第2話 物語2
入園して初めての参観会、そしてその後に続くクラス懇談会も終わり、千夏は幼稚園の園庭に出た。園庭では紺色の園服を着た子供たちがはしゃぎながら走り回っている。紺色の短パンと白いラインの入った紺色のスカートで男女の区別は付くものの、顔まではなかなか分別がつかず千夏は目を細めて涼を探した。3人から5人単位で輪になって親しげに話をしているママ友グループもあったが、千夏は遠巻きに眺めては続けて涼を探した。
隣街に住んでいる姉からはママ友は作るべきだと言われている。勉強にもなるし、習い事や近くの評判の良い小児科病院など色々情報交換もできる、もっと言えば家では言えない愚痴を聞いて貰ったり子育ての相談やアドバイスもしてもらえるからありがたい存在だそうだ。結婚を機に寿退職をし専業主婦となった姉は月一回気心のしれたママ友たちとランチをすることが最近の楽しみだそうだ。
フルタイムで働いている千夏は妊娠が分かった何ヶ月後には義両親の勧めもあって夫の実家近くにあるファミリー向けの賃貸マンションに引っ越しした。涼が2歳になって保育時間の長い保育園に行かせる事も考えたが、義母の方から来年定年退職を迎えるので送り迎えができると申し出があったので二つの家から徒歩圏内にあるタンポポ幼稚園に入園させた。涼も赤ちゃんの時から色々世話をしてくれた義両親に懐いているので、千夏は安心して任せられた。
初めての参観会だし、自分はいつも幼稚園での涼の姿が見れているので、もし仕事を中抜けできそうなら、見に行って上げたら?と義母が気遣ってくれたお陰で今日は千夏が来ることになった。
入園して半年くらいほぼ毎日義母に送り迎えを頼んでいたので千夏は知り合いのママはいない、もちろん自分から同じクラスの園児のママに近づいて挨拶をする勇気もない。そして会社の制服のまま来たので、上品で綺麗なお洋服に身を包んでいる母親たちの中に混ざるのは肩身が狭かった。
「中田さん?中田涼君のママ?」突然後ろから声をかけられてハッと振り向いたら見覚えのある顔だ。
「涼君のママ?山下です。山下透の母です。隣席でいつも涼君には色々と助けて貰っています。ありがとうございます。」
「あ、こちらこそいつも仲良くしていただきありがとうございます。」千夏は深々とお辞儀をしながらほっとした。名前を先に言ってくれて助かった。懇談会の時にお互い軽く会釈を交わした。
「透がいつも嬉しそうに涼君の事話してくれるんですよ〜今日ママにお会いできて嬉しいです。宜しくお願いします。」スッキリしたボブのヘアスタイルに穏やかな笑みを浮かべている山下さんは落ち着いた雰囲気の人で千夏に安心感を与えた。
「涼も良く透君の話をします。本当に親子共々宜しくお願いします。」仕事から帰ると頭に入っている単語全てを動員してその日幼稚園であったことを一生懸命に千夏に伝えてくれる涼の話の中で透君はよく登場する。
「そうそう、急な話で申し訳ないですが実は今週土曜日うちで集まって遊ぶ話になっていまして、透が是非涼君にも来て貰いたくて。もちろん私も来て頂けたら嬉しいです。三輪さん宅とうちに大きなビニールプールがあるので、あ、三輪さんあそこにいる。」と少しハスキーな声で喋りながら山下さんは少し離れたところにいる3人グループに手を振って歩き出した。多分その中の一人が三輪さんだろうと思いながら千夏も横に並んで歩いた。歩きながら千夏は上手く交わすべきかと少し迷ったが、大学時代の女友達のランチ会を何度か交わすうちに誘われなくなり、いつの間にか音信不通になったことを思い出した。お友達に誘われなくなったら涼はきっと寂しい思いをする。
「子供たちはプールで遊ばせて、私たちは持ち寄りランチはどうかな?と思って。」ここまで聞いたところでグループと合流した形になった。
「こちら中田涼君のママ。今、今週土曜日の集まりにお誘いしたところなの。」その後一通り自己紹介を済ませ話題は又土曜日の事に戻った。
「あ、ごめんなさい。中田さんのご都合聞くの忘れていた。いかがですか?」
期待の眼差しを向けてくれる四人に千夏は「是非とも宜しくお願いします。誘って頂き嬉しいです。涼も喜びます。」と頭を下げた。
「それで持ち寄りランチだけど、中田さんはお勤めされているんですよね」
うん?これはもしかしてたまに巷で聞く働く母親への嫌み?と一瞬参加を決めた事への後悔の念が湧こうとした。
「あ、涼君のお婆さまと送り迎えする時に色々と話をさせたもらっているんですよ。優しいお婆さまですね。ママがお勤めされていると聞きましたので。金曜日までお仕事されて土曜日又ランチの支度だと大変かもしれないので、買って来ても良いし、果物があってもみんな嬉しいと思います。」
「ウンウン」と頷く一人一人の柔らかな笑みには嫌みなど読み取れない。千夏はそう信じることにした。
「ありがとうございます。簡単なもので用意して行きますね。」
「お願いします。」
「そしたら、あたし果物にしますね、実は金曜日法事が入ってまして・・・」色白でふんわりした雰囲気の三輪さんが屈託のない笑みを浮かべながら言った。
「私太巻き買っていきま~す。私の場合は作るより買った方がおいしいもん。ふふふ・・・」愛嬌たっぷりの笑顔に鈴を振るような声の佐々木さんだ。
「私焼きそば作りますね。」山下さんだ。
千夏は肩の荷が下りたのと同時に一瞬だったけどみんなの親切を疑った自分が少し恥ずかしかった。
山下さんに通されて中庭に入ったらほかのメンバーはもう来ていた。子供たちは赤や青などのビニールボールや魚やアヒルの形をしている水遊び用のおもちゃがぷかぷかと浮いている大きなビニールプールで大はしゃぎしている。プールの様子がよく見えるウッドデッキにはキャンプ用の長い折り畳み式テーブルが開いてあってテーブルの上には大きなプレートに盛られまだラップの掛かっている食べ物や2ℓサイズのペットボトルの飲み物4本、紙コップ、紙皿などが並べられていた。メンバーたちはパイプ椅子に腰を掛け話に花を咲かせているところだった。
涼を水着に着替えさせ子供たちの群れに送り出し、千夏は恐る恐る保冷バッグから多きなタッパーを3つ取り出してテーブルの隅の方に置きおどおどと蓋を開けた。
「わ~おいしそう!もしかしてこれヤンニョムチキン?そうでしょう?私ここ何年くらい韓国ドラマにはまってましていろいろ見ているんですが、ヤンニョムチキンドラマで良く出てきます、ドラマ見ながらいつもおいしそうだなと思って食べてみたかったんです。やった~」山下さんの歓声でほかの3人も集まって来た。
「やったー!嬉しい」
「ヤンニョムチキン?私も知っている。食べたい~」
「これもヤンニョムチキン?」
「あ、それは子供用で辛くないです。」
「千夏さんすごい、料理もできるし、お気遣いもすごい、大人用と子供用で分けて作って下さるなんて優しい。お知り合いになってもらえてうれしい。」
「ほんとほんと。韓国料理をお家で食べれるなんて中田家の皆様がうらやましい。お家で韓国気分だもん。良いな~」
「これはニラ?」
「はい、ニラの中華和えです。チキン揚げているのでニラだと消化を助けてくれるので揚げ物との相性がいいと聞きましたので」
「そういう知識もあるのね、もう尊敬しかない」
「いえいえ、私もまだ先週教わったばかりで、それに実は今日初めて作りました。お口に会えばいいですが。教室で食べた時にはおいしかったです。」
「千夏さんお料理教室にも通ってらっしゃるの?本当に完璧。」
「いえいえ、実は料理あんまりできなくて、先週姉に誘われて初めて行きました。子連れOKの料理教室だったので。行ってよかったです、皆さん喜んでくださるから嬉しいです。」
「私ね、透が小学校上がったらもう一度働きに出たいけどいろいろ迷いもあったの。千夏さん見てたら勇気が出た。前向きに真剣に考えてみる。またいろいろ相談に乗ってもらえると嬉しい。」
「私でよければいつでも喜んで。」
話題は千夏が行っている料理教室や、韓国ドラマ、アイドル、そしてこの間の参観会の感想などなど途絶えることなく盛り上がった。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、惜しみながらお互い別れを告げ、涼と帰路についた千夏。涼は幼稚園で新しく習ったと思われる歌を歌いながら白くて短い足でバランスは悪いけどかわいいスキップをしている。涼の柔らかい手を優しく握って歩いている千夏の顔は愛と喜びと自信に満ちていた。
作者より
小説に登場するヤンニョンチキンはTwitterなどで実際の料理の写真をご覧になれます。
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