第四話 懐かしのステッキに愛を込めて


「あれ、開かない?」


 ある日の放課後、部室に入ろうとするとドアが開かなかった。不思議に思い、教室をのぞき込むと誰もいない。


 いつもなら先に先輩が来ているのに……


 もしかしたら、居眠いねむりして説教をくらっているのかもしれない。


 冬芽ふゆめ先輩の一件以来、この歴史研究部には同じような症状の相談が絶えなかった。それに闘志とうしを燃やしたのが先輩だった。先輩は困った人を放って置けない性格で、自分の睡眠時間を削ってまで必死に動いた。その甲斐かいあって、多くの患者が救われた。


 先輩は、相談がようやく一段落したから気が抜けてしまったのかもしれない


 僕は先輩の代わりに鍵を取りに行って部室を開ける。もちろんその部屋には先輩がいなくて、教室はだだっ広く感じた。


 一人っきりの部室は初めてで、寂しくて落ち着かない。だから、書物を読んで気を紛らわせようと棚から取り出した時——




 一枚の茶色い紙が、枯れ葉のように空を舞い、ひらりと床へと落ちた。




「これ抜けてたページだ!」


 その紙は、先輩が南陽岡症候群を教えてくれた時に無かった右側のページだった。これで症候群について詳しくわかる! 僕はワクワクしながら目を通していると……


「ごめん、遅くなった!」


 少し息を切らしぎみの先輩が、ガラガラとドアを開けて入ってきた。


「いえいえ、最近忙しかったですもんね。今日お休みにしますか?」


「えっ? しないよ? せっかく悠くんが鍵開けてくれたんだし、今日もやろうよ」


「そうですね、やりましょう」


 僕はそう口にすると、背中に隠したプリントをカバンの中にそっとしまった。


* * *


 目の前に広がる大きな丘は、隅々まで茜色。僕は今、茜色の頂上に先輩と二人っきりで並んでいる。目的は他でもない、とても大事なことを伝えるために。


 さかのぼること30分前、部室がほのかに暗くなり、チラチラ光る蛍光灯が存在感を出し始めたころ、僕は書物に目を通す先輩を向いて、大きく深呼吸をした。


「あの……先輩! この後、丘に行きませんか」


 先輩は突然の誘いに「えっ……」と驚きつつも、最後には笑顔で「いいよ」と言ってくれた。


 丘に行くまで、歩幅を合わせながらも、二人の間に会話は無かった。お互いに察するところがあったのかもしれない。



「話って、何かな?」


 先輩の美しい顔は夕陽で染められて、透き通る目が僕をじっと見つめている。


 僕はギュッと拳を握りしめ、のどの奥から乾いた声を振りしぼる。


「先輩は、これまで多くの人を助けてきましたよね」


「な、なに? いきなりどうしたの?」


「みんな夢の中に閉じ込められていたのを、先輩は助けてくれました」


「そ、そうだね……話したいことはそれ? もどかしいから早く言ってよ」


 先輩は俯きながら僕をチラチラと見ている。僕はその視線の意味するところをかみつぶすよう歯を食いしばり、重たい口を開く。




「今度は先輩が救われる番ですよね?」




 口にした瞬間、彼女が青ざめるのがわかった。それもこんな真っ赤に染まってるこの丘でも見間違えないくらいに、真っ青に。


「な、なんの話? 私にはよくわからないんだけど」


「わからないと言い張るなら、いいんです」


 僕はポケットから魔法のステッキを取り出す。先輩は驚いたような表情をした。


「それって私の持ってたおもちゃ……でも捨てたはずじゃ……」


「先輩、じっとしてて下さいね」


 僕は先輩の肩に手を回し、そのステッキを振って「ガード」とつぶやいた。呪文なんかは適当で、この言葉に意味なんてない。ステッキは光りはじめて、目の前には小さい頃画面越しに見た青くて透明なガードが現れる。


「悠くん! 何が起きているの?」


 先輩が唖然あぜんとしている中、僕は校舎に向かってもう一度ステッキを振った。




 この一振りは、全てを終わらせるために。

 この一振りは、先輩の再びを始めるために。




「マジカルアタック!!」



 言ったあとに「やっぱ恥ずかしいですね、これ」なんていう照れの余韻よいんは、激しい光に吹き飛ばされていった。



 ステッキを振った瞬間に辺りは光に包まれて、限りなく白くてまばゆい光が校舎から瞬間的に広がった。バラバラになった校舎のかけらは全て光となって降りかかり、青いガードにぶつかると火花のようにはかなく散っていく。その大爆発の全ての効果音は、振ったものが悪かったのか、全部ピコンとかキラーンとかいったポップなもので、その破壊には現実味がない。


 次第に光は校舎だけじゃなくて南陽岡全体に広がっていき、僕たちもガードから回析かいせつする光に包み込まれ、ついに何も見えなくなった。








 次に目を開けた時、あたりは白にかえっていた。











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