一話 暗殺者は異世界へと転生する

 前の世界で死んでから、俺は気が付くとジャック・ナイフとい名前で異世界へと転生していた。

 早いものでそれから十六年もの時が立ち、今では前の世界のことはあまり思い出せずこの世界に慣れ親しんでいた。


 転生したばかりのころは赤ん坊で意識だけははっきりとあったから暇で仕方なかった。歩けるようになってからは前世の時にやっていたトレーニングを軽くしたものをやっていた。特に目的もなかったがやることがなかったし、日課のようなものでやらないと変な感じがするのでやるというだけ。


 そのおかげか村に魔物が襲撃してきた時も俺は魔物を倒し、村を救うことが出来た。

 村を襲った魔物がゴブリンというほぼ人型の魔物だったため俺の前世で培われた暗殺術が活かせたことも運がよかったのだろう。

 俺が村を救った後に駆け付けた冒険者に目を付けられ、流れで弟子になり、今では俺も冒険者だ。


 冒険者は主に王都にあるダンジョンと呼ばれる未知の建造物に潜り、そこで得た戦利品で生計を立てているそうだ。他には俺が住んでいた村のように王都外からの依頼をこなして報酬をギルドから貰う方法もあるがあまり皆やりたがらないらしい。それ程ダンジョン内の方が稼げるのだろう。


 師匠にはいろいろなことを教えてもらった。その師匠はダンジョン攻略中で現在は七十九層まで突破済みだ。七十九層が冒険者が初めて到達した層である。つまり師匠は冒険者において最高峰のところにいることになる。


 そして俺は今、ダンジョンにいる。


「グモォォォォォォォ!!!」


 目の前には三十層のフロアボス。ミノタウロスが巨大な斧を持って立ち塞がる。

 自身の背丈の何倍もある巨体は目算で四、五メートルはあるだろう。屈強な肉体はどんな攻撃も効かない鋼鉄の壁のようだ。

 

 ジャックはダガーナイフを腰から抜き右手に持つ。

 特に構えはない。自然体のままミノタウロスへと歩いていく。


 ミノタウロスは巨大な斧を振りかぶりジャックに斬りかかる。ジャックは愛用のダガーナイフで斧を受け流す。斧とナイフがぶつかり火花が散る。


 ---≪魔装≫---

 状態異常耐性低下、全能力低下を付与。


 ジャックがスキルを発動させると右手に持つダガーナイフが光輝く。

 この世界にはスキルという特殊な技術がある。並々ならぬ努力の果てに習得できるが個人の能力により効果や威力、精度などが変わってくる。

 そしてこの魔装というスキルは己に様々な効果を付与できる。


 ミノタウロスの攻撃を受け流しながら歩いて接近する。そしてミノタウロスの足を斬り付ける。

 全然ダメージがないのかミノタウロスは暴れ続ける。だが先ほどまでの破壊力はない。


 ---≪魔装≫---

 出血、暗闇、麻痺、疲労を付与


 俺はダガーナイフでミノタウロスを更に斬りつけていく。


 「グッモッオォォォ……ッッ!!!」


 ミノタウロスの全身からは血が噴き出し、苦しそうな声を上げている。視覚を奪い、体は動かず、疲労困憊、その他もろもろの状態異常を付与されたミノタウロスは立ったまま動けない。刻一刻と蓄積されていくダメージにジャックは更なる追撃を加える。


 ---≪閃光斬二連≫---


 目にも止まらない速さでの二振り。リーチはないがその分、小回りが利き速さのでるナイフの特性を活かしミノタウロスの両足のアキレス腱を斬る。 

 ミノタウロスは膝をつき、そのまま倒れるかと思われたがミノタウロスは吠える

 その吠えた音の大きさに鼓膜が破れないように耳を抑え、後退する。


「うるさッ!」


 ミノタウロスは吠えると今度は立ち上がる。怒っているのかジャックの方を見て鼻息荒くして斧を振り回して突っ込んでくる。


「おいしょっと」


 ---≪ミラージュステップ≫---


 まるで分身したかのように見える。何人もの残像を相手に錯覚させる特殊な歩法を使い、ミノタウロスを惑わし攻撃を躱し続ける。


(状態異常も回復しているし、めんどくさいな。初めてこいつと戦った時は二日間も寝ずに状態異常をかけ続けてようやく倒したんだっけ)


 初めてミノタウロスと戦闘した時のことを思い出す。そのあまりのタフさに嫌気がさしたのを覚えている。

 だが今はその時よりも格段に成長している。今ならばそこまで時間がかからずに倒せる。


 ---≪魔装≫---

 状態異常耐性低下、全能力低下、出血、暗闇、麻痺、疲労、猛毒、衰弱、幻惑、窒息、損傷、恐怖、混乱、気絶、継続、貧血、倦怠、呪縛、沈黙付与


 ≪ミラージュステップ≫を解き、≪魔装≫で状態異常効果をナイフに付与する。

 残像が消え、ジャックを見失ったミノタウロスは辺りを見回すが見つからない。


「上だ」


 ミノタウロスの上にジャンプして飛んでいたジャックは重力に従い、落下してくる勢いそのままにダガーナイフで縦に斬り付ける。


「……ッッ!!!」


 ミノタウロスは叫ぶことも動くことすらできない。何もさせてもらえない程の状態異常が起きている。その中でミノタウロスはまた状態異常から解放されようとしているのだろう。ミノタウロスの厄介なところはそのタフネスに加え状態異常から回復するまでの時間が短い。なので俺のような正攻法ではない冒険者から見ると厄介でしかない。初めてミノタウロスと戦った時に二日間もかかったのはそのせいだ。


 ---≪魔装≫---

 状態異常時間延長付与


 動けないミノタウロスに更なる追い打ちをかける。何度も切り刻む。それでも中々倒れないこの耐久力にはもううんざりだ。初めて戦った時に比べ状態異常の効果も種類も多くなっているためもうすぐにでも倒れるだろう。


 百回程、斬り刻んだところで攻撃を止めて少し離れる。


 百斬ったということは時間の延長は百倍となる。出血、猛毒、衰弱、損傷、継続、呪縛の効果がミノタウロスに延々とダメージを与え続ける。少し放っておけばいくら耐久力の高いミノタウロスのでも倒せるだろう。


 本当は俺もこんなむごい殺し方をしたいわけでない。前世ではせめて相手が苦しまないようにいかに迅速に、気付かれないように殺すかと考えてやってきた。

 だが魔物は人間とは違い、創造の範疇を軽々飛び越えてくる化け物ばかりだ。こんな状態異常を人に付けたら一瞬であの世行きだ。その化け物どもを倒している冒険者はそれ以上の化け物なのかもしれないが。特に最前線で戦っている奴らときたら……どっちが化け物かわからなくなってきた。


 冒険者の中にもミノタウロスをもっと簡単に倒せる奴もいるがジャックには攻撃力をあげるパッシブスキルがなかった。パッシブスキルはスキルとは別に常時発動されるスキルのことで努力だけで身につくものではない。その人才能により習得できるかが決まる。才能がなければいくら努力しても習得できない。


 パッシブスキルが火力に特化した冒険者であればミノタウロスを一刀両断できたであろうが俺にそんな才能はなかった。


 人には得意、不得意があり、俺にはそういった才能はなかった。その代わりに相手を弱体化させたり弱らせたりするのが得意ではあった。


 いつの間にかミノタウロスも倒れ、体が粒子となり消滅していく。残ったのは魔石と呼ばれる魔物の核のみ。魔石はギルドに持ち帰ればお金に換金してくれる。魔石はエネルギーの塊なので王都の発展、生活に使われているためいくらあっても良いのだろう。ギルド側も冒険者側も儲かるわけだ。

 

 俺は魔石を拾い、次の階層へと一人で降りていく。


 

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