それなら、ヒロインが一人の作品を書いてみたら?」

「そうか! それがいいな。うん、書いてみる」

「え。本当にそうするの?」

「ああ。せっかくアドバイスをもらったんだ。書いてみるしかないだろ」

「ええと。そっか。たははは」

 どこか乾いた笑いだと感じつつも、新たなプロットを書き始める。

「それよりも、果梨奈はどうしているんだよ。陸上部は順調か?」

「そう! この間なんて、先輩を追い越しちゃって……」

 果梨奈は足が速い。どのくらい早いかと言うと陸上で全国大会に行けるほどには早い。将来、どんな職業につくかは分からないけど、陸上に関わっていきたいと公言するくらいには陸上バカだ。

「先輩が目を丸くする姿が、可愛くって!」

「そっか」

「うん。それで先輩が『まいったよ。果梨奈には負けた』ってわたしを暖かく送り出してくれて。だから、わたしも『先輩の分も走ります』って言っちゃった!」

 楽しそうに語り出す果梨奈に、安堵感を覚える。

「そうそう! 今度陸上大会があるんだけど、そこでわたし走ることになったの!」

「へぇー。すごいね。どこでやるの?」

「東京だよ。応援に来てくれる?」

「ああ。もちろんさ」

「優しいね。琉生はいつもそう」

「そうかな?」

「そうだよ。だからわたしは……」

 顔を赤らめ、ぶんぶんと首を振る果梨奈。

「何か、言いかけたみたいだけど?」

「ううん。なんでもない」

 そう言われた方がドキドキしてしまうんだよな。それにこのままじゃ、本当に誰かに刺される気がして怖い。

 これはマズいな。

「そんなことよりも、何かして遊ぼ?」

「あー。何する?」

 ボードゲームや外で遊ぶものを考えるけど、果梨奈はどんなのに興味があるのだろうか。

 わからない。わからないのが悔しい。

 胸をくすぶるこの思いはなんだ? 分からないまま、時間だけが過ぎていく。

「そうだ。亜鈴ちゃんもよんで三人でなにかしようよ!」

「え。亜鈴はちょっと人見知りするからな……。俺たちに混ざってくれるかな?」

「大丈夫だよ。お昼も食べてくれたし」

「あー。そうだな」

 今日、お昼に一度だけ亜鈴と出会ったが、不機嫌そうな顔で応じたのを覚えている。

「うーん。あまりいい顔しないんじゃないかな……」

「そんなにしぶるならいいの。無理はさせたくないから」

 亜鈴はいじめに遭ってから他人をさけるようになってきた。特に同性に対して危機感を覚えるみたいで。だから果梨奈の意見を遮ったのだ。

「同性からいじめを受けていたからなー」

「そうなんだ。それじゃあ、しかたないよ」

 果梨奈は哀しそうに呟く。

 身内に理解があるとかなり助かる。

「しかし、ふたりでできるゲームか……」

 うーん、と悩む。

「映画でも見よっか?」

「え。ゲームじゃなくてもいいのか?」

「うん。それでもいいの」

 パソコンでネットリックドムを開いて映画を検索する。

「何がいい? ホラー。ラブコメ。冒険活劇。大河ドラマ?」

「うーん。ホラーはなしとして……。お笑いもの、とか?」

「お笑い好きなんだっけ?」

「うん。笑えていいじゃない!」

「そうか。ならサンドニッチマンにする?」

「いいね! それなら安心してみれる!」

 検索しどのコントにするか悩む。

「上から順番に見てこ、ね?」

「ああ。分かった」

 再生ボタンを押すと、俺は少し離れてみる。果梨奈と一緒にベッドの端に座り、モニターを正面に向ける。

「これでいい?」

「うん。ありがと」

 体温が感じられるくらい近くに寄ると、俺はドキドキとした気持ちで漫才を見る。

 笑うたび、隣で小刻みに揺れる果梨奈。それがなんだかくすぐったくて、暖かな気持ちになる。胸がドキドキして手が汗ばむ。

 緊張しているのか、身体の奥が熱くなるのを感じる。

 こんな気持ちは初めてだ。きっと緊張のせいだろう。

「今のコント面白かったね! 次みよ?」

「ああ。そうだな」

 コントのことなど忘れて、笑みをこぼす果梨奈。

 今まで見たことない、笑顔に胸がときめく。

 やばいな。

 俺はチョロいらしいが、返す言葉もない。

 確かに俺は青草果梨奈に惚れてしまっているらしい。

 胸がときめき、心の底からこみ上げてくる熱がある。これを恋と呼ばずしてなんと呼ぶのか。

「あー。笑い倒した。おもしろいね」

「おう。そうだな」

「むむむ。緑苑はあまり楽しんでいない気がする」

 あー。考え事をしながら見ていたからか。

「ちょっと。休憩。なんでそんなに難しい顔をしているのか、お姉ちゃんに教えなさい」

「え。それはちょっと……」

「がーん! ショック! わたしには言えないというの」

 なんか昭和のノリのような……。

「俺にも隠し事があるんよ」

「むむむ。なんか怪しい……」

「そ、そんなことないぞ!」

 俺は慌てて立ち上がり、咄嗟に袖を引っ張ってきた果梨奈でバランスを崩す。

「うおっ!」「きゃあっ!!」

 慌てて手を伸ばし、ベッドに手をつく。

 するとどうだろう。俺は果梨奈を押し倒したように俺の腕の中に収まっている。

 唇柔らかそう。髪がさらさら。柔肌というのだろうか。シミ一つない綺麗な肌。

 こんな近くで見たことがない。こうして見ると、やはり可愛い。

 でも相手の気持ちが分からない。そして今の状態はかなりヤバい。

 何がヤバいって理性が一瞬で吹っ飛びそうなくらい可愛いのだ。据え膳食わぬ波男の恥というが、相手の気持ちが分からない状態だ。

 うーん、と悩んでいると、果梨奈が目を閉じる。

 え。なにこれ。マジでいいの? でもいいのか。他の女の子はどうする?

 陽菜や伊知花の顔が思い浮かぶ。

 ダメだ。ここで許すわけにはいかない。

「お兄ちゃん。大丈夫!?」

 隣の部屋にいただろう亜鈴が飛び込んでくる。

「あ……」

 バタンと閉まるドア。

「い、いや待て! 俺はまだそういった準備はできていない!」

「いや、亜鈴が悪いの。そういった欲求もあるよね。分かった。でも、できるだけ静かに、ね!」

「誤解しているぞ! 俺はそんな気はない!」

「そんな気はないんだ……」「分かっているのさ。でもお兄ちゃんもデリカシーがないと思う!」

 残念そうに呟く果梨奈の声は、亜鈴にかき消され聞こえなかった。

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