第2話 チョロい俺は勉強を始める。
玄関のチャイムを鳴らす音が聞こえてくる。
「おっはー!」
「おはよ。今日遊ぶ約束していたっけ?」
俺が困惑していると、果梨奈は小首を傾げる。
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「ああ、聞いてなかったな」
「ごめーん! でもいいでしょ? 誰もいないみたいだし」
「亜鈴も引きこもっているみたいだしな。とりあえず入れよ」
「うん。そのつもり♪」
果梨奈はるんるん気分で家に入る。
俺の脇を通り過ぎるとき、ほのかな石鹸の匂いが鼻孔をくすぐる。
この香りにクラクラとしてしまうのは俺が男の子だからか。
とにもかくにも、彼女を迎え入れると、お茶菓子とお茶を用意する。
「ありがと♪ さすが緑苑だね。手際いい」
「まあな。両親が海外赴任だと俺がやるしかないからな」
「にししし。頑張っているあなたが好きなの」
好き。
そう言われて胸がドキッとしてしまう。すぐにときめいてしまうのは俺の悪いクセだ。だから自制しなくてはいけない。
自分の行動に責任を持たなければならない。
「そういえば、今日はずいぶんと大荷物だな」
よくよく見るとゴルフバックのようなものを担いでいるではないか。
「そう! これは食材を持ってきたのだよ。だから冷蔵庫借りるね!」
「お、おう。いいけど……」
また頑張って食材を買いそろえてきたな。今日の昼飯が心配だよ。吐くまで食わせる気なのだろうか?
「あさっての小テストって勉強している?」
「ああ。ぼちぼち始めていたところだ。それなら一緒にやるか?」
「うん! そのつもりで来ていたから」
「真面目だな」
「そう言う緑苑が、だよ。わたしだけなら飽きちゃう」
なんだろう。俺を頼ってきてくれる。嬉しい。
「じゃあ、隣をお借りして……」
俺の隣に座ると、一緒にノートを開く果梨奈。
俺が問題を解き始めていくと、隣の果梨奈が訊ねてくる。
「これってどういうこと?」
「これは先にこうして……」
「ふむふむ。なるほど! それなら解けるかも!」
納得いった果梨奈はすぐに問題を解き始める。
「やった! 解けた!」
テンションの高い果梨奈が嬉しそうに呟く。
「良かったね」
「うん! これも緑苑のお陰だよ!」
ありがと。
そう言い、唇をほっぺにつける。
「え」
「これはありがとうのチューだから」
「え。あ、うん?」
混乱する中、俺はありがとうのチューで記憶した。とてもじゃないが、それ以上の追求はできる空気ではない。
「これもかな? あ。解ける!」
果梨奈があまりにも自然にしゃべり始めるから、俺の夢なんじゃないか、って気になる。
「そうだろ。これでいけるんだよ」
少しだけ顔をほころばせる果梨奈。若干、頬が赤い気がする。
何この空気。今なら果梨奈にキスしても許されるんじゃないか? って気になる。
まあ、気になるだけで実際はしないが。
そう。今さら気がついたが、俺の周りには女の子が多い。それも可愛い子ばかりだ。まるでハーレムのようになっているのが危ない。これは後で刺される展開だ。
その展開をさけるためにも、俺は自らを律しなくてはならない。そして、丁重にお断りする必要がある。
――でも本当にそうだろうか? もしかしたら、みんな俺のことを良い人止まりで恋愛感情など持っていないのかもしれない。
「これも解けない……。むむむ……」
「それはこうして解いてみるといいよ」
彼女が苦手なのは数学だ。今度の小テストも数学。俺は得意だけど、彼女は違う。
「だぁー。分からないわよ」
「もう少しで解けるから、頑張ってみよ? ね?」
「うん。緑苑がそう言うなら……」
肩を寄せると、甘い言葉をささやく果梨奈。
「お、おう……」
俺はポリポリと頬を掻く。
そんなこんなで勉強を終えると、俺は戦慄してしまうのだ。
「そろそろ昼食の時間だね。わたし用意するから!」
恐怖のお昼時間がやってきたのだ。
「俺も手伝おうか?」
そうすればメシマズだけは避けられる。
「そう? 作ってみる?」
「ああ。俺も手伝うよ」
「にししし。ありがと!」
野菜を刻む横で肉を焼く俺。
これで焦げた肉ではないのが確証される。
「るんるん♪」
口ずさむのはラブソングの鼻歌。綺麗な声音で心が安らぐ。
「あ。塩いれすぎた。まいっか」
こうして味付けが濃くなるのか……。
「これ砂糖いれたら塩気がなくなるかな?」
「いや待て。それはない」
「そうなの? じゃあやめておく」
「というか、味見はしないのか?」
「うん? だって書いてあるとおりに料理しているんだよ。マズくなるわけないじゃん!」
「いや、それがあるから、みんな味見しているんだと思うよ?」
「そっか。今度からやってみる」
「え?」
今日からじゃないの?
「ん?」
何か言った? みたいな顔をしているが、お前の料理の仕方は間違っているからね?
ぐつぐつと煮込んでいるのは何だろうか? おいしそうな匂いはするけど。
「これはなに?」
「それはビーフシチューだよ。おいしいぞ~♪」
「おう。うまいなら大歓迎だ」
本心では不安だが、うまそうではある。
「うまそうな匂いだ」
「良かった。それ、わたしの自信作なの。ぜひとも全部食べてね?」
「え……」
鍋いっぱいに入ったビーフシチューを見つめて、声が途切れる。これを全部?
鍋が小さいとはいえ、四人分くらいはありそうだ。
「ほ、他には何を用意しているのかな?」
これ以上、ないことを祈る。
「あと、サラダと、味噌汁と、あとご飯♪」
「み、味噌汁はいらないんじゃないかな?」
「そう? そういうんだったら味噌汁はいらないね」
思ったよりも素直で助かった。
「でも……」
サラダの量も多いんだよな~。三人分くらいありそう。
そこでサニーレタスを手にする果梨奈。
「待て。それも加えるのか?」
「え。男の子は量が多い方がいいんじゃないの?」
「いや、その認識は間違っているから。いくら俺でもその量は無理だからね?」
言っちゃった。言ってしまった。
傷ついてしまったか? 大丈夫か?
「そう、なんだ。分かった。今度から考えてみる」
そう言いながらサニーレタスを追加する果梨奈。
え。分かっているのかな? 不安だ。
料理を終えると、今度は盛り付けだ。果梨奈の盛り付けは絶妙にうまい。見た目だけなら美味しそうに見えてしまうのだ。
「これでどう?」
華やかな彩りのサラダができあがっていた。
「へへ~ん。これくらいのことは朝飯前なのだ!」
「昼飯前だけどな」
「細かいと、嫌われちゃうぞ~」
嫌われる。いやだ。俺は好かれていたいのだ。
好かれていたい? 誰に?
分からない。俺は誰と付き合えばいいのだ? というか、これでいいのだろうか?
「どうしたの? 難しい顔して?」
「え。い、いや。なんでもない」
このまま彼女らの善意を受け取っていいのだろうか? 誰かに恨まれたり、憎まれたりしないだろうか?
不安である。
サラダとご飯(大盛り)、ビーフシチューをよそうとダイニングまで持っていく。
「たくさん食べてね!」
「ああ。頂きます」
今日はトイレに駆け込むことがないように注意しなくては。
ビーフシチューをスプーンですくい、口もとへ持っていく。
「う、うまい!」
なんだ。うまい料理が作れるじゃないか! これなら悩むこともなかった。
それにしてもうまい。うまいから伸ばしたスプーンが止まらない。
「うん! うまい」
「そんなに喜んでもらえて良かった!」
果梨奈は自分のビーフシチューにスプーンをすくうと俺に差し出してくる。
「はい。あ~ん!」
「え。ええ!!」
暗に口を開けて食べて。ということなのだろうが、俺には心の準備ができていないのだ。
「わたしのは、食べられないの?」
「い、いや。そうじゃない。ドキッとしただけだ。あーん」
口を開けると、果梨奈は嬉しそうにスプーンを持っていく。
パクっと口に放りこむと、うま味が広がる。
「デリシャス!!」
彼女にもらった飯はうまい!
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